▼ 68.頭で考えるな心で感じろ
「あ。おつかれさま。2人とも」
「もえちゃん!お疲れ様!先にお風呂に来てたんだね!」
「え?」
「修行を切り上げてお風呂行ったってえりかちゃんから聞いたんですー!」
久し振りに修行が早く切り上げられたのでお風呂に入って寝てしまおうと思ってたらハルちゃん達が手をブンブン振って脱衣所に来た。ランボさんも一緒である。
「そのえりかはなにしてた?」
「誘ったんですが、暫く図書室篭るって言ってましたよ!」
「あなたのより良い修行方法を模索しているのよ。今はそっとしておきましょ」
「えりかがウチの修行を…?」
「ええ。かなり真剣よ。あの子」
髪を結い上げたビアンキさんはふっと笑った。てか、図書室篭るって…理論から入る女じゃないくせに…なんだか本当に獄寺に似たなって思って、少しだけ笑えた。修行がうまくいかないのはウチのせいなのに。見る側としての立場からか、それとも単にウチをこの時代のウチに近づけたいのか。多分両方だと思うけど、ウチが戦う事への意義等をまだ半信半疑であることに気付いているのだろうか。…信じてないのだ。死ぬ気の炎というものを。自分の中にある、死ぬ程までに燃え上がる覚悟を。
「ジャンニーニさん。ちょっと聞いていいですか?」
「ヨヨ!えりかさん。起きられててよろしいのですか?」
「寝てられないんですよね。」
「獄寺さんが聞かれたら卒倒しますねぇ。それで、聞きたいこととは?」
「もえがもう使わないって言って物置にした部屋あるじゃないですか。」
「ああ!ストームルームの近くにある!」
「そこ使わせて貰いたいんです」
「……。」
「……中のあの部屋の中の大惨事は承知してまして、もえも勿論手伝わせますんで」
「なにが出ても知りませんよう!?」
「ゴキが出たら流石にヤバイですからね」
「自然に湧いてるかもです…」
「大丈夫です。あいつ血の気多いんで。」
「でも何でまたあの部屋を?」
「若い頃のもえが作った修行場、今のレベルに合ったらなと思って」
「成る程。分かりました。」
もえの属性は扱いづらい。いい意味でも。その性質が難解だからこそミルフィオーレにも風の性質を持つ者はいない。もえはボンゴレの守護者の一角。それこそ沢田君並みに取り組んでもらわなきゃ困る。本人の気持ちを優先してあげられるのも限度がある。あたしはとても焦っている。"展開"がわかっていても、"自分の展開"が分からないから。この過去との入れ替わりが、どんな意味を成したのか。あたし達は知らない。元の世界で連載は続いていると思う。だけどあたしが読んだのはメローネ基地、そこの途中までだ。もえの、覚悟。ヴァリアーと戦った時は仁義で奮い立っていたっけ。でも…その後の事はもうあまり覚えていない。10年で忘れられるような内容じゃない筈なのに。
「あだっ!」
「うっ」
「ごめん!前見てなかった…あ、なんだもえか。」
「なんだってなんだ。」
「いいなあーお風呂」
「ご所望なら湯船にぶち込むくらいはしてあげるよ」
「雑。」
「…ねえ。ウチの為に色々さ、ありがとうね」
さらっと溢れたような言葉に思わず頭を上げた。もえはいつも通りの顔。あれ?幻聴かな?と思ったら再び口を開く。
「ウチがあんたと対等に10年経ってここに居たら、さ。その…、協力できたかもしれない…のに」
ああ…戸惑ってるなあ。しれっとしてたのに、色々考えてくれてたのか。確かにこの時代のもえには聞きたいことが沢山ある。だけどこうなったのは必然かもしれない。
「…あたし達にはそもそも決められた物語がない。同じ時間を、同じ思いをしてきた10年後のもえは今此処にいない。でも、"もえ"は目の前に居る。それだけでさあ…なんかもう十分なんだわ」
未来のもえはボンゴレ内部の人間に疑われる存在だ。シンプルにストレートに物を言うことが許されるのなら。そんな事絶対ないんだ。疑わしい証拠が出てきたって、黒だと。この口から雲雀さんに報告したって。
「いいじゃんね…ここに存在する、それが全てで」
まどろっこしいのは本当は大嫌いだ。白い黒い。敵か味方。今の状況でこんなこと思うのは不謹慎だ。でも、そんな。天秤にかけられる存在じゃないんだ。あたしにとってのもえっていう人間は。この世界で唯一無二の存在。友達とか家族とか。そんな枠組じゃない。この世界の異端としての、たった一人の同胞。
「生きてるだけで、いいじゃんね」
「…なんかよく分からないけど、ウチがここにいるのは間違いじゃなさそうでよかった。」
「間違いじゃないよ、結果なんだろうから」
「えりかも早く来れるといいな。今頃過去でひとりぼっちじゃない?」
「ちょっと待て。それは可哀想だけど今のあたしを消さないで」
もえが考えていた事はわからない。だけどあたしはやっぱり信じようと思う。あの頭も身も固い彼女が、あたし達を裏切る真似は絶対しない。盃すら交わした、沢田君にも。
「ねえ。えりかはどんな気持ちで炎を灯してるの?」
「覚悟の形は人それぞれ違うと思うけど、あたしにとっての覚悟はいつだってみんなの事だけだよ?」
「それは守りたいって意思?」
「そんな大それた事じゃない。ただ、…生きてれば。生きてさえいればもえとまた会えるんだとか、また話せるんだとか。そんな事ばかり考えてて…」
そんな事ばかりが、頭を巡って、
「皆んなの所に帰りたいなって思いながら戦ってる」
そう言ったら、もえは静かに口角を上げた。
心の奥深くで信じられなくて当然だった。だけどウチは本質を見間違っていた。目の前の事に目が向いていなかった建前が必要なんだと思ってた。何の為に、なにをなす為になんて。難しいことなんて一つもなかったじゃないか。
「今から修行、付き合ってくれない?」
「え?あ、うん!いいよ、でも急になん…」
どうでもいいんだ。そんな細かいことは。今を精一杯生きるのがなんぼの状況。むしろそれが至上。なら、ウチが思う事はただ一つ。なにも変わらない。自分を、なにがなんでも信じなきゃ。目の前を大切にしなきゃ。
「…良かった。これで次に進める」
腹の底からなにかがこみ上げてきたと思ったら、リングから吹き出た渦巻く炎が。前髪を派手に揺らしていた。
「信じる信じないの問題じゃなかった。自分が考えているよりずっと素直だったみたい」
「頭硬いからね、あんたは」
「やっとこの時代に一歩踏み出したって感じ」
「頑張ろう」
しゅっと握り込んだ両手を胸元に素早く上げたえりかの顔は此処一番嬉しそうだ。
「実はステップアップの為にもえが以前使ってた部屋を用意したの。でも今完璧放置状態だから中どえらい事になってると思う。」
「どえらい事。」
「お風呂入った後で申し訳ない。掃除が終わったら後で一緒に入り直そ」
「えええ…」
「そういえば、なんで今炎を灯せたの?」
「頭で考えないで心で感じた。」
脳筋…と呟いたこいつの頭をぶっ叩かせて頂いた。
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