01. 比翼連理

「そこの新兵!!!」
「はい?」
「ファッ!!?」

下ろし立てピカピカ。二つの真新しい自由の翼に声が掛けられた。1人は怪訝そうに。1人は奇声を上げながら。

「人手が足らん!兵団に入ったばかりの新兵でも茶汲みくらいはできるな!!?」
「平々凡々な私達に茶汲みなんてとてもとても。」
「実技で習ったやつなら出来るんじゃ?ほら。アレ。コウチャだっけ?」
「話を聞け!各兵団の分隊長から兵士長。更には団長も揃い踏みのでかい会議だ!」
「尚のこと私達には無理です」
「そもそも調査兵団の頭数が少ないのはお前達も承知の事だろう!とにかく来い!」

100年の平和を維持する三重の壁は人間の生活圏。巨人と呼ばれる未知なる生体にヒエラルキーの頂点を奪われた人類は壁の中に世界を構築するしかなかった。人間とは不思議な生き物で"慣れ"れば壁の中の永住をなんなく受け入れるしそもそも何故壁の中で生きているのか疑問を持つ者すら少ない。外の世界を渇望する者は異端である。そんな異端と呼ばれる兵団がこの世界に存在している。自由と人の権限を取り戻す事を信条に公に心臓を捧げることを誓った、頭のおかしい奴等。壁の外にわざわざ出向き、ヒエラルキーの頂点に挑む愚か者。絶対的な存在などないのだと刃を握り。立ち向かう者。それが「自由の翼」を象徴として掲げる…調査兵団という組織だ。

「え、ちょっとわくわくする。新兵がそんな晴れ舞台」
「一歩間違えれば飛び降り自殺級よな」
「でもなんであたし達?」
「今年の新兵、ろくにいないから」
「あぁ…別に調査兵団にならなくても兵士にさえなればご飯食べていけるしね」

新兵には縁もない会議個室には重っ苦しい空気が漂っていた。それもそのはず。各兵団は仲が悪い。特に異端である調査兵団は肩身が狭い思いを強いられている。100年の平和を維持する現在、その資金を削って、命を削って壁外へ向かう…その根本的な意味すら揺らいでいる。壁の中にいればいいものを、なぜ命を落としてまで戦うのか。平和ボケが根付いた民衆は非難の目を向ける。そんな組織があるからやれ息子が死んだ。やれ娘が死んだと嘆くのだ。

「配膳はさっき言った通りだ。ラッシュは右から憲兵団・駐屯兵団へ。ローレンは調査兵団を担当しろ」
「茶淹れて配って帰ってくれば任務完了?」
「ああああたしが、団長と兵士長の?!」
「え。あぁ。大丈夫。ほら、他の兵団の団長達よりかはマシでしょ。自分の上司ならまださ。」
「恥ずかしい!」
「きもい」

上官に押されて給湯スペースに押し込まれたからにはもうやるしかない。エイダは半べそかきながらそーっとティーパックをカップに落とした。失敗してみろ。目ん玉飛び出る。ミレアに至ってはそもそもそういった上司や上官などの縛りはどこ吹く風。普通に家に来た客に茶を出す程度にかなり適当に湯を入れた。あー大丈夫大丈夫。いい色。色だけ。先に作り終えたミレアはとりあえず紅茶が冷める前に持っていく事にした。なにせ自分は二つの兵団の茶を持っていかなきゃならないのだ。控えめに扉を叩き、片手でドアノブを回して中に入れば、激昂。兵団同士の激しい論議が飛んでいた。主に資金繰りの事だろうか。ビリビリとした空気は肌を通して伝わってくる。我らがエルヴィン団長、眉間のシワを隠そうともしない。リヴァイ兵長に至ってはさっき見た時から1ミリも動いていない。腕を組み、柄の悪い目つきの顰めっ面で激突相手の駐屯兵団をぎょろりと…。とんでもないタイミングで茶なんて持ってきてしまったものだ。いや、一度場を収める良い機会だったのか?やろうとしないだけで実はかなり空気を読む。一瞬で思考し、最低限のマナーで静かに。忍者の如くそっと茶配りに没頭した。いや、茶配りに没頭もクソもないのだが余計な事を考えると手元が狂う危険性がある。

「うわっ…」

良くも悪くも素直に小さい悲鳴を上げたエイダがお出ましだ。慎重に慎重を重ねて作り出した紅茶の色は良い。なんら問題ないようでほっとした。ガチガチに緊張しているエイダはブリキのロボットのようにギコギコと団長達の元へ向かう。この激しい論議が耳に入りまくっているのは仕方がない。ミレアは最後の憲兵団へのお茶を運ぶべくもう一度部屋を出た。給湯スペースが会議室に近いとはいえ、のろのろしていられないからだ。一人その場に残されたエイダはゆっくり邪魔にならないようにカップを置いた。自分は透明人間。透明人間。

