09. おくりもの

「タムシュうううううう」

とんでもない状況に陥っていた。幸いあたしは元気だ。ちょこっと擦り傷負っただけだ。いまの状態をどう説明したものか。平坦な道だったのは確かで前を先輩達が走っていた。少し離れた所に補給部隊もいたし天気は良かった。しかし愛馬のタムシュ。タムシュの体調が芳しくなかった。さっきの開門前のあれのせいかと言わんばかりに突然意気消沈したように突然立ち止まったのだ。こんな事初めてだったからあたしもびっくりしてついタムシュを優先してしまって、気づいたら隊から離れてしまった……うん。馬鹿だった…馬だけに。

「別にタムシュの事じゃないんだよ。あたしの事を言ってたんだよ。あたしが死んだらタムシュは逃げていいんだよ」

口をもごもごさせてる。飼い主の影響直撃し過ぎでしょう。おまえもあたしに似て臆病だなあ。多分きっと開門の時の先輩にストレスかけられてしまったんだと思う。正確にはあたしが身も蓋もなく落ち込んだから。

「大丈夫大丈夫!早く戻ろう!ミケさんに怒られちゃうよ。いやもう手遅れだけど!」

胴を撫でまくって暫くお腹をわしわしもみもみしていたら漸くタムシュが一歩一歩動いてくれた。偉いぞと首元にしがみついたらタムシュの顎を脳天に喰らう。おうおう…元気な事だ。

「戻ろう。」

巨人がどこで現れるかも分からない危険な外の世界。壁の外の世界。なんだかおかしい。ひとりぼっちでこんな広い土地を、いやタムシュもいるけど歩くなんて。ここで死んでもあまり悔いはないかも。いや、やっぱり怖い。でもさっきまで下ばかり向いて、タムシュのうなじばかりを見ていた時より清々しく感じた。狭い場所にいると心まで閉鎖的になる。団長達が目指す自由。私が壁の外へ求める自由は人類の勝利とかそんな大義じゃなくて、一個人の。自分の心の平穏を掴みたいだけなんだと自覚した。無頓着だった。本当にあたしは平和ボケが過ぎた人間だ。

「団長たちの所に戻ろうか。」

有り難いことに、所々に煙弾が見える。色は白色だ。
ただの平凡兵士一人に、本当に申し訳ない。戻りたいけど戻りたくない。そんな感情が喧嘩し合っている。開門前に言い渡された部隊移動。それだけでもハンジ班に値しない兵士といわれているのにここに来て迷子だなんて。タムシュは歩いてくれた。だから私も歩かねばならない。だけど、戻るのが怖い。人間の方が怖いと値付けられた記憶が新し過ぎて尻込みする。タムシュはそんな私を横目に見ながら一緒に立ち止まった。まるで「行かなくてもいいよ」と言ってくれている気がした。





「はあああああ!!!!?ミケ!!!どこに目つけてるの!?」
「むしろエイダの目がどこについていた…」
「落馬の音もしなかった。巨人討伐後の人数確認も済んだ後だ。」
「あの平坦な道で一人か…」
「白の煙弾は欠かさず発射してきたが…巨人に遭遇しない方が奇跡」
「どうするエルヴィン。くたばっている程で捜索隊を作るか。待ちぼうけか?」

まさかこんなことになるとは。団長はフードを被ったまま、顎に片手を置いて暫く無言だった。透き通るような青い瞳は何を考えているのか一遍も分からない。いや、わたしが見れないだけだ。さっきの伝令の時の、あの迫力…ざわってしたもんね。団長からなんか出たもんね。ふいに顔を上げた団長の一言に思わず息が止まった。

「リヴァイ。ラッシュを借りるぞ。」
「何何何怖い怖い怖い」
「心の声が出てるぞ」
「お前がここを離れてどうする。俺が残ってやる。指揮に戻れ」
「しかしエイダに編成の直前変更をさせたのは私だ。開門前少し違和感を感じたんだ。」
「なら任されていながら離脱に気づかなかった俺に責任がある。俺が残ろう」
「ちょっと待ってよミケ!そもそも私が直属の上司だ!私が残ろう!いいよね!?いいでしょ!?」
「待て待て待て。お前ら揃いも揃って隊列を乱すな。場の空気も乱すな。」

団長、兵士長、ミケ分隊長、ハンジ分隊長。揃いも揃ってこのメンツときたものだ。無事に帰ってきたエイダの息の根が止まるのではないだろうか。むしろ今止まっていた方が良いのでは?そう思わずにはいられないレベルの迫力だ。

「それじゃあ間をとって、私とミケが残るよ!森の入り口にこれだけの人間が集まってるとね、ほら。巨人だって集まってくるんだよ。あっはぁ……捕獲できたらなぁ…」
「という訳だ。リヴァイとエルヴィンは隊に戻れ。責任は持とう。」
「しかし」
「エルヴィン。聞き分けのねえ餓鬼じゃねぇんだ。戻るぞ。」
「大丈夫だよエルヴィン。あの子は生きてここに来るし、必ず連れ帰るよ。」

