08. ふたつ並べた珈琲缶

「まだ捕獲任務の事言ってる」

ハンジさんの巨人捕獲の夢は未だに煌々としている。しかし何度提示されようと犠牲を伴う作戦のGOは出なかった。ただでさえ大半の兵を失うのだ。しかしハンジさん曰くこれまでの犠牲を顧みて巨人の捕獲は必ず人類の勝利に前進する。遠くから眺めるだけじゃ最早収集できない。しかしハンジさんの悪い癖は目先の目的に囚われてしまったら他が疎かになりがちなところだ。

「今度の壁外はなんて?」
「ノーでしょう。」
「作戦の内容、変えてくれればいいね」
「変わらなかったらその時だね」
「縁起悪い事言わないで頼むから」
「今日は巨大樹の森まで行くらしいよ。巨人ですら登ってこれないから、あたしあそこ好きだな」
「安定しないけどゆっくりご飯食べれるよね」
「じゃあまたご飯の時に。」
「うん。またね」
「またね」

集合の合図が鳴って、馬小屋から連れてきた自分の愛馬、出っ歯のタムシュと団長の白く美しいサラブレッドを連れて待機陣形に続いた。今日も遠くがよく見えるほどの晴天でカラッとしていた。さて何故あたしが団長の馬を連れているのかというと単に先輩に頼まれたからだ。馬小屋に引きこもっている事は先輩達に筒抜けのようだ。大した実力もないあたしを揶揄する声は昨日だって元気だ。

「いででで、髪の毛食べないで」

全く主人の気持ちすら汲まないタムシュ。いやいいの。それがこの子の良いところなの。ムッシャムッシャとしゃぶられた髪を引っ張る。悪気なく、むいっとひん剥いた今日も立派な前歯だ。

「エイダ、モブリットから聞いたぞ。今日は俺の班に入れ」
「え?なにかあったんですか?」
「ハンジの熱が飛び火する」
「飛び火」
「例の巨人生け捕り作戦だ。今朝方から喚いていたからな。」

つまりは外されたという事だ。気を遣われた。それはあたしがまだ半人前である証拠である。二頭の手綱を握る手に力が入った。無意識に。それもそのはずだ。仕方がない。だってあたしは単騎討伐に長けていない。かといって一人でサポートに全振りできる程優秀なわけでもなく。…うん、特化したものが特にない平凡な兵士だ。間違いなく命を落とす。だからモブリットさんはあたしをミケさんに預けたのだと思う。どんなに優しい言葉や態度で包まれたとしても、結果は無駄死をさせない為の、淡々とした区別だ。

「これはエルヴィンの指示だ。モブリットを責めるなよ。」
「ヴッ!?」
「おい馬の首を折るつもりか」

思ってもみない名前が突然出たものだから手綱を引き過ぎてしまった。いけないいけないタムシュは慣れているとはいえ、団長のサラブレッドにはストレスだろう。傷付いたりしてないかな、と首を確認したけれど大丈夫そうだ。馬二頭にぎゅっとサンドされた状態でミケさんの陣営についた頃。あたしの移動を確認したモブリットさんが少し遠くから片手を上げてくれた。ハンジさんの班に引き抜いて貰ってから今までずっと気にかけてくれるモブリットさんの気持ちを頭の中とはいえ悪く言うなんていけないよね。というかなんで団長になるんだ。ガスの吹かし過ぎも克服した。センスは悪くないって言ってたじゃない。なんだか急に情けなくなってきて頭を勢いよく下げることしか出来なかった。タムシュは相変わらず前歯を出しているが団長の白馬はぎゅっと寄ってくる。あれどうしたんだろう。開門前にそわそわする事なんてないだろうに。

「さーて。今日は生き残れるのかしらねあんた。」
「…!」
「あれ?今日はハンジ分隊長の陣営じゃないんだ。とうとう外されたって感じ?ははっそれ正解!あんたじゃ絶対足で纏いだもんね。皆んな言ってるよ。」
「…あ…えと。今日はたまたまで…ミケさんの部隊に…」
「は。なにそれ。なんでわざわざミケさんの部隊が。…本当あんた意味わかんない。」

先輩なのは腕章で分かる。綺麗な女の人だ。そういえば前に同期達が兵団内の美人ランキング大会を開催していた時があった。高飛車そうなのが逆に良い。もしかしたら話題のナンバーワンはこの人のことだったのかもしれない。というより開門前にメンタルを直接素手で抉られるとは思わなかった。ミケさんは匂いを嗅いで鼻で笑う事以外はとても素敵な上司だ。これも同期が定期的に開催している上司にしたいランキング大会で得た知識だ。頼り甲斐のある豊富な経験と冷静沈着な佇まいは新兵達の憧れの1人だ。だから、そういう人は人気者であるので。なんにも突出していない人間が隣にいるのはおかしいことなのだと。

「いつも悪運強く生き残っているだけの平々凡々人が。団長じゃ飽き足らずミケさんまで?顔に似合わずふしだらなのね。軽蔑する。」
「あの!いえ、本当にそんな事。」
「少し目をかけられているからって調子に乗ってるのでしょ。今日があんたの命日になる事を心から願ってる。」