「例えばだ!!そこの新兵!!」
「へっ!!!?」
「貴様の訓練成績順位を言え!」

指を指されて肩が跳ね上がる。なんだこの人。丁度最後のハンジ分隊長に出し終えたところだった。

「は…、エイダ・ローレン、成績順位は、8位でした…」
「上位10名が憲兵団に入団許可が下りるのに、何故貴様は調査兵団に決めた!」
「えっ…それは、えっと、」
「毎年調査兵団への入団者は減っている!入団理由を即断言できない中途半端な兵士に資金を削ぐ理由はない!むやみやたらに犠牲を生むだけだ!」
「あ、あります!!!あります…!!!」

ミレアがまた手に茶を持って入室した。…驚きのあまりひっくり返すところだった。何故ただの新兵。お茶汲み係のエイダが全兵団指揮官の視線を受けているのか。…何故挙手しているのか。

「む、昔から、調査兵団が一番かっこいいから…!どうせ兵士になるなら、それならって、あたしはどんな順位でも!きっと絶対間違いなく!調査兵団に入ってました!!!」

しん、張り詰めた空気が一気に消えた。なんの地位もない新兵がやっちまったのだ。いや、やっちまったというかなんというか。しかし絶対に正解とも言えないのでは…。その時だった。

「ぶはッ…!!!!!」
「リヴァイ!?」

リヴァイ兵士長が口元を覆って盛大に吹き出したのと、ハンジが笑い転げたのは同時だった。ほんの僅かな間咳き込む声とハンジの笑い声が異様な雰囲気で響く。

「……確かに、今年の新兵は問題だ。この平和ボケした壁の中で生きてるにも関わらず、茶の淹れ方一つ知らねえ。大体、"そういうマナー"を叩き込むのがてめぇらの仕事の一つだろうが。なってねぇ。」

もし憲兵団に入団するのであれば平均並みのマナーと知識も同時に培わねばならない。各兵団にはそれぞれその講師が存在する。立体機動等の扱いは調査兵団の兵士が受け持ち、駐屯兵団は主に治安を維持する為、対人の格闘技の伝授。最後に王の元で働く憲兵団はそれなりの知識を教えなければならない。しかしながら長きに渡る平和が訓練兵育成の怠慢に繋がっている。…かなりのいい例に上がったエイダは青ざめた。

「茶の淹れ方くらい叩き込んどけ。グズ野郎」

やっちまった。というのは確信した。



「死ぬ…きっと死ぬ…殺される…」
「骨は拾ってあげる」
「白骨化…?燃やされるの…?」

会議室からなんとか出れたのも束の間。2人はさっそく団長に召集された。なんとなく理由はわかる。エイダはなにを覚悟しているのかおもむろにジャケットを脱いだ。部屋への入室を部屋の主により許可された。

「あぁすまない。急に呼びだてして」
「第94期生。ミレア・ラッシュです。」
「お、同じく…第94期生、エイダ・ローレンです…あの、さっきは…」
「あっはっはっは!!!傑作だったよ!笑いが止まらないね!あのリヴァイを吐かせるなんて!」
「クソみてぇな味がした」
「申し訳ありません!ごめんなさい!あたしが兵士として相応しくないのは分かりました!十分に!震えるくらい分かりました…!だから、その、このジャケットは、お返しします…」

エルヴィンが片眉を上げた。おずおずと差し出されたのは自由の翼の紋様だ。まさかあれしきの失敗で除名されると思っているのか。…可笑しくて堪らない。

「今期、我々調査兵団への入団者は片手で足りるほどだ。君は訓練成績を8位で通過している。…立派なものだ。少々一般教養に欠けるようだが調査兵団ではあまり関係のない事。君はどうにしたって調査兵団に入りたかった。…そんな人間、どうして切ろうと思う?」
「…あ、あたし、生意気にも、団長達の前で勝手な発言…して、調査兵団の、立場を…悪くしちゃって…」
「いいや、あれは思わぬ幸運だったな。リヴァイ」
「てめぇがド下手なのか、本当に訓練兵士への講師怠慢なのか定かじゃなかったが、憲兵団が退いたという事はそういう事だ。」
「リヴァイが体を張った甲斐があったねぇ。あ!あの紅茶私も飲んだよ?すんげえ不味かった!」

君は稀に見る不器用だね!いい笑顔で言い切るハンジは気に入った!とエイダの頭をぐりぐり撫でた。

「そうだ。君はどうなの?私達の所はこの子が配ってくれてたけど」
「可もなく不可もなく、です。」
「丁度いい。てめぇも類に漏れずクソみてぇな味だったら憲兵団に文句つける良い理由になる」

たかが紅茶。されど紅茶である。茶葉が地味に他の食物より値が張るのは知っている。良い茶葉を使えば特に。ああいった会議の場に出てくるのは結構良い茶葉だったりする。三度目の給湯スペースに立ったミレアは先程と同じような、いや、ちょっと気持ち丁寧に淹れてた。可もなく不可もなく。

「ほぉ……悪くない」

それはさっきクソみてぇな味を知った後だからでは?突っ込みたい言葉を喉元掴んで止めた。エルヴィンもうん、と頷いていた。ということはお前がド下手なのかというリヴァイの追求はまた今度詳しく話すとしよう。入団早々。かなり濃ゆいデビューを飾ってしまったようである。

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