団長は暫く木に縫い付けられたみたいに動かなかったけど兵長に蹴られて漸く立体機動で木々を飛び移っていった。それを確認してハンジさん達を残し私達も団長の後に続いた。あまり団長の立体機動を見た事がなかったけれど、さすがの身のこなしだ。背丈もあるしがっしりしてるから兵長みたいに軽々と、という訳ではないけれどパワフルだ。そんな団長にわたしは聞きたい事がある。漸く地面に足が着いた頃。隊は上官が帰ってきた事に安堵したように見えた。

「これから隊は巨大樹の森を6班に分けて探索。当初の目的を遂行する」

まさか一兵士の為に放って置かれていたなんて誰も思うまい。動き出した兵士達の間を縫って団長に近づいた。厳しい顔は崩さず青い瞳がこちらを見下ろした。

「エイダに違和感を感じたって…何故ですか?」
「開門前に私の馬を連れてきたのは彼女でね。毎度壁外調査では、ああいった顔はしない。だから今回に限って引っかかっていた」
「え、はぁ…」
「この回答では不服か?」
「なんて言いますか…意外で。」
「嗚呼、私が部下一人に右往左往するのは確かに意外かもしれないな」

軽く笑った団長は地図を広げながらこれまたお天気を口にするかのように穏やかに…実に穏やかに爆弾発言をした。

「エイダは覚えていないと思うが、私達は昔馴染みでね。あの子の世話をしたのは一度や二度じゃないさ」
「は、え、えええっ!?団長とエイダ!?し、失礼を承知で言いますが…ひ、人違いで、は?」
「ローレン家。間違いではないな。近所にいた古美術商の産まれたてのお嬢さんだった。私が訓練兵になってからは疎遠になっていたし、なにせ幼かった。私の事は記憶にすらないだろう。」

つまりは…団長とエイダは赤の他人という訳でもなく。幼い頃に親交があった。赤子のエイダの世話を焼きたがり、歳の離れた兄妹に間違われていたと団長は懐かしそうに語ってくれた。いつも遠くから訓練を眺めたり、小さい子に接するような仕草を時折見せていたのはそういうことか。…本人訳がわからずめっちゃ怯えていたけど。てか団長のことを天使がどうのこうの言ってるんですけど。

「調査兵団志望者に名前があった時は随分と驚いた。巨人とは無縁の場所で…幸せに生きていると思っていた。」
「…エイダが訓練兵になっていなかったら、わたしは憲兵団に居ましたよ。」
「はは、今となっては貴重な戦力。憲兵団に取られるわけにはいかないな。」
「それ程、あれからの影響力がでかいみたいです。わたしも…その…団長も。」
「そうらしい。さて。彼女の事はハンジに託した所で、君も隊に戻りなさい。」

はっとした。そうだ、我がいとしの兵長達を追わないと。







もにもにもにもに。まだ背中に乗せてくれるような状態ではないタムシュのお腹を揉みながら一緒に歩いていた。日は徐々に昇りそして傾きつつある。正確な時間は分からないが多分きっと配給の食事を食いっぱぐれた。タムシュはその辺の草を食べ、川の水を飲みリフレッシュは済んだかと思ったがそうでもなかった。
白い煙弾はとうの昔に消えてしまった。このまま戻らなければ死亡とみなされるだろうか。平坦なこの道で補給ガスすら無く馬一頭で生き残れる可能性なんて砂一粒程度。

「…昔母に怒られるのが怖くて逃げた事がある。そうだ、鍋を焦がしたんだ私」

多分うたた寝してしまった。気付いたら火は木材不足で自然鎮火し、中身は内側に黒い塊となって張り付いて底は穴が空いていた。それを見て思ったのはただ一つ。叱られるという子どもの純粋な恐怖だった。あの時どこへ逃げたのだったか。そうだ確か近所に"先生"が住んでいて、それでそこには一人息子がいて…

「ん?娘だっけ??」

生憎と記憶力が良いわけじゃない。その先生の息子か娘がとても綺麗な金髪だったのは覚えている。何故か。それはそうと昔話は壁の中に帰れたら母に聞くとしよう。じゃあ、それじゃあ、…頑張って戻らないと。兵団に属する兵士なのだから。心臓がぎゅーっと縮んで泣きたくなる。絶対泣くものか。私が悪いのに。それでも、何故こんな幼い頃のことばかり思い出すのか。

「……家に帰ってないからだなあ…」

帰ろうかな。久々に。そう思って。

「あ」

どうやらそう上手くいく筈がないのがこの世界のルールらしい。地鳴りのように大地を揺るがす、誰かの足音が聞こえた。




「樹齢何年なんでしょうね」
「少なくとも100年は超えているだろうな」

巨大樹の森はその名の通り巨人よりも大きな大樹が密集する森林地帯である。これだけの本数の大樹がどのようにして繁殖したのかも不明。しかし立体起動の相性が良いこの森は兵士達の休憩拠点にもよく利用されていた。森の中は陽の光が葉で遮られほぼ入らずうっそりと薄暗い。ここから巨人が走ってきたら一生のトラウマになるなとも思う。周りを軽くぐるりと一周している兵長が戻ってきたら移動だ。

「…静かなのが気味悪いな」

森の入り口でハンジさんとミケさんがいるからだろうか。巨人の気配は感じなかった。


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