氷の鬼神


「でよっ!!そん時にさぁ!」
「倉持、耳元で叫ばないで!聞こえてる、聞こえてるってば!!」

都大会から帰ってきた興奮状態のコイツ。アドレナリン出まくって仕方ないようだ。飯の時間でさえ口にもの詰め込みながらお喋りをやめない。…本当にただ興奮しているのか、俺に闘志を更に焚きつける為か。

「聞いたぜ?明日一年チームと 2・3年で試合やるんだって?」
「…あー…うん」
「主力はオフだから、頑張れよ?上から高らかに見下げてやらぁ」
「まじで性格悪いなお前も」
「この試合で監督に見せつけてこいよ、な!」
「…あぁ、絶対マウンドは譲らない」
「おう。あとそんなに飯詰め込むなって、喉詰まらかすぞ」

もぐもぐもぐもぐ。俺の口の動きは止まらない。後で景気づけに増子先輩からプリンもらおう。あの人のことだから泣き落とせば一個くらい恵んでくれるだろう。

「御幸センパイ…自分は明日、ここにいる誰にも打たせる気はありません…そしたら…僕の球、受けてもらえますか?」
「なっ…」

啖呵切ったのはどうやら後輩の降谷のようだ。その生意気なところはどうやらなにも変わってはいないらしい。それって俺も含めて下克上?

「おいルーキー、誰にも打せねぇだと?お前…ここがどこだか分かってんのか?」
「中学出たばかりのクソガキがでけぇ口叩きやがって…」
「おもしれぇじゃねぇかコノヤロォ!」
「御幸に受けて貰いたかったら結果残してから言えや!上城みてーによぉ!!」
「ブーッ!!ごほっ、げホッ!がはっ!!」
「なに噎せてんだよきたねぇな!おーい!テッシュ!誰か!」

まさか自分の名前が出るなんて思わないだろ、うん思わない。

「御幸が上城とピッチングしてんのは見てるからよ!倉持がフラれたのかと思っ…」
「フラられてねーし!だからその疑惑ヤメロ!」
「た、確かに御幸にはお世話に…げほっ、なってるが…だって、誰も俺の球捕れないものだから…えっと、降谷の気持ちは解らなくは…ないかなー、なんて…」
「お前は2年だろ!明日は同じチームなんだぞ!」
「1年の味方すんのかよ!」
「だから、別に味方してるとかじゃなくて…っ…気持ちがわかるって言っただけじゃないか!!」
「上城!てめぇ!!」
「みっともない真似するな!俺達はプレーで語るしかないんだ…」
「た、丹波さん…」
「…チッ」

………俺、間違った事言ったか?





そうして迎えた日曜日。日曜はOBや記者や色んな人が試合を見に青道球場にやってくる。遥華の登板は…ある。初回はレギュラーを落とされた丹波からのスタート。やはり、一年にいきなり上級生と試合なんて…恐ろしい以外のなにものでもない。竦み上がった一年はそれは目も当てられないほどだ。カキーンッ!!2・3年の打線は完璧だ。憔悴し切った一年では、もう初回の攻撃は無意味だろう。0‐12。中学での功績なんて、そんなもの此処では必要ない。意味を持たない、過去の記憶だけだ。今はただ、“此処”で結果を出さなければ背番号はもらえない。

「うわあああ止まらねぇ!!本当に控えの選手かよ!」
「もう…勘弁してくれよ…」
「ピッチャー交代!!降谷暁マウンドに上がれ!!」

ぴくり。遥華の顔が俊足で上がった。それはもうすごい勢いで。

んゴォォォオオオオオオォォォガッ!!!!!

ボールはミットを越え、監督の顔面に激突して防具がぶっ飛んだ。

「取り損ねた!?」
「…降谷…」
「大丈夫ですか監督!!」
「合格だ降谷、明日から一軍の練習に参加しろ!!」

…先を、越されてしまった。

「突破口は俺が開いてやる!!まずは一点返してこーぜ!」

沢村の前向きな気持ちは尊敬する。川上のボールも凄まじく繊細だ。点を取るなんて無理――――…

「まだだ!!キャッチャー後ろに逸らしてるぞ!!」
「セーフ!!!」

まさか…1年から初のランナーが出た。今の声ー…そう考えてキョロキョロしていた時だった。

「ピッチャー交代!!上城!!」
「え。」
『!!!』

いきなりの、まじでいきなりの交代で…かなり丹波さんに睨まれた。なにこの気まずい空気。なにその1年の意外そうな顔。

「あ…あの人投手だったの!?」
「馬鹿!上城先輩だろうが!知らねぇのかよ!女顔で有名な!!」

その女顔は嬉しくないよ、泣きたい。…でも、ようやくだ、ようやく監督がマウンドに上がる許可をくれたんだ。

「…丹波さん、すいません俺にも意地があります」

丹波さんはなにも言わなかったけど俺にボールを押し付けてマウンドを顎で促した。これは、さっさとマウンド上がれっていうことですね!!

