02. 鍵を探してきたよ

なんとなしに駐屯兵団へ行った彼らを見ていると、あー秩序って大切なんだなあとしみじみ思うのである。同時に滅ばないかな、とも。仕事しろ。家畜野郎。

「あたし、また外行けるんだ。」
「え………まあ。」

エイダという女は変わり者だった。まさに自ら火に飛び込むような。電球にぶつかりにいく虫と同じで。その先になにがあるのか。惹かれるのは何故なのか。そんなこと考えちゃいない。この平和を維持した壁の中で、外に出たいだなんて。まさに調査兵団に打ってつけの思考回路。さすが数ヶ月前に各兵団の団長面子揃い踏みの会議で生言っただけはある。…初めての壁外調査はそれはそれは恐ろしく、二度と味わいたくもない程圧倒感だった。勝てない。そう思わせるには十分。規格外だった。全てが。長年の平和の外にはこんな世界が広がっていて。平和と言う壁を一歩出たら。…恐怖しかなかった。なにが平和だ。だから調査兵団は平和ボケなんてしないのだ。

「2回目の壁外調査かあ…これで死んだら笑ってね」
「元気だったらね」
「ミレアは右翼側だよね」
「うん。エイダとは逆だね」
「またね」
「またね」

今年の新兵が少ないのはそもそも兵団に入ろうとする人間がいないから。そして調査兵団は特に入団者が極小。死にに行くようなものだからだ。それでもエイダみたいに外への渇望を求める数少ない人間が集まるのである。見上げれば大きな青空が。どこまでも広がる大地が。風邪を切る程に馬の足音が。なんだか泣き出しそうなくらい…自由だった。左翼側はリヴァイの指揮下だ。右翼部隊が離れて行く。壁外調査では無自覚ハイになるエイダ。それはもうガスを吹かしまくるのだ。ハンジが指揮する右翼側のモブリット、彼はハンジの部下であり有能だ。そして兵団の中でダントツぶっとんだ思考回路をお持ちであるハンジのお目付役でもある。エイダとハンジ。なかなか凶悪な組み合わせではないか。

「あれ。お前今年の新兵だよな?」
「え、はい」
「上等だ。一回目で大抵の新兵は殉職すんだ。そりゃそうだろうよ、壁の中の平和とやらを盲信して、外の世界を見たことがないんだからな」
「…」
「なんでお前調査兵団に入った?聞いたぜ。訓練成績6位通過なんだってな」
「ああ、それは……まあ、私は優柔不断な奴なんで誰かの言葉に左右された。それだけの事なんですよ」

ーーミレアって、卒業したらどこにいくの?
ーーご飯さえ食べれればどこ行っても。
ーーじゃあさ!いっしょに…!

「聞いても、へえ、そうなんだで終わるようなレベルの話です」

もしエイダと出会わなかったら。きっと憲兵団に行っていただろう。ミレアの世界に堅苦しいものはなんら存在しない。違う意味で、確固たる自分を持っていたのである。なんとなく生きている自分が、そんな大義に巻き込まれる。公に心臓を捧げるなんて上辺だ。無理だ。ナンセンスだ。そこまでそこまで他人の為に自分を投げ捨てられるほどの相手に会った事がない。エイダは…違う。確かに友人であるし大切だ。だけど普段外れた所はあるが、彼女もそれなりに自分を持っている。ミレアより人の顔色を窺うけれど己の欲に忠実だ。だから死ににいくような場所にミレアを巻き込んだし、抗わないと決めたから此処にいる。結局、エイダに影響されてしまったのだ。ミレアがあの会議で入団理由を問われていたら、きっと何も答えられなくて調査兵団の面子を潰していただろう。適材適所。ミレアは遠くもなく近くもない場所から傍観するのが性に合っていた。

「おい新兵!走れ!!黒の煙弾…奇行種だ!」



「おーい!新兵のローレンはいるー?」
「ここです!ここです!」
「あーいたいた。早速だけどわたしの研究調査を手伝ってくれるかな?」

ハンジは巨人の生態調査を受け持っていた。いや、その探究心と執着心で勝手にやっていたのだがここまで熱心なのもまた稀少で調査兵団きっての歩く巨人説明書になったのだ。けれども巨人は未知なことが多く、おいそれと近づけない為に情報収集も一苦労である。

「巨人が奇行種であればなあ…滾るんだけどなあ」
「ローレン。分隊長の言葉はあまり気にするな」

いつものパターンだと遠い目をするモブリットは何度、分隊長に苦言を呈してきた事だろう。

「!ハンジ分隊長!黒の煙弾を確認!奇行種ですっ!」
「いっ……やっほおおおい!!!!!ローレン!行くよ!早く早く!方向転換だ!私についてきて!」
「分隊長!新兵を危険な事に巻き込まないで下さい!!」

横にぴったりと馬をつけられ、肩を掴まれたらもう逃げられない。加えてこの輝かんばかりの笑顔。エイダはひくつく口角をなんとか上げて不細工な面を向けた。この人おかしいぞ…と気づいた時には既にハンジの射程範囲内にいた。先導して突っ走るハンジの後ろを必死について行く。この人がおかしくても自分はまだまだ新兵なのだ。上官の指示を信じてついて行く。この組織は信頼と実績で構成されているのである。ハンジは紛れもない実力者で、その価値がある。

「ローレン!奇行種を見るのは初めてだな!?今までの巨人とは違うと思え!」

ああ、なんてことだ。目の前に現れた奇行種に、気分が高揚する。なんでだ。もしかしてあまりの恐怖に頭がおかしくなったのか。いや、元から頭なんて正気じゃないのだ。平和な壁の中で。敢えて外へ飛び出そうと決めたのは、…多分きっと魅せられたからだ。兵を率い、馬を走らせ、自由の翼を背負った背中に。…いいや、語弊がある。きっと羨ましかったんだ。あの高い高い壁の向こう側へ行けることが。向こう側の世界を、知ることが。

「ハンジ分隊長!近過ぎです!距離を取ってください!」

ハンジの背中は嬉々として弾んでいる。こんなに巨人を恐れない人は、きっとこの先現れない。今この人の後ろにいられるって、それは、すごく貴重なことじゃないか?今ここでこの人と同じ時間を共有している。いつ死んでも分からない立場に立った。それはこの兵団に入らないとわからないことだった。

「ハンジ分隊長!」
「えーー!!?なにかなぁー!!!?」
「あの!あの!あたし!!やっぱりここに入って良かった…!」
「え?」

思わず振り返った。なにを言ったんだこの少女は。周りから、散々変人が集まる集団だの。無駄死にした上に成果無しの無能集団だの言われている。気にした事は一度だってないが、今の今までで入団を後悔する新兵は見ても、こんな事をこんな状況で宣える新兵なんていなかった。…多分この先も現れない。なるほど…変人が集まる集団か。

「…そうか!!なら存分にわたし達の役に立ってくれ!!共に巨人の謎を解こう!共に自由を得よう!ローレン!」

言えている。わたしが変人というのならわたしの背中をついてくるこの子も相当だ。似た者同士、きっと背中を預けられる。そんな立派な兵士になる。柄にもないが、ハンジはそう思ったのだ。


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