05. 想う理由

それは何気ない日常をただ薄ぼんやりと思い出していたのかもしれない。訓練兵になって3年。卒業してから更に3年。おおよそ6年の月日を調査兵団で過ごしてきた。そして私の人生で確かに、いちばんに誇らしいと思った日。敬愛してやまないリヴァイ兵長の指揮する精鋭部隊に選ばれた。出世したのが嬉しいんじゃない。リヴァイ兵長に認められたのが、嬉しかった。おめでとう、と引き気味のエイダが祝いの言葉を贈ってくれた。兎にも角にも正式な手続きを完了させてしまえば仕舞である。石造りの調査兵団拠点は前の壁外調査を終えた後、更に閑静になった。3年と少し。私はなんとか生きている。家族にももう随分会ってない気がする。立派になるまで顔見せるなと追い出されたのがついこの間のよう。怒らせる気は無かったのだ。でも親にとっては怒らずにいられないのは確かにそう。調査兵団の兵士になりました、だなんて。今思えば唐突で突拍子もなかった。全ては食べていく為に。内地勤務の憲兵団を目指していた筈で。なのに、私はエイダに感化されて一番危険な道を選択した。人々はこの壁がある限り平和と思い込んでいる。わざわざ壁の外に出て調査兵団が馬を走らせる意味が単に解らないのだ。だから後ろ指で差すんだろう。絶対的な平和を盲目的に信じて、何故壁の中でしか生きられないのか知ろうともしない。その先になにがあるのか見ようともしない。両親もそうだった。壁とは何なのか。外に出られる権利を持つ調査兵団が、先を知っている調査兵団が。ずっとずっと羨ましかった。キラキラ目を輝かせる子どもの頃の自分と今は、どちらがマトモだろうか。




「お疲れ」
「ッッッエヴッ!!!」
「取って食いはしないよ」

本当にこの人神出鬼没だ。心臓が止まったよ。悪戯が成功したみたいにおどける我らがエルヴィン団長。目をかっ開いたあたし。バカみたいな声出ちゃったよ。あたしみたいな、こんな下級兵士に何故声を掛けてくれるのか。ほぼほぼ軍隊のように思いっきりバキバキ縦社会の兵団内では各隊各隊長が存在する。統括する人間もやたら多く一年経ってやっと組織図を理解したという感じだ。新人の頃は自分の隊と隊長を覚えるだけでかなり手一杯。人数が少ない調査兵団でこれなら憲兵団や駐屯兵団なら更にエグいだろうな。いや奴らは快適な内勤だから自分の隊すら覚えてないかも。全くお気楽ぱっぱらぱーな集団だ。いやそんな話は今はいい。問題はこの私の所属する兵団のトップであらせられる団長の事だ。先輩のミケさんから地味に、地味に話は聞いていた。

『エルヴィンはお前と仲良くなりたいんだそうだ』

…正気じゃないよなどう考えても。ミレアが敬愛して止まないリヴァイ兵長の作る部隊にミレアが加わった事は本人から暴露されており、じゃああたしに構う理由はなんだ?あの兵長に認められたミレアと親しいから?ああ…あり得る。なんせリヴァイ兵長は兵士最強。小柄なのに圧倒的戦力。兵長の存在が調査兵団の地位を限りなく守っていると言っても過言ではない。そんな人類最強が作る部隊。団長もさぞ気になってしまったのだろう。しかしその中でも別に特に関係ないペーペーのあたしに絡むのは、本気で正気じゃないよな。

「あの…」
「ガスの吹かし過ぎは直ったようだな」
「それは要改善の通告を整備部から散々頂いて…いえ、エルヴィン団長からのご指摘も相まってですが…」

こ…この人こええええ。何考えてるか全く分からない!そのにっこりが胡散く…胡散臭い!そう言えば最近の訓練を遠目で見てるとは思ってた。なんせ団長は目立つ。いや、なんていうの?見た目も目立つけど、オーラ的な?気配が既に団長の威厳常に纏ってるのよ。その後もまるで圧迫面接のような質疑応答が繰り返され、あたしのストレスボルテージはミケさんが通り掛かる頃には最高潮に達してしまったのだった。



「おお。やべえな」

手続きの署名欄をガン見しながらぷるぷると筆を持つ手を震えさせていた。なにか綴れ。名前を綴れ。簡単に綴れるか馬鹿野郎。これは自分の夢と希望が詰まったブツ。そして完璧なる遺書に匹敵する代物でもあるのだ。なにも考えない訳じゃない。やはり自分は大切だ。何度か壁外調査に出てから学んだことである。命は…重たい。だからこそ。何に使えるか。この…自由を騙った世界で。

「…女は度胸。」

ええい、署名がなんぼのもんじゃあああ!!!勢いで書き上げた書類は兵長にサッと掻っ攫われた。はっや。突然行き場を失ったペンを持つ手。さっさと奪うのは多分きっと考え直させない為だ。そんな簡単な覚悟で頷いた訳でないとしても、やはり時間をやると例えば、を考えるのが人というもので。その判断をそもそも与えないような行動は鮮やかだ。やる事がなくなったわたしの隣で時間をかけていたのは意外にもエイダだった。というか、何故あんたがここにいるのか。

