04.ほどけない赤い糸

踏み荒らされた地面から両手をついて起き上がった。そうだ…確か自分は後方部隊で…それで…。血だけが周りに取り残されていて、人という人は見つからなかった。こんな部隊は、珍しくない。毎回人員の三割を亡くす兵団だ。新兵ばかりが死ぬ訳じゃない。そんなこととっくに理解はしていた。馬から転げ落ちても尚頭すら打っていなかった。

「新兵!!無事か!」

土埃を上げて先輩兵士が馬と共に現れる。が、ショックが一時的に大き過ぎたエイダの耳には入っていない。まさか、自分がこんなにショックを受ける人間だとは思わなかった。嘘でしょう。

「私は後方右翼第4部隊のモブリット・バーナー!あんたは後方部隊第2部隊の新兵だな!」

返事を返さないエイダの腕を掴み、馬に引き上げる。腕章を確認すればやはり今期の新兵だった。ざっと辺りを見渡しても生存者はいない。こんな所で一人へたり込んでいて巨人に遭遇しなかったのは、かなりの幸運である。こんな兵士はそれこそ腐る程見て来た。それでも負傷していないのは実に珍しい。

「モブリット!後方部隊の様子はどう……」
「分隊長。第2班は壊滅です。」
「…そうか」

ハンジは様子を見に行かせた部下が、見慣れた新兵を連れているのを認識した。それと同時になにがあったのかも。

「やあ。あの日以来だね。覚えているかな。私はハンジ・ゾエ。後方部隊右翼側の指揮を任されている。」
「…あ、」
「うんうん。いいよ。そのままで結構」

上官…上官の前なのに反応さえ出来ない。自分がこんなに脆いとは思わなかった。こんな…こんなに死ぬ事が恐ろしい事だなんて。平和な世界に慣れ過ぎて、怖いもの知らずだっただけなのだ。それなら、この初壁外調査を怖いと言ったミレアの方がどれだけ賢いのか。…驕っていたんだ。自分が、強い人間だと。なにが…上位10名だ。そんなの、周りが本気を出せば簡単に覆されていたかもしれないのに。あたしは…馬鹿だ。外の世界。それだけしか見てなかった。外の世界へ行く事。それは人の死に直結する事。訓練をしている時も。どこか上の空。実感が、なくて。

「あ…、あたし、」

実感がなかった。どうしたってあたしは、臆病な兵士に他ならない。今のままでは、絶対に死ぬ。死ぬのは嫌だ。

…続かなかった言葉の先は敢えて聞かなかった。いつも同じだからだ。ハンジはどこまでも続く地平を眺めた。どうせ、決まってる。

"調査兵団に入らなきゃ良かった"だろう?




「…まぁ、なにかに縋らなきゃわたしは立ってもいられないから…」
「??意味が分からないんだが…」
「あーこっちの話。」

目の前に集中しよう。無駄話で死ぬなんてそれこそ無様過ぎる。アホ過ぎる。そのせいで死んだならわたしはこの同期を許さん。…外では、絶対に油断しないと肝に命じたんだ。

「周りを固めてくれているのがリヴァイ兵長でいらっしゃっても、私たちがボケっとしてていい訳ない。あんたも兵士なら周りくらい警戒しなよ」
「お前、いきなり辛辣な…」

エイダは今回ハンジ分隊長の隊に組み込まれた。…ハンジ分隊長は巨人の研究を任された身であるけれどちょっと部下を軽視する傾向にある。所謂…成果の為の犠牲はやむを得ないという事。とても単純明快でとても残酷だ。だけどその一存があるからこそ人は巨人の弱点を見つけた。沢山の命を犠牲にして。そうする事でしか知れないから。それをよく知るハンジ分隊長だからこそ…わたしはあの人が怖いのだ。

「!煙弾…あの色…奇行種だ!」
「おいガキ共」
「ファッ!!?」
「ケツは援護してやる。馬を走らせろ。」

いつから隣にいたのか。兵長は既に刃を抜いていた。煙弾の向いた方向的にこちらへ向かっているらしい。今じゃ黒色の不穏な色は空の青に滲んでしまっているけれど、確実に来るという予測を兵長の行動が裏付ける。

