最高だわ、ほんと


ドコッ ボカッ ガシャン。あれから数日後の早朝。結局遥華はクリスに何も言えなかった。沢村の気持ちはもしかしたら遥華が一番よくわかっているのかもしれない。似ているからこそ、だ。

「あ。今のだ。今曲がった」

元々切り替えの早い人間ではないが、今回ばかりは夏までに仕上げなければならない故に、早々に変化球の練習を続けていた。こんな風に無関心なフリをすることに、罪悪感が全くないといえば大嘘になる。現に今だって、頭の片隅にはクリスの背中が未だに濃く残っている。

「えーと、この角度的にボール?ストライク…ではないだろうなぁ」

走り書きされたB4ノートは地面に置かれたせいか、土で汚れてパリパリだ。

「今までなにしてたんだか俺は…なんでもかんでも御幸に任せっきりで…」

降谷は勿論、沢村も一軍昇格した今。遥華を含め5人の投手が存在していることになる。その内の一年2人は御幸の管轄になるだろう。

「っ、肩痛ッ」

言いようのない肩の痛みに顔を顰める。…覚悟はしているんだ。左肩に手を置いて、痛みが和らぐのをぼんやり待っていた。

「上城!」
「!!…ゾノ、どうしたんだよ、早いな」
「どうしたはこっちのセリフや!なにやってんこんな雨の中!」
「は?いや、だからちゃんと屋根付きのとこで練習を」
「じゃあかしいわ!お前も来い!」

有無を言う暇もなく、恐ろしい形相のゾノに首根っこを掴まれそのまま引きづられていった。

「あ、遥華さん」
「おはようございます上城先輩」
「おはよう遥華」
「なっ、降谷!小湊!クリス先輩!?」

連れてこられた室内には珍しいメンツが揃っていたのだ。

「こ、れは…何の集団?」
「栄純君がオーバーワーク気味なのも兼ねて降谷君を含めた投手2人にクリス先輩達が投手としてのチームプレー練習をしようか、ってことで集まったんです」
「…そうだったのか。」
「お前もなんやねん。一人であんな影で練習しおって!丁度ええからお前も参加せぇや!」
「いだだだッ、ゾノ!背骨ぇぇぇえ」
「ったく。…お前もウチの大事な主力投手なんやぞ。」
「……ゾノ……惚れる」
「気持ち悪いこと言うなやボケナス!!」

その後、御幸が沢村を引っ張ってきた。クリスの言葉に積もりに積もっていたものが決壊した沢村はまた泣いた。泣き顔ばかりだ。古鳥がいなくなった頃の遥華のように。

「ヒャハハハハハまた泣いてやがんのか沢村ぁ〜〜〜本当めんどくせぇヤローだな!なんか揃って楽しそうじゃん、しゃーねぇ!俺達も付き合ってやるか!」
「うむ…プリン5個でな」
「増子ゼンバイ…倉持ゼンバイ〜〜〜〜」
「沢村、ティッシュ。鼻水、ちーんして」
「女顔ゼンバイ〜〜」
「は?お、女…、っ!?」




6月2週目。カーンカーン...ガンガンッバスンッ...青道グラウンドには今日も選手達の気が篭もった球がバッドで飛ばされ、向いのフェンスや網に次々音を立てて受け止められる。夏の直前合宿が、始まってしまったのだ…。今日も気持ち良く打つのは…主将。沢村と降谷が怒鳴られている。見慣れてきた光景だ。降谷はまずフライが捕れないし、というか球に集中できていないのだそうだ。沢村はホームカバーがまだ身に染みていないようでオロオロしてて見てるこっちが手を貸してやりたくなる程のオロオロさだ。

「丹波、川上、遥華。お前たちは先にブルペンに入っててくれ。」

クリス先輩は監督の意向でサポート役に回ってくれた。それだけじゃない、他の3年生の先輩達もそうだ。力を貸してくれている。それがなんだか申し訳なくて、誇らしくて擽ったくて。

「頑張れ沢村」
「は、はいっ!!」

未だに沢村は俺に対してこんなんだけど俺は堅苦しい関係はあまり好まないのでいつか沢村が倉持や御幸に接するような感じになってくれたら嬉しいと思う。さて、早く変化球を投げられるように頑張らなければ。一気に一年生投手に負けてしまう。

「あ…丹波さん。ブルペン入るなら俺が…」
「いや…俺は宮内に受けてもらう」
「……」
「…御幸?」
「…おう」

御幸は丹波さんに嫌われている。倉持は以前そんなこと言ってはあの鼻につく笑い方して笑ってた。御幸がなんで嫌われるのかわからないわけでもないが。

「じゃあお前の球受けるぜ」
「じゃあってなんだよ、嫌な奴」
「まぁまぁ。さ、来い」

御幸とブルペンに入る。プロテクターを装備してミットを突出した御幸に頷いて、日頃練習してきた球をぶつけてみることにした。そういえばまだ誰にも受けてもらってなかった。右足を高く上げて…踏み出して…指に全神経を集中させて――…

「………マジ…かよ」

遥華が…沢村達と同じでストレート一本で勝ってきた遥華が…スクリューボール……元の名はシンカーボール。左投手が投げる場合はスクリューボールと言い、サイドスローのシンカー程大きな変化は得られないがシュートのように沈んでいく変化がある。打者の内野ゴロや空振り、タイミングを外すことが出来る。ただ、シンカー系の投球は肘や肩に大きく負担がかかるもの。あまり使わせたくないが…ククッ…そうか…こいつよく一人でコソコソ出ていくと思ったら…

「はっはっは!!!」
「なっ、なんで笑うんだよ!そんなに下手くそだったか?」
「いや?そんなんでも…まぁボールだけど」
「だよな…ストライク入るにはまだまだだな…全然曲がってなかったし」
「…どうした急に変化球なんてよ」
「俺の独自の球が死んでいってるって亮介さんが言ったんだ。だから一旦、力での球は封印して技術っていうか…コントロールを重視しようとしたんだ」

確かに、先輩方も承知だった事だ。遥華のあのストレートの威力が衰えているのは誰が見ても明らかだった。別に俺はそれを封印して欲しかったわけじゃない。

「それに御幸も大変だしな」
「は?んだよそれ」
「降谷に沢村、結構手一杯だろ」

受けるのはそんなにたいした問題でもない。色んな投手がいたほうがリードのしがいがあるし、楽しいだろ?

「それも理由に含めて俺はシンカーを選んだ。他にも色々あったんだけど、今はまだ
練習中、これが一番完成に近いんだ」
「まだなにかしてんのか?」
「あぁ。……ナックルだ」
「ナックル!?」

おいおい、まじで言ってんのかよ。ナックルボールは魔球とも言える変化球で指の力が強い必要があるし、日本人が完全にマスターするには難しいとまで言われてる球だ。効果は万能…不規則に変化するから捕手も捕球が難しい。そのほとんどはチェンジアップ同様だ。打者のタイミングを外したり、内野ゴロや空振りを狙う。

「お前握力は?」
「あるほうじゃ…ないな」
「その投球は難しいぞ、日本でも投げれる選手があまりいねぇからな」
「わかっていての選択だよ、俺はナックルをマスターする。必ず」

遥華の眼は相変わらず俺を見下ろして少しむかついたけど…

「…最高だわ、ホント」
「だろ?」

そんな球投げてくんなら、こっちも捕り甲斐があるってもんだ。





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