「おい。なにボヤボヤしてやがる。てめえは遂に自分の名すら忘れたか」
「…ちゃんと書けます…」

なにかに、集中力をかなり奪われている。いや、なにかって言ったら原因はひとつしかないんだけど。

「急かすなリヴァイ。ゆっくりでいい。」

この人だよなあああ。何したんだエイダ。本当になにがどうしてあんたはこうなった。というか何を書かされているの。両手を組んでその上に顎を乗せながら団長はじっと待っている。

「チッ。署名ひとつに手間掛けさせるな。」
「あたし今夜首吊って死んでるかも」
「え、なに。何にサインしたのあなた。」

わたし同様に書き上げた瞬間目にも留まらぬ速さで書面を奪われた。兵長、鮮やかです。エイダの自殺発言が若干気になるものの、自分達が選ばれたのか、おおよその理由がわかった。リヴァイ兵長を入れて6人編成。人類最強自らと、団長が選定した部隊と聞いて、ああ、なるほどなと思った。この班はバランス重視だ。他の4人は名前も聞いたことがある補佐にも単騎討伐にも対応できる精鋭隊員だ。私はどちらかといえば単騎討伐。人手不足の中で集めに掻き集めた人材だろう。

「この班は緊急事態に備え招集した精鋭部隊だ。壁外調査は巨人の討伐は勿論の事、新リヴァイ班の連携強化に努めるように頼む。リヴァイ。なにか一言あるか?」
「俺が選んだ人材だ。特に何もない」

リヴァイさんは三白眼をじっとこちらへ向け、一言も何も本当に一言だったけど、その言葉ひとつに凝縮された信用を感じて私はぎゅっと心臓が痛くなるのを感じた。私は、新兵とは言わないけど卒業から3年目だ。合わせて6回の壁外を生き抜いてきた。それを買われたというのなら、誇らしいじゃないか。

「そして、エイダ。君は分隊長ハンジ・ゾエより正式な引き抜き願いがあり、それを調査兵団第7部隊隊長フューズ・ミルトンが承諾した。本日付で君はハンジの対巨人の研究及び壁外部隊に異動となる。」

あんたはそれのサインだったんかい。ハンジさんの研究兼壁外部隊ともなれば心臓がいくつあっても正直足りな…。いやそんなことその立場に立った本人がめちゃくちゃよくわかってるとお察しする。こわ…顔怖…。

「以上だ。解散」

エルヴィン団長のにこやかで、射貫くような眼は確かな威圧を感じるものだった。信頼信用とか、そういう括りでは言い表せない。無数の兵士が属する兵団は、例えるなら生き物みたいだ。その中でも調査兵団は命の危険に晒される。毎年多くの殉職者を出す、頭のいかれた集団。資金繰りもさる事ながら一人一人の命とそれに見合う実績がなければ発言権は皆無。リヴァイ兵長が確かな光というならば、それに付属する私達にもその期待がのし掛かる。これは、団長からの餞別である。決して、光源を絶やすな…と。




「エイダー!!!!!エイダはいるかい!!?」
「うるせぇぞ。クソ眼鏡」
「あれ?ここにもいないの?おっかしいなぁ朝から探してるんだけどなぁ」
「お前は口を開けば巨人かエイダだな。喧しい」
「私のお気に入りだからね」

ハンジはちぇー、と口を尖らせる。エイダがハンジ部隊に属して2ヶ月が過ぎた。あまりにもエイダの断末魔が建物中に轟くこの2ヶ月は、他の兵士が日々黙祷を捧げる程に大変悲痛であった。なにかに取り憑かれたかのように悲鳴を上げハンジと笑えない鬼ごっこを繰り広げる様はいつから日常と化したのか。

「反応が新鮮で楽しいんだよねぇ、あっそうだリヴァイ!巨人の捕獲作戦について相談なんだけど!」
「却下だ。俺の部下を危険に晒すつもりか」
「でも!巨人の謎を解明することには本物の!生きたサンプルが必要なんだ!分かるだろう!?彼らには果たして痛覚が有るのか、日光との関係は?急所はうなじだけか、他にも沢山たくさん知りたいことは山のようにあるんだ!!これは!人類が巨人に迫る絶対的な過程!やらなきゃいけない事なんだ!それを精鋭たるリヴァイ班の皆んなに協力して貰いたい!」
「お前の案には人命リスクが伴う。ただでさえ人がいねぇとぼやきやがる上を黙らせられるよう立案しない限りは俺達の協力は当てにするな」
「頼むよリヴァイ!」
「うるせぇ臭ぇ」

鼻をつまんだ。何日風呂に入ってないか定かではないハンジの言い分は確かに一理あるがなにせ危険なのだ。巨人の生け捕りを提案した瞬間のエルヴィンによる却下は妥当だ。ただでさえ殉職者が多いのにこの作戦ひとつで何人犠牲になるのか。人材確保には毎日のように頭を悩ませている調査兵団にとっての選択は不可の文字だけだ。

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