背番号16


思った以上に、特に3年生の動揺が大きかった。そのはずだ。3年間、一緒にやってきたんだ。最後の甲子園を共に目指す、その直前での怪我。程度はまだわからないが、ようやく丹波自身1番を背負うエースとしての自覚が滲み出ていたというのに。そして今日は組み合わせの抽選会の日だ。部長と共に夏の組み合わせを決めて戻った結城はその西東京大会のシートを眺めながら60番の稲実に目線を落とした。ここには、古鳥がいる。去年勝ち越されたチームに。…自分が関わった後輩の中で、一番可愛がった。お互いあまり話すのが得意ではなかったが不思議と沈黙でも苦ではなかった。同学年にはつんけんした態度を取っていたが、自分達には素直に物を言って。認めている訳ではないが、自分も平然と振舞っているが未だに古鳥の退部と転校を気にしているのは事実だ。自分は立っていなければならない。自分が主将を任された時、プレーで引っ張れと言われたのだ。得意ではないリーダーという役割だが、プレーで部を引っ張るというなら、自分が動揺してはいけない。迷ってはいけない。主将が迷えばチームが揺らぐ。いつでも不動…不動の4番でいなければならない。結城は責任感の強い男だ。古鳥の転校先を、遥華に言おうか言うまいか、散々悩んだ。それでも、やはり2年が動揺すると結論が出て、今に至るのだ。それに自分自身も納得できていなかった。何故、今?甲子園を、このチームで過ごす最後の夏を、古鳥も共に。一緒に目指していきたかったのに。古鳥も、クリスも、丹波も。

「昨日のデッドボールで丹波の顎の骨にはヒビが入っている…幸い骨折には至らず脳の方にも影響はないそうだが…予選には間に合わないかもしれない」

覚悟していた、その言葉。隣の伊佐敷も覚悟はしていたようだが下を見つめたまま。

「正直、俺自身まだ戸惑っているところもある…ようやくエースとして目覚めつつあっただけに本人も悔しくて仕方ないだろう…」

遥華も、同じ投手としてでもショックに違いない。デッドボールの瞬間は見ていなくても。

「これはチームの監督としての意見であり決して一個人の感情で決めたわけではない…エースナンバーは丹波に渡す!!あいつが戻ってくるまでチーム一丸となって戦い抜くぞ!!」




丹波のデッドボール。衝撃的な話だった。

「どうだオラァ御幸ー!!!!」
「全然ストライクが入ってません…」
「なにぃ!?」

でも、これはどういうことなのか。本来は野手なのに、監督の指示でブルペンにやって来たこの2人。御幸はその理由がわかっているようだった、顔がにやついてた。

「おいこら遥華」
「は、はい!」
「まだ青柳のこと引きづってるか?」
「……いえ、もう。どこでなにしてるのか判らないけど、この夏……古鳥と会える気がしているんです」

ナックル、スクリューの取得を極めているのは、何故なんだろう。何故俺はこの球種を選んだんだろう。

「…絶対、会えます」
「そうか」

結城が答えた。本来答えるはずの質問した本人、伊佐敷は図星というか、核心スレスレを突かれて固まっていた。古鳥の居場所を知っている。知らないでわからないより、知ってて知らん振りは、タチが悪い隠し事だ。罪悪感さえ生まれるが、これは遥華の為でもある。そして、チームの為。丹波のことがショックで、思った以上に練習にも支障をきたしてしまっていた。そんな自分達に、監督はブルペンでピッチング練習をしろと言った。丹波が抜けたことは、確かに痛い。だが、そのままでもいられない。チームへの責任が、更に問われた気がした。自分達が揺らぐ事は、チームの揺らぎになる。それをよく知る2人だからこそ。そのショックを、強さに変えることができるのだ。

"待っててやるから、エースの復帰を"



テスト勉強もしつつ、野球に全力を注ぐのは、中々難しい。だからか、沢村と降谷は最早赤点の危機に瀕しているらしいが、遥華にも2年生の範囲がある。勉強は得意とはいえない為、可愛い後輩に教える事など不可能だ。というより、自分が教えてもらう立場であって。学校の授業中に限りある時間を使ってやらなければ、間に合わない。よく言えば、集中力もここで分散される。

「進歩がねぇな!もう止めるか?桐生との試合をもう忘れたのかよ。力みすぎたっていい球は、いかねぇぞ!!」

御幸は降谷についている。沢村は1人、クリス先輩が時々ついて、ネットスロー。御幸じゃなきゃ、少し不安なピッチングだけど、投げなきゃ練習にもならない。…なんだろうな…無意識にぎゅっと肩を掴んでいた。

