▼ 61.あたしじゃない
「行くよ。支度して」
「、へ?」
さっきまであなた和装で欠伸かいてましたよねって言うのも間違いなのかと思うくらいビシィッとスーツを着た雲雀が仁王立ちしていた。こちらは完全なる部屋着。完全なる寝起き。草壁さんに貸し出して貰った黒生地のパジャマだ。どっかで見たことあるぞこれ。
「い、行く…?」
「そう。はやく」
「いだだだだっ!耳!耳取れるー!」
「取れるの?ワオ」
「冗談に決まってるだろおー!!」
どこ行くって!?なにするって!?全くなにも答えてくれないよ!なにせ雲雀だから!支度しろと言った割には容赦無く引きずられてウチの耳は…冗談抜きで千切れそう。
「ほら行くよ」
「ひっ!?」
素の悲鳴。いや、悲鳴をあげる以外に一体なにが…。耳から手を離されたのはいいけどナチュラルにおててを繋がれるとは思わなかった。わかる?この気持ち。分かる!!!?うあーやめてくれええ今は10年後で、雲雀も当然10年歳をとっていて。綱吉君より歳上だから…少なくとも24歳以上で…。ひええー!そういうシチュエーションかあああ!そういうことなのかあああ!ツボ!
「乗って」
「ふぼっ!!」
と、思ったのも束の間で背中を押されて顔面から座席シートに滑り込んだ。へ!?車!?
「まさか雲雀が一般車両…な、訳ないですね!!」
これがあのフェラーリですかね!?えりかの言う乗り回してるんですかね!?
「哲から面白い話が聞けてね。ついでだから群れに戻してあげるよ」
「群れ…!?面白い話!?雲雀サン!10年経つとお話も噛み合わなくなるんですかね!?」
「過去の君にはやはり翻訳機能がついてないみたいだ」
「ロボットか!ウチは!ってっうわあ!!」
「ベルトして。口閉じてないと噛むよ」
黒塗りのフェラーリはその凛とした見た目に反して強くアクセルを踏まれて急発進した。乗り手が乗り手である。なんたって、雲雀である。安全運転は想像出来なかったけど、こんな荒運転する人にも見えなかったわけで。切れ長の目がバックミラーを見つめる。前髪が昔より短くなったせいでより目元に視線がいく。…の、だが。
「ひえええええ!!雲雀!スピード!何キロでてんの!!?」
「3桁かな」
「並盛は高速道路とちゃいますよおおおお!!」
ギャラッ!!!左にハンドルを切った。道路とタイヤの摩擦音がすぐそばで聞こえた。ひ、火花出てない…!?
「!あの黒い制服…!ミルフィオーレの!」
!だから雲雀、こんな運転を…。そうか、1人だと問題なかったんだ。だけどウチがいるから…!ああ情けない!今更気付いた!!
「しつこいよ」
雲雀ならすぐに車から降りて咬み殺せる。なのに、そんな敵から逃れる為に柄にもなく回りくどいことをしてくれている。…10年。えりかにも言えることだけど、みんな…どこかがきちんと変わっていて…。当然なのに、なんだか置いてかれたような気がするのだ。
こうなることは読めていたし、逆にこうなって良かったとも思った。
「ボンゴレの守護者ってのは、腰を抜かして方々は逃げたって聞いたが…こりゃまたかわいいのが来たな」
未来は、同じように進むとは限らない。嫌という程知っている。
「それにお初にお目にかかる。レア中のレア。雪の守護者とこんな場所で合間見えるなんてな。日本で言うところ、神仏の巡り合わせってか?」
「電光の…γ!」
「光栄だね。ボンゴレの人間を狩りまくってきた甲斐があったってもんよ」
「貴方には…大きな…大きな借りがある…!」
「おっと。怒らせちまったか」
何人…。こいつのせいで奪われた…?あたしなんかが相手にならないのは一目瞭然だ。だってあたしは炎が圧倒的に弱い。匣を開けるのに精一杯。
「引っ込んでろ!紅林!」
瞬間、目の前で土埃と火薬の火が視界を覆った。背後で山本があたしの体を引っ張ったのだろう頭を抱えられて庇われる。
「ほう…なかなか。」
「なに!?」
「効いてねえ!!…獄寺。ここは手ぇ組んだ方がよさそうだな」
「っるせえ。組む気はねえって言ってんだろ。すっこんでろ」
「…そーかよ!!ならお前1人で勝手にすりゃあいい」
「はなっからそのつもりだ。ひっこめ」
「なんで…!、」
「えりか。」
山本と目が、合わない。だけどぐいぐいと腕を強い力で引っ張られればついて行かざる得ない。なにか…あたしに、出来ることを。隼人君がこの戦いで怪我をして負けるのは彼の成長の一部となる。だけど、だけど!あたしは何のためについて来た。沢田君から頼まれたんだ2人のことを。どうする。物語を曲げる事なく出来ること…!
…いまあたしに出来ることは…一つ。
雪の特性はミルフィオーレ方に漏れていない。γを倒し損ねれば知られることとなるが…この際それはどうでもいい。手元にあるリングはほんの3つ。匣が2つだ。前線退いて戦力外なんて言い訳にもならない。戦えないのなら戦えないだけサポートに特化しなきゃ。
「はなして山本!」
腕力でさえ敵わない。力の差をまざまざと見せつけられる。1人で戦おうとする獄寺に一度強く瞼を閉じた。山本が未だに強く握る腕が痛い。
「…未来のあいつといて、本気で幸せか?」
「…!!」
それは…とても重たかった。なんで…山本が。山本の言葉を覆すの。未来の山本は、そんな言葉…欠片だって言わなかった。いつも一歩引いて。あたしと隼人君を祝ってくれてたじゃないか。入れ替わる直前だって。今度こそ…と。
「じゃー俺もそろそろ行くわ!あいつの根性叩き直しに!」
…だめだ。今のあたしは、山本を笑顔にさせられない。思い知った。この時代の紅林えりかではだめだ。今のあたしより、ずっと強かった。あの頃のあたしじゃないと。
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