03. 見返りを求めない言葉

「3年って早いと思うのよ」
「あの頃自分たち平和だったからねえ」

調査兵団に入団を決めてから早3年。新兵とは言われなくなった。その新兵の対象がもう自分達ではないからだ。今日は訓練兵選別の日。今期の上位10名は皆憲兵団への入団を決め、溢れた残りの新兵のほとんどが駐屯兵団。それから更に極小ではあるが調査兵団入団者を確保するに至る。

「怪我へいき?」
「うん。危なかった…負傷兵になるとこだったもん」
「前からっていうか、訓練兵時代から思ってたんだけど。ガス吹かし過ぎな」
「補給班泣かせの異名を頂いてます。」

先輩となるのに、こいつは…とミレアはため息をついた。本人は本当に無自覚に吹かしているらしい。立体起動装置の動力源はガスだ。あれが命。切れればもう、飛べない。地上を這っても巨人には勝てない。飛べなきゃ終わりだ。常に死と隣り合わせの環境下にいる調査兵団の兵士ならそれくらい十分過ぎる程知っている筈だ。

「兵長の悩みの種になってる。花なんか咲かせてみろ、あたしが根こそぎ持ってくからな」
「何持ってく気だ。」

この数年間ですっかり兵長厨になったミレアに何があったのかはいつかまた話そう。ある日を境にあの、あの他人にも明け透けに興味ないデス。と顔にでかでかと書いてあるような女が、人類最強と噂のリヴァイ兵長…。エイダにとっては紅茶に関してのトラウマを大いに植え付けたお方…。いや、植え付けられたのはリヴァイの方に違いないのだが。

「そういえば。今度壁外調査でハンジ分隊長の班に組み込まれるんだって?」
「あ、うん。ハンジさんの指名で。」
「変な人だけど戦闘に関しては実力あるし、分隊長だし…違う意味で知的な人だから出世…という括りでいいと思う。」
「地雷ありまくりだから。朝まで巨人語られた話聞く?」
「想像できたからいいや。」

NGワードのど真ん中踏み抜いたエイダは朝までコースだったようだ。

「あ。時間だ。」
「嘘でしょ…」
「生きてたらまた笑い話にしてあげるから」
「それじゃあ、またね」
「またね」

がしょん。立体機動が椅子にぶつかる音。いつもこうだ。お互いが鮮明に聞こえる。ハンジの隊に組み込まれたエイダは今回左翼側。ミレアは中央後方、補給班である。補給班は主に壁外での物資を運ぶかなり大事な存在だ。食糧に加えその物資には当然立体機動装置の命ともいえるガスが兵士分積まれている。兵士一人で二本。ガス欠の予備も含めて大体一人につき四本のガスを運び、死守しなければならない。いや正確には…補給班の周りに配置された隊が死ぬ気で守らなければならない。物資が絶たれれば隊が死ぬ。補給班を守るためにも周りの兵士が巨人の目を引き付ける。…危険なことだ。その任を負うのはいつも討伐数の高い人間が選抜される。今回はリヴァイと他数人だ。愛馬に跨り、門が開くのを待つ。中央に陣を取る補給班は周りを固められており、若干息苦しく感じた。エイダの姿は見えないがハンジの声は飛んでくる。恐らくそこにいるんだろうなぁなんて思った。

「ああ…今日も空が青いなぁ…」



「エイダ」
「あっ、は、はい!!」

なんだ…今度は自分なにをした。エイダは背中にかかった声にびくりと肩を跳ねさせた。心地の良いテノール。だけど威厳があって背筋が伸びる声色だ。

「…エ、エルヴィン団長」
「少しいいか。話がしたい」

声をかけられただけでも心臓が悲鳴をあげたというのに、話がしたいだと…!!?無事に調査場所に駆けてきた。ここまでハンジが統率する部隊に組み込まれて、ようやく…巨人に警戒しながらだが休むことができたのに。なぜ中央前衛を統括されている…いや、こんなペーペーの兵士に声をかけてくるのだ。地面から飛び上がってエルヴィンの後ろをついていく。のちにそれを目撃した兵士が言った。まるで死刑台に向かうようだったと。

「取って食いはしないから。安心しなさい」
「うぇ!?あ、はい…すみません」

テントの中ではエルヴィンが信頼を置くリヴァイやミケ、ハンジなどが顔を揃えている事が多いのだが今に限っていない。…本気でなにかしたか自分。団長に個別で呼ばれるとはよっぽどの事だ。取って食いはしないと笑っているが、それだけで「あ。そうなんですか」なんて受け入れる方がそもそもおかしい。

「ミケから話を聞いてね。君の立体機動の使い方に問題があると」
「ミケさん…ですか?」
「調査兵団に入って3年。次の新兵が加わるこの時期だ。今のままでの戦闘は勧められない」
「えっと…それはガスの吹かし過ぎ…という事でしょうか?」
「新兵が入団すれば自ずと能力差で討伐数も増えるだろう。補給班がそばに居なかった場合。最悪、立体機動が意味を成さない可能性がある」

ミケとは壁外以外での仕事で度々世話になっている。立体機動を使っての仕事で一緒は無いはずなのだが。いや、新兵を見守るのも先輩…古参の仕事である。特に調査兵団は入団者が極小なので良いも悪いも全員に目が行き届く。

「センスは悪く無いんだ。ガスの無駄遣いを避けてくれたらなにも言わないさ」
「は、はぁ…すみません…なんだか無意識に吹かしてるようでして。気づいたら半分といいますか」
「それは問題だ。早急に直したまえ」