「遥華」
「クリス先輩?」

1年の投手達のところにいた筈のクリス先輩がすたすたと歩み寄ってきていた。なんだろうか。俺、なにかしたっけ?と自分の行いを見直したが特に何もない。

「…肩に手を置いて、どうした」
「え?ああ…すみません、つい無意識に。ちょっと、慣れてない球種に挑んでるだけなんで。気にしないで下さい。俺より、沢村についてあげて下さい。」

指摘されてから気づき、さっと右手を降ろした。クリス先輩が、少し眉を顰めている。沢村は、ムービング使いだ。癖球を得意とする人が多い。沢村のピッチングはある程度見てきたからわかる。今はまだ発展途上だけれど、あれは、絶対うちの大きな武器になる。

「俺は平気なんで」

優しい貴方は、きっと心配してくれているんだろう。倉持と同じで。自分の経験をフラッシュバックさせて。だけど、これは、チームの為。青道野球部で生き残る為。クリス先輩に軽く会釈して、ブルペンの立位置に戻った。心配をかけるなんて、俺もまだまだだ。俺は、そんなに柔なものか。あの頃とは、違う。倉持に言われただろう。あんなに励ましてもらっただろう。今の俺を、好きだと言ってくれただろう。…倉持を、クリス先輩を、皆を、裏切る事は絶対にしたくない。マウンドに立ち続けられる事が、取得すると決めた球を完成させる事が。俺の課題だ。




「今から背番号を渡す、呼ばれた者から順に取りに来い。まずは背番号1番。丹波光一郎。」

全員、文句はない。これは監督だけではなく、皆の意思でもある。遥華は後列から背番号を渡されて、レギュラーに絡まれている丹波を見てそっと微笑を浮かべながら瞼を伏せた。その仕草はとても儚くて。美しいが、それに気づく者はいなかった。

背番号1 丹波光一郎
背番号2 御幸一也
背番号3 結城哲也
背番号4 小湊亮介
背番号5 増子透
背番号6 倉持洋一
背番号7 坂井一郎
背番号8 伊佐敷純
背番号9 白州健二郎
背番号10 川上憲史
背番号11 降谷暁
背番号12 宮内啓介
背番号13 門田将明
背番号14 楠木文哉
背番号15 樋笠昭二

「背番号16番、上城遥華」
「…え」

思わず、そんな声が洩れた。中々動き出さない俺のところへ倉持がズカズカ歩いてきて、腕を引っ張った。

「ヒャハハ!てめーだよ呼ばれてんのは!」
「俺…が?」

監督が16番の背番号を両手に持って待っている。俺は、そうか…選んで、くれたのか…今年の、夏に。

「…ありが、とう…ございます。」

渡された背番号を胸に抱いたら、どこか暖かいのは俺だけなのだろうか。戻るとき、御幸が少し背伸びして俺の頭をくしゃりと撫でた。相変わらず歯をみせて笑っていた。

背番号16 上城遥華
背番号17 遠藤直樹
背番号18 山崎邦夫
背番号19 小湊春市
背番号20 沢村栄純

「記録員はクリス…お前に頼む」
「はい」
「それからマネージャー、お前達も本当によく手伝ってくれた。お前達もチームの一員として、スタンドから選手と一緒に応援してくれるな」

監督は選手の試合用ユニフォームを手渡した。マネージャーは、どんな時でも力になってくれた存在だ。この四人には、本当に感謝している。気恥ずかしくて、なかなか喋ることは出来なかったの、すこしだけ後悔。

「みんなもわかっていると思うが、高校野球に次はない…日々の努力も流してきた汗と涙も、すべては、この夏のために」

真摯な顔が、監督に向けられる。3年生にとっては、最後の、高校最後の夏。

「よし!いつものやついけ!!」
「はい!!!!」

選ばれた20人が一つの円陣となって集う。右手を自分の心臓に宛がう。結城が、全員の顔を確認しながら、トントンと自分の胸を叩いた。

「俺達は誰だ−−−」
「王者 青道!!!!!!」
「誰より汗を流したのは」
「青道!!!!!」
「誰より涙を流したのは」
「青道!!!!!」
「誰より野球を愛しているのは」
「青道!!!!!」

「戦う準備はできているか!?」
「おおおおお」
「我が校の誇りを胸に、狙うは全国制覇のみ」
「いくぞぉ!!!」

「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!」

割れんばかりの声が、グラウンドをビリビリ揺らした。この声は、全員の覚悟の雄叫びでもある。様々な思いも誇りも期待も選ばれなかった者の為の責任も。すべてを懸けた戦いが、幕を開ける…



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