今日は今日とて風が吹く


カッキーン!!

「やるなぁ、古鳥!!」
「…お前も見てないでバット振れ、振らないなら練習付き合ってやるから」

中学3年の秋のことだった。残暑の残る9月の後半。北海道では少し肌寒い気候に負けずに居座り続ける2つの影がグラウンドにあった。

「どこまでも真面目だな」

引退した青柳古鳥と上城遥華だ。2人はチームの中心メンバーとして遥華は2年の頃から、古鳥は1年頃から頭角を現した。北海道中学野球という場所で2人の名を知らぬ者はいないくらいに。“ニ翼”2人につけられた異名だった。

「古鳥はどこの高校行くの?」

投手マウンドに入った遥華は急にそんなことを言い出した。確かに9月ともなればもう進路を決めなければならない時期でそんな質問をするのも別におかしいことではない。

「さぁ…どうせ推薦取れるから、どっかには行く」
「さっきから笑わせないでよ、そういう当たり前なこと聞いてるんじゃなくてさ」

薄茶色の髪が笑うたびにさらさら揺れた。防具を付けた古鳥は腰を落としながら目先のボールを射止めた。集中状態に入った彼を見て笑っていた遥華もボールを頭上にあげる。

「俺はねー…」

見た目とは裏腹の超豪速球が指先から放たれる――…目がボールを真正面から見据える。その威圧感は見ているものを呑み込むほど。

「東京の青道高校行こうと思う」

ドドパッ!!!!!そう、口にしたときにはもうボールは古鳥の黒いグローブの中にあった。

「……東京?」
「この間雑誌で見て、密かに憧れてたんだよね」

眼鏡の奥から遥華を凝視した。まさか、野球のために上京したいとは…。

「本気なのか…?」
「ほんとほんと。本気」
「…あの、遥華が…野球のために…?」

生まれつきの癖の強い紺色髪をがしがしと掻混ぜながらはぁ、と溜め息をついた。

「おい」
「んー!?」

遥華はまた爽やかすぎて逆に胡散臭い笑顔で返事を返した。

「…お前だけで行かせるのはなんか忍びない。」
「心配してくれてるの?」
「そうじゃない、…だけど、俺も行ってやる」
「…………へ?」

今目の前に宇宙人がいます。そう書いてありそうなほど引き攣った顔で古鳥をまじまじと見た。

「ど、どうした?お腹でも痛いのか?」
「馬鹿言うな、俺は正気だ」
「じゃあどうしたんだよ」
「…なんとなく、俺も行きたかったから」
「ハハッ!…決まり!来年の春、一緒に青道グラウンドの土を踏もう!名をあげてやろーよ!」
「…お前は軽薄過ぎるんだ、あの青道でレギュラー取るには更に努力が必要だぞ」
「うん!わかってる!!」

すでに日は傾いていて、オレンジの光がグラウンドを照らした。遥華は腕を後ろに組んで、古鳥はプロテクターを置いた。これが、俺達のすべての始まり。



「……ぉ……い」
「んー…」
「ヒャハッ、髪毟るぞ起きろオラ!!!」
「うわあああ!!」

グキッ、小気味の良い音と右腕の痛みに遥華の意識は浮上した。違う寮の部屋であるはずの友達…倉持洋一がちょうどサソリ固めを決めている。勿論遥華にだ。痛い痛いと絶叫しながらベッドから落下し、若干涙を浮かべながら倉持を見上げた。

「朝っぱらからなにすん…っ倉持!」
「なんだよ人が親切に起こしてやってんのに」

ヒャハ、と鼻につくような独特な笑い声を朝っぱらからその耳にいれて、のそりと起き上がった。よく見れば先程泣かされた遥華の方が倉持より随分と身長が高い。人は見かけによらず力関係があるらしい。遥華の目はゆっくりと倉持に向けられた。

「…お前さぁ、いい加減その目付き直した方がいいわ」

別に倉持は目の形のことを言っているのではない。むしろ垂れ目な彼に、誰が目付きが悪いと言うだろうかと思うほどまるでたぬきのように垂れ目だ。問題なのはその瞳の奥だ。

「…あいつがいなくなって、一番ショック受けてんのもわかっけどよ」

倉持は言葉をらしくもなく慎重に選んでいるのが痛いほど伝わっている。言いたいことだってわかるのだ。

「もう、切り替えろよ?そのままじゃレギュラーはずされるぞ」
「……それは困る!」
「だったら早く顔洗って着替えろ!朝練始まんぞ!!」
「痛い痛いッ!!蹴らないで!」


▼ ▼ ▼


「明後日が新入部員の、」
「お前聞いてなかったろ」
「そういや名札、知らない人の名前掛かってた」
「それそれ、それが同室の新入生!毎年恒例になったアレでビビらせてやろうとー…」

今だに眠気と憔悴した脳味噌で倉持の話を一応耳に流し入れる。そんな遥華を見やりながら倉持は気づかれないように小さく溜息をついた。元々の遥華はこんなに大人しい性格ではない。むしろ逆。騒々しいブルドーザーの如くグラウンドを徘徊しているくらいだ。ただ、こんなになるまでに変わってしまったのは数日前。中学の頃からの相棒がなにも告げずに青道から去って行ったことがそもそもの原因だった。倉持はその二人の仲を同じ学年であるが故、一番わかっている。だからこそ、煩悩を払えとは言えずに、やんわりとしっかりしろとしか言えない状況にあった。何故、あいつが青道に入学してから1年で辞めたのか。あいつがここを去ったのは春休みのことだった。そんなに練習についていけていないというわけでもないし、むしろ一軍にいたし。キャプテンである結城となにやら特訓をするほど充実していたはずだ。倉持にはわからなかった。人の表情はよく見ているつもりだし、現に指摘もする。図星もつける。でもどうしてもあいつの表情からはなにも読み取ることは出来なかった。

「…ッチ」

なにも、行き先くらい告げていけよ、絞めるぞ。物騒な事態を展開していた倉持に視線を落とした遥華は困り果てていた。

「倉持、悪かったって」
「あ゛ぁ?」
「そんなに気にしてるとは思わなかったんだ」
「上城…」
「今度からはもうしないから」

倉持はやっと自分の思いが伝わったのかと遥華を見上げた。

「お前の部屋着にアップリケつけたこと」
「死ねよお前!!!!!」
「だって気になって…」

ってかお前だったのかよ!!!倉持の感動はものの2秒で崩れ去った。元からこんな馬鹿な奴だ、忘れていた、こいつは馬鹿でおせっかいなんだ。朝から多大なる神経を削った倉持はどうにかこの巨人を引っ張りグラウンドに集合した。まだ日もでない内からの朝練。青道は厳しい。

「はようございます!」
「はようございますッ!!」

選手たちは一列に並び、目の前から歩いてくる男に大声で負けじと朝の挨拶を。歩いてきた男こそ、この青道野球監督――片岡鉄心だ。厳つい外見とサングラスで一層人相は悪いがこの男はプロの道を断り母校である青道野球部監督を志願した変わり者だ。プロからのオファーを請けるほどこの男の実力は確かだ。軽いミーティングの後すぐに朝練は開始された。二軍の練習は基本基礎トレーニングであるランニングが主だが、凄まじく厳しい。一軍はそれを凌駕するほどの練習量を抱えている。それは当然、青道高校の選ばれた選手なのだから。

「上城!!!!」
「…ッ!!!」
「…おいおい、上城が後ろ逸したぞ」
「ほら、“青柳”いなくなったことが堪えてんじゃねぇか?」

ザワリ。二軍の選手もチラチラとこちらを凝視した。

「…す、すいません!もう一回お願いします!」

我に返った遥華はグローブのはめた手を上にあげた。

「上城、いい加減にしなよ」
「…亮介さん」

セカンドの小湊亮介、彼も一軍のレギュラー選手だ。倉持とペアで鉄壁のニ遊間と謳われている。

「やる気がないならグラウンドから出ろ、お前の代わりはいる」
「お、…俺…」
「監督!上城を二軍に降ろした方がいいと思います」
「り、亮さん!それは…」

いくらなんでも。真っ先に駆け寄ったのは倉持だった。片岡は暫く遥華を眺めた後に腕を組んだまま静かに、強く言い放った。


「上城、二軍で頭を冷やしてこい」




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