その答えに触れて2 | ナノ


▼ 70.匣の中身

※山本の家族について捏造がございます。


「えっ、どうした?」
「は?なにが。いつもこんなもんでしょ」
「いつからそんな腫れぼったくなったよ、修行明けは普通だったじゃない…どうしたの?」

目が腫れぼったい。寝不足でなる事もあるけど寝不足だけでそんなになるわけない。医者じゃなくてもわかる。修行がきつかった?それともこの時代のプレッシャーを感じた?将又別の理由?問いただすのは簡単だがこの年頃は思考回路も心情すら複雑怪奇であるのは過去に通ってきた自分に覚えがある。

「あー、なんでもないなんでもない。くだらない事なんだわ」
「必要なら笑い要員になってあげるからね?」
「ありがとう」

言わない、なら。あたしも何もできない。嗚呼、これが母親の心境か?無理に問いただせない年頃の娘を持った気分。歳が離れてしまうとなんだかこう…母性っていうの?芽生えるよね。不可抗力。

「鬱々してるなら修行で発散!漲れー!おー!」

…失笑された。その後の修行は散々な結果。集中力皆無。これでは流石に無理があるので切り上げた方がいいかな…。まずいな…順調とは決して言えないし、この状態が長引くようなら今後のメローネ基地破壊作戦は辞退して貰うしかなくなる。修行を早々に切り上げる旨を話したら情けなさそうに眉を寄せた。ちょっと頭を冷やした方がいい。

もえの修行が空いた分を埋める事にした。気力回復の為に休もうかとも思ったけど、なにせ不安要素はかなり多い。沢田君は進んでいるようで、なんだか雲行きが怪しい。雲雀との修行で力はつけてるものの、肝心なものが欠けている気がする。…つまりは、記憶違いを起こし始めているのだ。あたしの中にある未来と、今が少しづつずれ始めている気が…気のせいだと言われればそうかもしれないけど。なんだか気持ちが悪くて。

「リボーン」
「早ぇーな。もえの修行は終わったのか?」
「えっと…上手くいかなくて、休憩休憩。」
「なら俺はちょっくらツナの様子を見てくるぞ。」
「えっ、行っちゃうの?」
「行っちゃうぞ。お前は山本を構ってやれ。」
「え、いやちょっ、待っ、リボーン!」

ピンっとボルサリーノのつばを弾いたリボーンは軽快な足取りでエレベーターを降りていった。山本は中にいるらしいけど静かだ。もしかして疲れて寝ちゃったかなと思ったけど襖を開いてびっくり。本当に寝てる…あら…大の字。元々運動部だった山本は体力面でも集中力も人よりある。眠ってしまうなんて余程きついんだろうな。仰向けに寝転がった山本の隣に落ちてるメモ書きを見てみろ。なぁにが女子マネ的軽い準備運動だ。えげつない。引き気味にメモを見ていたら下から視線を感じた。縦長の大きくてまだ幼い目がこちらを見つめていた。挨拶するとぐしぐしと目元を擦る。あ、これなんだか懐かしい。昔もそうだった。大の字で寝転がって漫画やゲーム機が散乱する畳の上で疲れて寝ていた。

「わりぃ、寝ちまってた」
「あたしが早く来てしまっただけだから!まだ時間じゃないし辛かったら寝ていいよ。」
「いや。起きる」

腹筋だけで起き上がる姿は遠い昔の記憶をまた蘇らせる。あたしはこの世界に来たその日から山本のお家にお世話になっていた。高校3年生まで約4年と少し。その間山本とは家族として一緒にいさせて貰った。剛さんはその間で、奥さん…山本のお母さんの事をそっと教えてくれた。息子は聞かないからと。剛さんのお部屋の隅にある小振りな仏壇、その前に座る少し小さくなった背中を直視するのが辛かった。山本はいつも笑っているから、彼が本当はなにを思っていたのかは分からない。それは大人になってからもそうだった。完璧にマフィアの世界に入ってからは、口にする事のない約束を交わした。必ず、剛さんを。お父さんを守ろうね。…あたしは"こうなる未来"を知っていた癖に。救えなかった。まるでこの未来を変えさせないとでも言うかのように。あたし達の父を助ける事が出来なかった。矛盾してる。あたしは多分余計な事をしてしまったのだろう。分かっている未来なんて、嫌いだ。一つ間違えれば、後戻りなんてできない。知っていたのに。