話は以上だよ。そう言われた瞬間速攻でテントを飛び出たエイダにエルヴィンはことさら面白そうに笑った。そんなに自分は兵士と壁があるのか、と。実にタイムリーだった。ミレアとその話をしたばかり。小心者のエイダにとっては、調査兵団団長のエルヴィンを前にして竦み上がっただけなのだ。地面にへたり込んで深く深呼吸。ああ、威厳があった…。

「あれ。エイダ。なにしてんの?」
「ああ…生きてる…」
「なにがあったか知らないけど気持ち悪いよ」

ひしっ、と自分の体を抱きしめるエイダに冷ややかな目を向ける。補給班であるミレアはガスや食糧の配給の仕事を終わらせたようだ。ぽいと渡されたパンを受け止める。

「スープは自力でどうぞ」
「ありがとう」
「団長達が経路を組み直すらしい。思ったより道が開け過ぎてて立体機動できる場所がないみたいよ」
「中間まで戦わずにこられたのはすごいよ…日頃の行いがいいみたいだね」
「それはそれで不気味だけどね」
「物資の輸送は兵長の部隊だし、大丈夫でしょう」
「当たり前。兵長はわたしの希望」
「その顔やめれ。気持ち悪いな」

てか、なんでそんなに。目をキラッキラさせんな。気持ち悪いな。

「てか、そのメモなに」
「え?ほら、あたしハンジさんの班なんだけど巨人の研究もちまちまお手伝いしてて、頭に入れとかなきゃならないこともあってさ」
「大変だね。」
「でも、訓練兵の時習わなかった事とか知れるしね。」

団長が経路を見直した道に馬を走らせる。背中と馬の胴に括り付けた補給用のガスがガシャガシャと音を立てる。荷馬車を走らせながら隣の名前も忘れた同期が口を開く。

「お前、すごい肝が据わってんな」
「え?」
「補給班だぞ…隊の心臓といっても過言じゃないのに…」
「…肝が据わってるっていうか…絶対的なものがあるから」




3年前

「あれ。どうしたの」
「なにが」
「ワイシャツのボタン掛け違えてるよ」
「うわ…びっくりするわ」
「緊張してるの?」

調査兵団に入って初めての壁外調査だった。100年の平和を維持する壁の中で。外に出たいと思って、エイダに触発されて。ここで生きることを曖昧に決めた私が。なんの覚悟も持たない私は普通の人間だ。エイダのようにネジが外れている訳じゃない。だから普通に怖いし緊張もする。

「…あら、手まで震えて。」
「いや、あんたのそのタフさにびびってんの。心臓に毛が生えすぎでしょ」
「あたしは多分実感なくて。平和ボケと同じだね」

新兵は、先輩の班に組み込まれながらの戦闘補助につく。単打ち討伐なんて夢の話だ。半年に一度のペースで行われる壁外調査は毎回隊員の三割が死ぬ。三割に、自分が入らないなんて事、ないのだ。平和ボケした世界とはいえ、上位6位に食いこめたのだってエイダみたいに立体機動に柔軟だったからじゃない。持ち前の持久力や座学の方に偏っていただけだ。馬に跨りながら門を潜る。先頭を走る自由の翼は朝日に照らされながらくっきりと浮かび上がっていた。初めての外。広い地平線はどこまでも続いている気がした。調査兵団しか見れない景色は、恐ろしく美しかった。

けど

「無理だ…もう、無理だ…」

戦死者は毎回隊員の三割。先輩だった、潰れた頭のようなものを見て完全に膝から崩れ落ちた。なにが…人類の功績だ。ただ、犬死してるだけじゃないか。何の為に。私達は。後悔を初めてした。血塗れの地面から起き上がろうとしても腰が抜けてまた地べたに尻をつく。怖い、逃げたい。周りの先輩が死んで、指示を飛ばす人も。守ってくれる人もいない。自分だけが頼り。自分だけが自分を動かせる。早く、早く。気づかれる前に。少しでも、足掻け。なににも興味なんてなかった。つまらなかった。そんな世界での最後がこんな事に。そんなつまらない最後なら、もっと、私は必死になれるものを見つけたかった。自分の意思で、それこそ命を懸けていいと思えるような。

「…っ、ひ、」

悲鳴も出せない。大きく、鬱血した手が伸びた瞬間。…そのうなじの肉が舞った。顔面からめり込んだ巨人は蒸気を上げながら動くことはない。だんっと音を立て、ワイヤーが戻る音。

「…残ったのはお前だけか」

涙で霞んで、その人が誰であったのか。その時は考えられなかった。その人は暫く周りをゆっくりと見回した後、淡々と…淡々とした声で紡いだ。

「よくやった」

淡々としてるのに。それなのに。死んでも、後悔しないくらいに暖かいものだった。肩を貸されて歩く。馬の足音が近づくに連れて人の声がする。物凄く長い間聞いていなかった気がするけど、それは錯覚だ。その人達が口々に言う。

「兵長!!」
「リヴァイ兵長!!」

初めて、この人が誰なのか分かった。いつも隊の先頭を走る…

「エルヴィン。右翼側3班が全滅した。辛うじて残った新兵も戦意喪失だ。これ以上進めば三割の被害じゃ済まねぇぞ」
「あぁ。後方部隊も被害が甚大だ。これ以上は進まん。撤退だ」

自分の馬が戻ってくるとその人はくるりと踵を返した。呆然とするくらいに。あの時の青空と同じくらいに。

「リヴァ……へい、ちょう…」

この狭い世界で、一番に美しいと。胸が痛くなったのだけは鮮明に覚えているのだ。

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