馬鹿みたいに美人


「おい」
「はい?」

同刻、紺色のもふっとしたクセの強い髪を揺らしながら一人の青年は振り返った。

「なにか、用ですか?」

球児とは思えない白い肌に美しい顔にはどこか無機質さが垣間見える。敬語を使っていることから見て、彼に声を掛けたのは先輩なのだろう。同色の白い野球ユニフォームだ。

「お前こっちに転入してきてまだ半年も経ってねぇぞ、先輩への敬い方をあっちで学んでこなかったのか?あ?」
「少し出来るからって調子のんなよ」
「…ここでは、スポーツとはそうでしょう。実力のある者が他者を蹴落としてなにが悪いんですか。確かに俺はここに来て日は浅いですが、それは関係無いと思います」

まただ。そう言いた気に遠慮なく美しい眉間に皺が寄る。彼は不機嫌を隠そうともせず、その顔を帽子の奥から向けている。現に、レギュラー達とは上手くやれているので。そう更に付け加えれば先輩の大きなダンゴ鼻がヒクヒクと動いた。

「お前なんてなぁ!!どうせ原田にゃ適わねーんだからよぉ!!お高く留まりやがっ…」
「ちょっとーなにしてんのー」
「あ。」

突然響いた少し高めの声。その間延びした口調には明らかに少し我儘気質が垣間見える。

「……鳴」

メイ、そう呼ばれ飄々とした態度で先輩を素通りした挙句に何事も無かったかのように彼の手を引き、その場を離れた。手慣れている様子から彼が今回のように絡まれる事が少なくはない証拠であると事が分かる。暫く歩いて、鳴がくるりと振り返る。その白い頭はさながらト○ロのチビトト○のようだった。鳴より遥かに背が高い彼は睨むように見上げられた。

「ちょっとちょっとー、また?いい加減助ける方の身にもなってよね!」
「別に助けなんか、求めてない」
「毎回毎回さぁ、少しは警戒心っていうの?そーゆうの持ってよ!」
「防犯ブザーでも買うか?」
「それも大切だけどさッ、馬鹿みたいに美人だしね!」
「褒めてるのか?貶してるのか?」
「どっちも!!」

無邪気な笑顔にやはり彼の顔は緩む事はなかったが、雰囲気はかなり緩い。

「何回も言っとくけど、お前の親友の立場はオレなんだからね!」
「またそんな事。…あいつは友であり、元相棒だ」
「…それが嫌なんだってば!お前はもうオレの、稲実のチームじゃん!!」
「それでも、あいつと過ごした4年間は変わらない。青道で過ごした時間もだ」

淡々と言葉を紡ぐ彼に、鳴は徐々に口を尖らせる。必ずそうなのだ。稲実に、ここに彼がやって来た時から。入部してすぐに名をあげた彼はすぐに一軍スタメンの控えに回った。実力だけじゃない。判断力・決断力・変化を察知する鋭い洞察力。どれをとっても天才級。おまけに容姿も一際美しいときたものだから、鳴は一目で気に入ったのだ。同じ学年でもある事からやたら彼に纏わり付くことを覚えた。どうしても、彼の一番になろうと必死なのだ。

「…翼はもがれたんだよ。羽根がなくなった鳥は飛べないし飛ばない。その“左翼”も同じ。両方腐り落ちたんだ。…それでも飛びたいなら、"真新しい翼"をつければいいよ。」
「鳴…」
「って、カルロスが言ってた!!」
「カルロスかよ」

ニシシ、白い歯をむき出して実に愉快そうに笑った。

「…その“左翼”ってさぁ?…オレより凄いの?」
「…俺の中では一番だ。あの本気球豪速球は測定不能だから」
「へぇぇ〜??」

額にピキキと血管が浮き出る。なんてことはない。これはキレる直前に試合でもよくやることだ。

「でも、まぁ…今はどうなってるか知らないけどな。俺がいなくなったことで投球の威力もだいぶ落ちただろう。…予想済みだ」
「そりゃね!信じてないけど測定不能の球なんて毎日でも投げ込まないと威力なんてすぐに落ちるに決まってんじゃん!てかどうやって捕ってたの?」
「…どうやって?…中学の時一度、あいつの球逸した事があった。それがむかついた。逸らすことにむかついたから逸らさなくなった」
「………終わり?」
「終わり」