「頑張れ遥華」
「ありがとう川上!!」

川上も遥華の事情を知る一人だ。深く息を吸う、全身に送り込んでからゆっくり目を開ける。鬼神。目を射るような牽制。鋭く抉るストレート。その空気が一変した。

「…っ、あ…」

バッターも、尻餅をつきながら後退した。遥華の眼は未だにミットを見据えたまま、再びバッターが立ち上がるのを静かに待っている。1年が抱えていた遥華の印象とはまるで違う姿に困惑して、恐怖する。彼のボールは怖い。あれでデッドボールを喰らったら死んでしまう気さえする。

「バッターアウト!!!」

汗一つかかないでマウンドに立ち塞がるその姿に、誰もが息を呑んだ。あの沢村でさえも、信じられないものを見る目で固まってしまっている。遥華は温厚で女顔だが、顔はとてつもなく美人である。それも相まって凄んだらとてつもなく威圧がある。プラス長身も加わり、バッターは可哀想なほど震え上がってしまっている。

「上城」

監督の声が遥華の耳に届く。ハッとして顔をあげればガタガタと震え上がってしまっている後輩達の姿。

「一軍に戻れ」

ぶわっ、と。一気になにかが溢れだした気がした。泣いてしまいそうだが、なんとか懸命に堪えた。片岡はこれでも吃驚しているのだ。捕れないボールを、自らの力でコントロールして二軍捕手にも捕れるように威力を極限まで抑えている。今まで出来なかったことだ。

「ありがとうございます!!」
「ピッチャー交代!!川上!」




「………ふふ」

深夜の青道グラウンドで遥華は一人佇んでいた。“一軍に戻れ”それは、自分がまた監督にマウンドに上がることを許されたからだ。それが、たまらなく嬉しかったし、なにより倉持との約束が果たされたのだ。

「また、よろしくな」

土で盛り上がったマウンドに一言告げて遥華はその上に立った。立てば、すぐに心臓の鼓動が早まる。遥華にはもう一つ、弱点が存在した。それは丹波にも似たものかもしれない。“マウンドで長く立ち続けられない投手”それがここに入学してから言われた先輩からの言葉だった。最低40分…自分が立ってられる時間だ。それを過ぎた中学生の頃。あのときは炎天下の延長線に持ってかれて、当時降谷がまだ入学前で。先輩にも遥華以上の投手がいなかったために、投げ続けた。激しい動悸に、息切れ。頭痛に吐き気。とうとうマウンドに立ち続けることができなくなった遥華は退場…。結果は勝ったのだが、どうしても…勝った気にはなれなかった。青道は…それとは逆に、信頼置ける優秀な投手がたくさんいる。一人ではない。

「もう、あんなにチームの足を引っ張ってたまるもんか」

ずっと、後悔していた。あの夏の自分に、弱りきっていた自分に。

「よっ、遥華。なにしてんだよ」
「御幸か、なんだびっくりした」

声が掛けられたと思ったらいつもの色つきグラサンでこっちに駆ける御幸が。

「今日の試合、見させてもらってたぜ?」
「あ…あー…一軍が?見てたのか?」
「おう、割と近場でな」

御幸はケラケラ笑うとマウンドに立つ遥華を見上げた。

「一軍落ちしてから今まで…ずっと力のコントロールに時間をかけてたらしいな」
「もちろん。捕れる奴がいない、そんな球なんて必要ないだろ?」
「だからあんなに力抜かしてたのか。」
「抜いてない。真剣だった」

確かにバッターボックスに立った後輩達が来る度来る度腰を抜かしていた程の迫力を手を抜いていたとは言い難い。だが古鳥とのバッテリーだった時の、あの球と迫力はこの比じゃなかった筈なのだ。いまいち納得がいかない御幸は帽子を取って息を吐いた。

「まぁとにかく、一軍帰還おめでとう」
「えへへっ、ありがとう」

遥華はマウンドから降りてグラウンドを出て行った。

「……まだまだ、お前の球は俺には捕れねーか…」

古鳥を越える。遥華をマウンドに立たせる。

“捕れる奴がいない、そんな球なんて必要ない。”

そんなことない。俺が…捕れれば。俺が捕れれば…捕ってやる事ができれば…それは遥華の最強の武器になる。




「いいか、夏の本戦まであと2ヶ月。目標のない練習は日々をただ喰いつぶすだけだぞ」

翌日。増子のスタメン復帰と共に遥華も一軍復帰した昨日から、片岡監督の言う2ヶ月をどう使うかを監督の話を聞きながら考えていた。

「小さな山に登る第一歩…富士山に登る第一歩…同じ一歩でも覚悟が違う」 

俺達の目指す山はどっちだ?

「目標こそがその日その日に命を与える!!高い志を持って日々の鍛錬を怠るな!!」
『はい!!!!』



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