その答えに触れて2 | ナノ


▼ 69.あなたから逃亡

「…っ、お、びびった…」
「びびったのはこっちなんだけど…炎に主導権取られたとか溜まったものじゃないよ」
「だってだって」
「ぶりっ子すんな」
「だって…気色悪くない?これ」
「自分の覚悟の形をなんだと…」

えりかが顔面を引攣らせている。いや気持ち悪くない?ウチはファンタジーの人間じゃなかった訳よ。自分の身体がゴムみたいに伸びたりしなかった訳だよ。信じる信じない以前なのは良いのだが、それにしたってリングから渦を巻くような銀色の炎はその都度風を起こして前髪をぐっちゃぐちゃにする。仲良くなれる気がしない。

「前髪うんぬんは未来のもえもよく言ってた。」
「えりかのは死んだように静かなのに」
「死んでるようなもんだからね」

雪ってつまり水蒸気の死骸でしょ?…こいつは理科を勉強した方がいい。

「それじゃあ炎が無事灯った事だし、始めるよ」

未来のウチが作った部屋は…当初、えらい事になっていた。物置じゃねーか。ものぐさ過ぎて失笑レベル。それをなんとか一晩かけて片付けて漸く使えるようになったのがついさっき。埃やらなんやらで一刻も早く風呂に飛び込みたいのだけれど同じく埃まみれになってくれたえりかの気持ちを汲んで修行を開始した。

「過去から来た中でもえが一番遅れをとってるんだからね。休ませてやれないんだからね」
「へい」
「"はい"な。」
「はい。巻き返す」



だめだ、眠い。きつい。もえの修行に付きっ切り。プラスでほんの数十分単位ではあるけれど他所の炎を身体に補給しながら他の皆んなを相手に使い回して本気で辛い。いや、辛いのは目の前で突っ伏して寝こけてる2人か。沢田君なんて箸持ったままよ。皆んなの方が辛かろうて。

「今日もごちそうさまの前に寝ちゃったね」
「新しい修業が始まって3日連続ですよ」
「余程疲れてるんだよ」
「獄寺さんは今日も1人だけ席離れてますし…」
「怪我…大丈夫かなぁ」

隼人君、怪我…寝てる…。うつらうつらしていた目が覚醒しだした。彼が睡眠を取るところをあまり見た事がない。いつもあたしの方がギブして先に寝落ちてる。イレギュラーな事がない限りは夜は遅く朝は早くが基本ルーティンな人だった。煙草と珈琲が大親友の。過去と未来は違うと分かっていても同一人物だし、世話を焼いてもいいかな。いい?いいよね!

「レアだな!」
「わっ!えりかちゃん急に頭上げてどうしたんですか!」
「寝床に連れてく!」
「ほっときなさい。」
「ほっといたらほっといた分だけいじけちゃいそうで!」

よいしょとおんぶで立ち上がれば素直に背負われてくれたものの、肩を掴んだ手に急激に力が入った。おっとこれは起きたな。耳元に怒声が劈くのを覚悟したけど意外と静かだ。まあまあ重い。

「獄寺の修業はうまくいってねーのか?」
「ええ…1分間にやっと2匹…何よりあの子やる気があるのかないのか」

いてててて。指が食い込んでるよ。物凄く分かりやすいいじけ具合だ。

「お前と獄寺は例の件もあるし水と油だとは思っていたが…」

ぴしゃん。横式の扉を閉めれば色々と剥き出しの殺風景な廊下だ。一先ず男部屋に連れてけばいいかなとゆっくり歩いてみた。両脇からぷらぷらと揺れる若い頃からの長い脚は随分と無気力だ。

「やる気が無いわけじゃないもんね」
「…うっせ」
「はいはい」
「…なんだっててめーはいつも。」
「…お母さんの事は隼…獄寺自身から、そしてビアンキさんから聞いてた。未来の獄寺はもう昔の話って言ってたけど、今は違うもんね」
「アホ牛みてーな言い方すんじゃねーよ」
「この語尾いいよねえ。柔らかい」

背負い直したら肩に突き刺さんばかりの指の力がほんの少し抜けたみたい。

「考えが、纏まってねぇだけで、」
「うん」
「すぐに、」
「うん」
「俺は、…。」
「有言実行が過ぎるから、あたしは全然心配してないよ。てか聞いてよ。もえの方が酷いからね。炎を灯したのも昨日の深夜帯。」