「山本…ごめんね」
「え?」
「ちゃんと謝れてなかったよね。あたしはお父さん…剛さんを助ける事が出来なかった。誰も救う事が出来なかった。…ごめんなさい。」
「あのさ。それはお前のせいじゃねぇだろ?親父の為にもさ、俺…絶対負けるわけにはいかねぇし。言ったろ?ここに来れて良かったってさ!」

座りながらもにかっと…雨上がりのように清々しい笑顔を向けてくれる。

「だからお前も後悔しなくていいよ。」

後悔しなくていい。そんな笑顔で言わないで欲しかった。今の山本はあたしの知ってる10年後の山本と全然違う。やっぱり、今のあたしが出来ることは限られているようだ。匣を開けて飛び出してくる木刀を引っ掴む。それを見た山本は一瞬沈黙した後、ぱっと顔を向けて立ち上がった。

「会えて良かったしよ!」
「過去のあたしはきっとみんなの力になるから」
「一人になっちまって寂しがってんじゃねーかな」
「そろそろ寂死すると思うわ」
「じゃあ、早く迎えに行ってやんねーとな!」

あたし…過去のあたし、お願いだから皆んなの火薬になるんだよ。いつ来るのか分からない自分へ毎度願うことだ。




大変だ。どうしよう。上手くいかん。やっとまともに炎が出るようになったのに!ちくしょうウチの乙女思考め!

「あー!サンドバッグがあったら殴りたい!!って痛ァ!!!なんか転がって……っ!」

ベッドに頭から突っ込んだら固いものに当たった。角張ったなにかに当たった。

「これは匣…そういえば雲雀に今の君じゃ無理よ〜て言われたんだったか…」

あれ…今なら開けられるんじゃないか?もうリングに炎を灯す事ができる。えりかに相談してないけど、なんか、雲雀の事思い出したら一方的にムシャクシャするので…いや「今の君」って別に過去と未来のウチを分けて言ったんじゃない事は分かってるんだけど…未来のウチは軽々開けられたと思うし雲雀は中身知らないみたいだったけど。

「うーん…ええい、女は度胸!」

カチン!なにか生き物でも出てこようものなら悲鳴をあげるつもりだった。でも出てきたのはボイスレコーダーだった。…はて。これは?

「な、なんだこれ…なんかの重要証拠?ちゃんとイヤフォンついてる…」

それに手紙が付属してる…これウチが開ける事を想定して…?でも誰が、

「…拝啓…過去の…もえへ」

え?ウチ?なんで?封筒の裏を返しても差し出し人が分からない。でもよくわかる。この字は、自分自身のものだ。ということは今のウチのイライラの権化たる奴から過去のウチに宛てた手紙ということだ。なんだよこんな周りくどいやり方して。それにウチが皆んなの前で開けちゃうとか思わなかったのかな。

「拝啓 過去のもえへ。
えりかにコーチして貰いながら頑張っていると思う。まずは日々お疲れさんです。もし行き詰まったらウチが昔作った部屋使っていいよ。一応掃除してね。多分過去のウチは色々なことに苛々して部屋に引き篭もり、好奇心からこの匣を開けると思う。手紙に記すと同時に聴いてほしいからボイスレコーダーもつけたよ。一人で聴いて。雲雀にも話しちゃ駄目だよ。」

…当たってら。自分自身なのだから当たり前だけどここまでその通りだと悔しくなるな。でも雲雀にも話しちゃ駄目だよって…いや現在進行形で多分その話が聞きたいんだよ雲雀は。なんで話してやらないの?別に…。

「そして、えりかにも話しちゃ駄目。というか誰にも話さないで。もし敵に捕まったとしても駄目。そうなったら何がなんでも情報を守って。きっとやり直すから」

…???全く分からない。取り敢えず、聴いてみるかこれ。しょうもないと思ったらまずえりかにチクろう。両耳にイヤフォンを挿して再生ボタンを押した。そこには10年経とうが変わり映えしない自分の声があった。

≪えー、まず、聞いてくれてありがと。これから話す内容は……ウチが辿ってきた"パラレルワールド"についてです。≫


prev / next

[ back to top ]



×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -