06. おなじ歩幅で

「…」
「…」
「…えっと…生きてる?」
「息はしてる」

ハンジさんの部隊に引き抜かれたエイダは3ヶ月以上かけて漸く人の形を取り戻しつつあった。というのも巨人の実験理論はグロテスクな内容かつ理論が長い。そして濃い。とっても濃い。座学を得意としていなかったエイダにとっては辛いものに他ならず、硬いパンを死んだ目でもそもそと食べる姿は廃人さながら。

「そういえば聞いたよ、例の巨人生け捕り作戦」
「あー…無理だと思うでしょ…?…分隊長の作戦は危険過ぎる。分隊長の悪い癖だって、部下の命が見えなくなるの。モブリットさんが言ってた」
「確かに…例え人類最強のリヴァイ兵長がいらっしゃっても…リスクがね…。巨人の実験は確かに人類にとっては必要な事だけど人の命は大事だ。…大声で言えないけどね」
「命の使いどころを間違えたくないもんなぁ…一人の命も落とさない、そんな方法…ないかなぁ」

スープを啜りながら当然のように巨人の話が出来るようになったのは私達の心臓に毛でも生えてきたのだろうか。毛の生えた心臓…なんか嫌だな。そんな心臓捧げてもいいの?いや、調査兵団なんて剛毛揃いだろ。…心臓の毛の話だよ?

「…なんかくだらない事考えてない?」
「考えてた。すっごいくだらない事。」
「うわー嫌だーなにこの人」

「今日は揃っているんだな」
「ミケさん」

スンスンとエイダの背後から鼻を鳴らしてきたのはミケさんだ。ミケさんは長年調査兵団に残っている古参の一人だ。古参達は誰かというと一人目は敬愛する我等がリヴァイ兵長。エイダの上司のハンジ分隊長。同じく隊長のミケさん。ナナバさん、そして、エルヴィン団長。ここの主軸はブレる事なく堂々そこにいてくれるもので、兵士にとってかなりの精神的支柱になっている。つまりは、恐ろしく強い集団ってことだ。1年に2回壁外調査を行う環境の中で少なくとも8年以上は生き残っている。計算したら…ひぃ。16回以上壁の外に出てるってこと?戦慄する。むしろ団長達の方が人間じゃない。

「配属先は慣れたか?」
「わたしはバッチリですよ」
「逃げても無駄だと思いました…」
「ハンジにエルヴィンだからな。お前」
「やめて下さい!!どこにハンジさんの耳が生えているか分かったもんじゃない!!!」
「あんたモブリットさんに似てきたよ」

上司より先輩に影響され、日に日に神経が太くなるのはいい事だ。ここでは頭が壊れてなんぼなのかもしれない。あながち、頭の可笑しい集団の揶揄いも間違いじゃない気さえする。と、思った時に訓練生時代に何度か嗅いだような臭いが鼻腔を直撃した。主に真後ろから。振り返ったら両手をひらひらさせているハンジ分隊長。

「生えてるよぉ?」
「…!くさっ…!何度…何度何度何度何度何度言っても話を聞いてくれませんね分隊長…!」
「私の研究が佳境を迎えつつあるのはエイダも知ってるでしょう?」
「それと風呂に入らないは別問題だという事も、あたしとモブリットさんが再三説明した筈ですが…」
「それすらも惜しいんだよ!それより今回の壁外調査の話をしよう!」
「それよりもそれよりもお風呂に行ってください!断られたじゃないですか!兵士長自らに!」
「リヴァイだってわかってる筈だ。巨人の謎を解明するには巨人に近づかなきゃならない。」

エイダの目がハンジ分隊長から外れた。そこには同意見なのかなって思って見てたらぎゅっと両手に力を入れた。

「…兵士の不足は兵団全体が抱えている大きな問題です。兵士と言っても人ですよ…分隊長」
「あぁ。勿論だとも。私達は公に心臓を捧げた兵士だ」
「…、」
「成果に犠牲はつきもの。大勢の死を無駄にする気はないね」

この2人、仲良さそうに見えたのに。論議は別れるんだな。訓練生時と各部隊に配属される少し前。エイダの印象はどちらかといえば命の尊さを重んじているとは思わなかった。こうして自ら進んで調査兵団を志願し、わたし達の命とも言える立体起動装置のガスをものの見事に短時間で使い切るようなスタイル。理想に前傾姿勢でいるような奴だと。この2人にしては妙に静かな会話は鼻を全力で塞いだミケさんによって仕舞いとなった。




「最近はどうだ?」
「えっ、えっと、ようやっと、その…慣れてきました…上司の奇行さに。」

思わず、というか。エルヴィンは声を上げて笑った。そんな仕草すらにエイダとっては未だに畏怖感満載。また妙に失言したかと目が泳ぎまくっている。泳ぎに泳ぎまくっている。第一こんな世間話の為にわざわざ団長に呼ばれるなどと一切思わないではないか。これが長年共に共闘してきたリヴァイやハンジ、ミケならばなんら可笑しくはないのに。胃が痛くなってきた。

「ハンジからの巨人生け捕り作戦案はもう幾度となく聞いてきた。しかしどれも現実に欠けるから取り下げている」
「あ…」
「君はどう思っている?」
「……あの、あたしはハンジ分隊長みたいに博識ではありません。分隊長の考えている事なんて、あたしの範疇を超えます。…しかし巨人の解明には机上の憶測を立てても意味がないことは、理解しているつもりです」
「そうだろうな。」
「なので……その…」

言い淀む。エルヴィンは「ん?」と限りなく柔らかく続きを催促した。この兵士は自分が構うとまるで子鹿の如くぷるぷるしている。別にキッツに似ている訳ではない。断じて。

「…もし…分隊長の作戦。一か八かで決行する機があるのなら、あたしを作戦要員に加えて頂けませんか?むしろあたしと直属班で巨人の捕獲を成功させれば兵長もご納得頂けるかと思って…」
「ハンジの作戦は死人が出る。必ず、2人だ。」
「…団長が仰るなら、そうなんでしょうね…ですがあたしは心臓を捧げた兵士で…分隊長の部下なので」

巨人の事は他の兵士よりいくつかは詳しい。自身の上司が納得するまで付き合うのも部下の役目だ。組んだ両手越しに射抜く真っ直ぐな大きな目。思わず逸らしそうになるけど意思を伝えるにはこれじゃだめだと思った。…にしても団長はお顔が良いな。ホリが深くて鼻が高くて、綺麗な青色の目で。その辺の女の子より綺麗な金糸の髪だし。まじまじと無意識に見つめれば太く形の良い片眉を上げて小首を傾げられた。嘘でしょ、くあっ…眩しい。

「…無理…ちょっと待って造形美…」
「大丈夫か?」

…あ、やばい。団長天使か。180p越えの天使か。今一度改めて目を合わせた。ミレアが兵長を崇め奉るのと同じ感情が爆発的にあたしの頭の容量を食らった。成る程。

「大丈夫じゃないです…」

そう言うと団長は引き気味に笑っていた。あたしの今の顔人に見せられる顔なのか。

あたしは外に憧れて調査兵団を選んだ。頭のネジが飛んでいたのも認めるし巨人は今だって苦手で怖い。だけど後悔なんてしないと思った。あの日ハンジ分隊長に言った言葉も嘘じゃない。でもあたし、エイダ・ローレンは本日、よくわらないタイミングで「180p越えの天使様」を見つけてしまったのである。

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