腕、ぼろっぼろだ。嵐の炎は分解の特性だから余計に怪我しやすい。ああ、男部屋には果たして救急箱はあるのだろうか。元来人の世話を焼くような性格じゃないもんだから、十分戸惑っている。特に過去のみんなに。

「言葉にしたら陳腐に聞こえるかもだけど、あたしは信じてるよ。」

…あは、肝心な所で寝息立てて。あたしの背中で寝れるほど、いまのあたしを信用してくれたってことでいいかな?今はイライラしたり落ち込んだりすると思う。ビアンキ姉さんは弟のために、修業に全力で発破をかけてるから。難しいよね。本当に。難解だ、家族って。



「うい」
「本当によく伸びる頬だね。餅みたい」

びよーん。細長い美しいお指はウチの頬っぺたを摘むためにあるんじゃない。薄ら笑いが超絶怖い。飽きもせずに延々と伸ばし続けているの超絶怖い。リングに炎が灯ってからの修業1日目が終わって念願のお風呂に入れてほこほこだったんだけど同じく綱吉君の修業を終わらせた雲雀氏とまじでばったり、本当に出会い頭の事故レベルでエンカウントしてしまった。それから通った事のない通路を通らされて雲雀のアジトについてからこのほっぺた責めが行われている。そろそろまじで餅になる。

「未来の君は些か硬かった」
「うぇ」

硬かった…え、顔面の皮膚分厚くなった?いや心底どうでもいいわ!!!雲雀の真意が分からなくて、こう真正面から見てると顔面偏差値の破壊力で毎回記憶ほぼ消し飛んでるんだけど、なんか、ちょっと…その、なんていうか、表情が悲しそう。気のせいならいいんだけど、意地悪を全力で楽しんでる時の雲雀はもっと感情豊かな…気がする。

「ねえ何を隠してるの」
「???」
「"遡る"って?"パラレルワールド"って何?」
「え??え??」
「…何でもない。今の君に言っても意味がない事だったね。」

意味がないこと、そう言われて少し、いや、かなり…?心臓、心臓痛い。なんだこれ。別に…ウチだって好きで雲雀の気分を落としたい訳じゃないのに。そんな寂しそうな顔、して欲しい訳じゃないのに。なんだか、未来の自分がとことん壁となって…遠い。もし此処にいるのが未来の自分だったら。きっと雲雀は笑ったと思う。過去のウチがどんなに側に置いてもらった所で、一緒に歩いてきただろう未来の自分の穴を埋めることは出来ない。ごろんと布団に横になった黒い大きな背中は低い欠伸をかいた。

「寝ないの」
「…」
「………なに。その顔」

返事をしないウチを不審に思い、ころりと寝返りを打った眠たそうだった雲雀の目が覚めたように見開いた。顔って、なんだ。顔って。それに寝ないのってなんだ。自室に帰るに決まってんだろ。色々突っ込みたい事が沢山あるのに、喉をきゅっと締められたように言葉が出てこない。あれ…なんだ、これ。

「…ねえ」

あ、駄目だ。そう思った瞬間足に力が入った。今雲雀の側にいたら考えたくない事を考えてしまって堪らない。伸ばされかけた手から、雲雀から、逃げた。こんな、こんな風にするつもりじゃ、でも、だって。裸足で全力で駆け抜けた回廊の装飾ですら"ここにいるべきは自分ではない"と言っているようだ。

「っ、は。…なにやってんだ…ウチ。」

こんなの、ウチらしくもない。だけど雲雀がさ…未来のウチの話を引き出すたびに、今のウチじゃダメだって突きつけるから。未来のウチは雲雀を多分苦しめてる。自分自身の事だけど分からない。分からないんだよ、自分の考えてる事なんて。聞かれたって答えられる訳ないじゃん。何もかも違過ぎるんだよ。ここに居るだけでいいと言ってくれたえりかの言葉でさえ掻き消すくらいには雲雀の一挙一動が突き刺さる。足の裏を真っ赤にしてやっと帰ってきた自室は、さっきよりもかなりよそよそしかった。

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