微妙な表情に。まったくよくコロコロ変わる顔だ。

「まぁ…すぐに会えるだろうね!その“左翼”様に」
「…女顔だからすぐにわかるさ」
「は?」

――青柳古鳥はそう言って成宮鳴に向かって少しだけ口角を上げた。




合宿2日目

「お、女顔センパイッ!!」
「へ?」

合宿2日目の朝、金丸に監視されながらどんぶり3杯を目標とおかずを更にもう一つ追加された沢村はもうかなり限界であった。というより、1年トリオには限界だった。昨日の練習でかなり辛さを思い知ったであろう涙目の沢村に突然腕を掴まれたのだ。丁度席が後ろだったこともあり、遥華は口に茄子のお吸物を含んだまま沢村を振り返った。

「…ど、どうした?」
「もう、もう限界です!!!」

指をさして自分の飯を示した。遥華はあぁ、と笑った。

「金丸!!」
「えっ!?は、はい!」
「あっちむいて、ホイ!!!」

そう唐突にそんなことを言われた金丸は当然のことながら顔を逸すしかなく、その隙をついて素早く沢村の皿と自分の皿を交換した。それは見事な早業であった。

「お、おおおお!」

歓喜あまった沢村は更に遥華にキラキラとした目ざしを送った。当の本人はいつも3杯までと特別制御されているので(食いすぎる為)沢村の残飯はむしろ嬉しい限りであった。金丸はなんだったんだ?とおろおろしている。

「おいおい上城、それ沢村の…」
「俺だってヤケ食いしたいんだ」
「いつもしてるじゃねーか!」

倉持に指摘され、まだまだ胃が許容範囲を超えない腹をぽんぽん叩いた。




「違う」
「おいおい、落ち着けって」

イライラしている。とてつもなく。あの温厚な遥華がイライラしている。川上のボールを受けとめていた御幸は少し離れた場所から声をかける。

「この球じゃない…くそっ、なんで投げられない…」

合宿で溜まる疲労と自分への苛立ちは遥華を更に苦しめていた。むしろ、投げれるだけ前よりは全然いいのだが、欲がでるのが当たり前の人間だ。それも、エゴイストである投手としてならば当然のこと。御幸曰く、投手はみんなエゴイスト。それは遥華にも言えることだったと、最近バッテリーを組んでわかった。

「なにか一つ足りないな…」

鬼神モードではないにしろ、今の顔は十分怖い。また後輩たちに怖がれるぞ。ブルペンからはひたすら球を投げる音と遥華の声が響くばかりであった。その変化球を見せつけられた他の投手達にも更に熱が入り、良い刺激になったようだ。



「どうだ?1年の投手二人は…そろそろ疲れが溜まって来る頃だろう」
「はい、監督の指示通り合宿に慣れるまで投球をさせてません。そろそろペースを落としてブルペンやシートノックで投げさせるつもりです」

片岡に呼び出されたのはクリスを含む2人の捕手、宮内と御幸である。この合宿中、一年生投手を近場で見ているこの3人を片岡は呼んだのだ。

「うむ。丹波と川上、上城は?」
「順調です!!」
「まだ先は長い、あまりとばさせるなよ」
「はい」
「…俺から一つ。…遥華が、変化球を投げるようになりました」
「!!」
「まだ完成してはいませんがスクリューボールとナックルを。特に一番完成に近いのはスクリューボールだと言ってました。」
「…ナックルに…シンカー系の変化球だと?」
「はい。確かにまだストライクではありませんが…あの感覚、夏の大会が始まる頃には完成していると俺は思います」

御幸の言葉を背で聞いていた片岡はその口角をひっそり上げた。あの豪速球ストレートの鬼神がついにコントロールの方に手を伸ばしたか、と。古鳥がいなくなったことで投げることがなくなった本気球。裏を返せばそれは遥華自身に多大なる影響と環境を与えたに違いなかった。降谷同様、ストレートしか投げぬ投手の情報は必ず分析され攻略される。たとえ、どんなに速かろうと、だ。遥華はそれを含め、敢えて高度な変化球を選んだのだとしたら。