美人の怒った顔は怖いと昔父が言っていた。長く息を止めていたようだ。やっとまともに息を吸えた。なんて事ない。誹謗中傷。事実無根。それは心無いただの言葉だ。ただの。

「ごめんね。すぐに団長の所に連れて行くからね!」

ただの…。うん。言葉が尖って見えただけなのだ。…もうすぐ門が開く。そこから先は命を捧げる覚悟。

「遅れて申し訳ありません。馬を連れてきました」
「ああすまないありがとう。…今日は随分と表情が固いな。」
「緊張しない壁外調査なんてありません」
「そうか。今日の君の配属は私の采配だ。適材適所。頼むぞ」

適材適所…?前にあたしは団長に言った。捕獲作戦を実行するならば自分をと。認められていない。いや、傲慢だ。手綱を渡して勢いよく頭を下げてからミケさんの陣営に戻る。戻る足取りも物凄く重かった。こんな重い体で空が舞えるのか。明日の自分を想像できないくらいには先程の言葉が突き刺さっていたんだと思う。

「開門ーーー!!!!」

人は巨人を怖いと言う。間違ってない。だけど今あたしはこう思うのだ。人間の方が何億倍も怖いって。何度も言うが本気でさっきの、2人の言葉には堪えた。特に先輩には。陰口じゃない。本人への直球ドストレート。いっそ潔い程。しかし壁外調査開門直前という最悪のタイミングだ。雑念を持っていてはあっという間に注意力散漫だ。頭を振って切り替えて。いま考える事じゃない。お願いだから集中してくれ。壁を抜けた先は緑の地平線。高く登り始める太陽は目の前をくっきりと照らしていく。ミケさんが居るからって安全なんて事はない。もしハンジさんが勝手に承認を得られない捕獲作戦を決行してしまえば被害は甚大だ。テンションぶち上げて馬を走らせるハンジさんはとても楽しそうだ。そんなハンジさんと正反対に。あたしは暫く下しか向けなさそうだ。





暫く馬を走らせたが前衛右翼側に2体。左に3体。順調な運びである。前の壁外調査で殉職者を出したリヴァイ班は欠いた人員枠そのまま空席でいた。人手が減ったとはいえ各々のベストを尽くすまでだ。なにせ調査兵団の、あのリヴァイ兵士長が率いる精鋭班との肩書である。訓練だってなにかと緊張するものになってしまった。リヴァイ兵士長に選ばれた兵士はやはり目についてしまうんだろう。どれだけのものかお手並拝見されてしまう。気が散って仕方ないがそれだけリヴァイ兵長は兵団内で特殊なのだ。わかるよ。わかる。だって才色兼備だからね。皆までいうな。

「あれ?」

もう少しで巨大樹の森だっていうのに、後方が騒がしいな…煙弾も上がってないし…どうしたんだろ。そうは思っても前衛を走る私たちに伝わる情報は無かった。少し前を走る兵長も後ろの騒がしさに気づいている筈だが前を向いて馬を走らせている。前衛に伝える程の事ではないという事なのだろうか。

「どうしたんだ後衛は」
「さあ…後衛はミケさんの班がいる筈ですが」
「情報が伝わって来ない。ミレア、一度下がって聞いてきてくれ。」
「はい」

エルドさんの指示の元、兵長に一声かけてから馬の速度を落とす。ハンジさんの声も聞こえないからハンジ班は反対側かな。

「ミケさん、どうされたんですか?伝令が来ないので前衛も気になってて」

ミケさんはずっと鼻をすんすん鳴らして後ろを気にしていた。ミケさんの班員もきょろきょろと忙しなく辺りを見渡している。

「エイダを見かけていないか」
「え?」
「奴は今回俺の班に配属された。ハンジの巨人捕獲作戦に巻き込まれるのを嫌煙したエルヴィンの判断だ」
「…え…もしかして後衛が騒がしくしていたのは」
「エイダが進行進路から外れた為だ。しかし平坦な道で大所帯、止まる訳にはいかない。最終目標地点は巨大樹の森である事は周知している筈だ。森まで白の煙弾を上げながら走る。リヴァイに伝えろ」

な、なん、っだって!?進路を逸れる!?阿呆か!?なんで逸れる!?そこまで抜けてるとは思わなかった!タムシュが言うこと聞かなくなったのか?周りに先輩はたくさんいた筈だ。前を見てなかったのか?どちらにせよ一声も上げずに一人道を外れたとすれば…自分の陣営に戻り、兵長の後ろで並ぶ。視線を寄越した三白眼に今し方得た情報をお伝えする。

「ミケ班臨時配属エイダ・ローレン、進行進路から一騎で離脱!現在行方不明!白の煙弾を等間隔で発射しエイダへの目印にするとの事!私は全部隊班長へ通達に参ります」

兵長の舌打ちが鋭い。怖い。かっこいい。怖い。とにかく伝える事は伝えた。エイダ…一体どうしたんだろうか。優先経路はまず団長だろうか。一頭だけ白い馬を見つけて近づけば団長の周りの兵士が怪訝な顔をした。

「エルヴィン団長!」
「リヴァイの班の…ラッシュか。どうした。」
「伝令です。後衛ミケ班に臨時配属のエイダ・ローレンが進行進路から外れ現在行方不明。白の煙弾を等間隔で発射し、巨大樹の森まで先導するとの事」
「……。」
「……あの、」
「わかった。先導はミケに任せる。まずは隊を巨大樹の森まで到達させなければならない。この平坦な土地で止まる訳にはいかない。君は各部隊に滞りなく伝達してくれ。」
「はい!」

……団長、あの、……顔、怖。


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