「もしもの時は、積荷を落とせ」

静かに、だけど確実に伝えられた言葉に何も言えずに頷いた。兵長は、優しい人だ。こんな状況下で積荷を落としてもいいだなんて。命を守れと言ってくれたんだ。それは命を捨てる覚悟をし切れていないわたしにとってはなによりも優しい言葉だった。大きく木々が揺れ動き、二度と聞きたくなかった地響きが鼓膜を揺らした時、それは唐突に姿を見せる。奇行種の狼煙が上がっていたけれど実際見るのは初めてだ。奇行種は予測できない動きをするのが特徴でそのタイプは多岐に渡る。人間みたいに個性的。手綱を握る手がじっとりと汗ばむ。

「行け!!」

兵長の怒声にも似た合図で私たちは更に速度を上げた。隣に兵長はもういない。後方であの奇行種を足止めするのだ。

「……え…」

最悪だ。なんで。陣形が崩れたの?なんで煙弾が上がってないの?馬を走らせる方向から巨人が猛スピードで駆けてくる。どの隊にも目視されずにここまで来たっていうの!?どうする、どうしよう。予想外過ぎる。兵長達は最初の奇行種との戦闘で馬から降りてる。ワイヤーを引っ掛ける物がない平坦なこの場所で飛んで来るのは不可能。馬に乗ってもこの距離じゃ間に合わない。

「畜生…っ!」

ここがわたしの寿命なら。それなら報いてみてもいいだろう。この兵団に身を置いた瞬間からこの命はわたしの物じゃなくなった。ブレードを両方から引き抜く。3年…ここまで死なずに生きてこれたのは周りの先輩達のお陰だった。単機討伐は初めてではないけれど、失敗しても仕方ない。だって、だってそうでも言わないとやってられないじゃないか。本当はこんな道もあったのにって後悔しちゃうじゃないか。

「積荷を頼んだから。」
「お前…正気かよ!?」
「まさか、正気の沙汰じゃないよこんなの!でも誰かがやらなきゃ全滅でしょ!!!」

勢いよくガスを吹かして馬から飛び退いた。ワイヤーの行き場をミスれば地面に叩きつけられる。もっと最悪なのは巨人にワイヤーを掴まれること。一度体制を整えてうなじを狙う。これは何度も何度も何度もやってきたこと。空高く舞い上がってうなじを捉えた時、いけると思った。絶対にやれるって。嗚呼、わたしこういうタイプだったのか。土壇場で逆に冷めるやつ。勢いよく落とした刃が肉を削ぎ落とした。

「ミレア!!無事か!?生きてんのか!?」

同期の声が聞こえてくる。蒸気に紛れてシルエットしか見えないけれどわたしはこの時、何度目かの単機討伐を成し遂げたのだ。慣れようとして慣れるものじゃない。だけどわたしは確実に成功させている。

「…ほぉ」

呟きは蒸気で誰のものなのか分からなかった。




「おい。」
「はい。兵長」

今日も今日とて顔色が随分悪い。寝てるのかこの人。ついでに目つきも更に相当悪い兵長は腕を組んで仁王立ち…後ろの新兵がびくっと肩を跳ねさせたのがなんとなくわかった。

「エイダ・ローレンは不在か。」
「ああ、ハンジさんの所だと思われます。」
「ならお前から先に伝える。エルヴィンの指示で調査兵団内少数精鋭班を発足した。指揮は俺だ。他にも何人か見繕った。お前もその内の一人だ」
「へ?」
「午後から正式な手続きを開始する。」
「あたしが……兵長の…部隊に…?」
「不服か」

まさか…そんなこと、天地がひっくり返ったって、あり得ない。じっと見上げて来る眼にわたしは全力で心臓に拳を打ち付けた。

「っ…ありがとうございます!!!ミレア・ラッシュ、兵長と調査兵団の為に死力を尽くします!」

ああ、神様。わたしはこの兵長のお力になれるんですね。嬉しくて嬉しくて、思わず笑ってしまったのだった。しかし精鋭班として組み込まれるという事はそれだけ期待も増えて、それだけ危険な場面を担うという事でもある。これで、わたしは完璧に逃げられなくなったのも、また事実だった。

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