「…そうか」

面白い。

「合宿最後の土日、練習試合を3つ組んである。日曜日のダブルヘッダーは丹波と川上に1試合ずつ投げ抜いてもらう。この3試合に関しては勝敗を問わん…」
「か、監督。じゃあ遥華は…」
「様子を見つつ、登板させる。だが、その未完の変化球を無闇に投げられては困る。夏の大会まで、人に見られてはいけないものだ。」
「…」
「それまでの試合は変化球は使わせず、ストレートに専念させろ。」
「はい」
「あいつも相当疲れが出ている。…その疲れがピークの中、全員がどれだけ強い気持ちを持って戦えるか…ただそれだけが見たい」




合宿4日目

「ッ…!!!」

最近、やたらと肩が重い。最初は慣れない筋肉を使ったその代償の筋肉痛だとばかり思っていたが。それとは違うらしい。腕が重い、怠い。持っていたボールを手から無意識に落とした。ブルペンの外でフィールド練習に勤しんでいる沢村達の声を聞きながら。グローブも落ちる勢いだが右手にしっかりはめられている為その心配はないようだ。近いようで遠い遥華の背中を倉持は見ていた。最近、変化球の取得に躓いてイライラしているのは知っている。御幸に問い詰めれば白状した。スクリューボールとナックル。倉持は投手ではないため、変化球の種類はわからないがとてつもなく嫌な予感がして学校の図書室に置いてある本を使って調べたら…

「あいつ…まさか…」

取得を急いで焦っているのならば尚更、自分は止めてあげるべきだ。遥華のアクセルにはなれないかもしれないが、ブレーキにはなれるはずだ。



ナイターが消えたのは夜遅く。選手の練習が終わったのだ。練習が終わった後は好きに行動し、風呂に入る者もいればまだ着替えもせずにユニフォームのままうろついている者もいる。

「上城」
「?倉持」

風呂に入ってきたのか、頭をタオルでがしがしと拭きながら気怠い顔を覗かせる。

「……あのよ、お前が投げてる変化球」
「どうかした?」

きょとんとした顔で倉持を見下ろす。知らないのだ。倉持がその球の副作用を調べていたということを。

「やめたほうがいい」
「……いやいやいや、倉持。スクリューはもう少しで…」
「てめぇ、わかってんのかよ」

グッと、いくらか高い胸倉を掴み上げて鋭い眼で睨みつける。

「あの変化球の投球は肘や肩に大きく負担がかかる…知ってんだろ」
「…」
「それを知った上で投げようってんなら、俺は全力でてめぇを止める」
「…困る。俺にはもうストレートだけで投げることは出来ない。」
「午前の練習のとき、お前ボール落としてただろ。それだけ肩に負担掛かってる証拠じゃねぇのか」
「それは…」

倉持の言う事は全く以て正論だ。彼がどんな思いで遥華にその言葉を選び、投げかけているのか。本当はよくわかっている。

「…でも、それでも俺は青道の投手だから。…だから…」

思うように言葉が出て来ない。なにを言いたいのかも上手く纏められない。

「…夏の大会までに…完成させる…自分と約束した…から…ごめん」

するりと倉持の右手が落ちた。それを見下ろしながら嗚呼、呆れられた。と苦笑いを浮かべた。

「…わかってんだよ。俺は捕手じゃねーし、青柳みてぇに付き合い長くもねぇ…俺はお前が肩壊してまで縋ろうとするほど投球になにを見出してるのかもわかってやれねぇけど」

だけど、と言葉を濁して倉持は顔をあげた。

「そんなに大変な事やってんなら、一言くらい言え!!野手の俺でもマッサージくらいはしてやれるし!!…なんならバッターボックスとかにも入ってやるから!」

倉持の真っ直ぐで素直な気持ちに、泣きそうになった。なんでかは知らないが、いまの遥華の顔は体外酷い。

「…根詰めて、いいことあったか?体壊したら終わりなんだぞ」

小さな子どもに諭すように、やわらかに。倉持は今にも涙腺決壊しそうな遥華の肩をバシッと叩いた。

「俺には…俺に残されてんのはもうコントロールしかないから…、頑張るし…っ、ッ…」

限界まで俯いた遥華の頭を片腕で抱えた。



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