88.一歩ずつ近寄ってもいい?

「はいはい、兵糧丸はあくまで非常食だからね、それに年頃の子がそれを食べ過ぎると…」

ガリッ!

「カーカシさーんーセクハラーですー」
「やまびこうるさいよー……え、なに。怒っちゃった?」
「…ナルト、あんた会ったことあるんでしょ」
「?」
「うちはイタチに」

新の耳が後方のナルトとサクラの声に反応した。

「そして、彼に狙われている。私もこの二年半、ただ修行だけしていた訳じゃないわ。綱手師匠の書斎に勝手に入り込んだり外に出て調べられるだけ調べた。そして、今まで引っ掛かってたことがようやく一つに繋がった。」

嗚呼。なるほど。

「サスケ君が殺したい相手って、実の兄、うちはイタチのことでしょ。暁の一員の」

朝日が目に染みる。

「だからサスケ君は今大蛇丸の元で力を手に入れようとしている。そしてその大蛇丸は元暁のメンバーだった。つまり私が言いたいのは、こういうことよ、暁に近づけば近づくほど、大蛇丸の情報に近づける。そうなれば自ずと、サスケ君にも近づける!」

春野サクラって子、とんだ五代目の弟子だな。書斎を勝手にこじ開けたのは、内緒にしといてやるか。


「確かに。口封じの呪印だ」
「根の忍独自のものと聞いていますが、これがそうですか…」

綱手とシズネが訪ねてきた。カカシが報告した呪印を確認しに来たのだ。シモクは特に抵抗なく口を開いた。

「シモク、どこか体調に不安はないか。なんでもいい」
「………夢を。」
「夢?」
「思い出せないんです…大切な人だった筈なのに。」
「どんな夢だ?」

シモクは視線を宙に彷徨わせてから印を組む手を下ろした。

「雨の打ちつける中で…マントを。貸した…悲しそうな顔した男で、…両目が真っ赤だった…」
「…!もしかして」

シズネも察しがついたらしい。

「…そうか。よしわかった。あたしも協力してやろう、昼また来るからな」

シモクは無言の視線で2人を見送ってからまた印を結んで目を閉じた。

「…綱手様、ひょっとして。」
「…恐らく、うちはイタチのことが抜け落ちている。奴にとっての大きな衝撃だったらしいからな」

テンゾウから聞いた。うちはイタチに拘り、ずっと引きずっていた。連れ戻したいとはっきり答え、未だにイタチを追いかけ続けている節も見受けられる。

「辛い記憶を、辛い状況の中で消去するのは人間の自己防衛本能だ。ダンゾウのカリキュラムは…そこまで追い詰めたと言っていい」

シモクの大切な記憶の断片だ。少なくとも、シカマルや新にオクラ。綱手やカカシのことは特に忘れていない為、それがある意味救いだった。

「うちはイタチを忘却したのは、好都合だ」
「…で、ですが」
「ナルトの二の舞は避けたい」

風影の件はカカシ班に伝達を頼んでいる。奈良シモクがうちはイタチに接触することは、今の所ないだろう。

「それにしても…うちはイタチを忘れるとはな」

もし、これが功をなしたなら?シモクがうちはイタチを里抜けしたS級犯罪者とみなし、対処をはじめたら。それは木の葉にとっても都合がいいのではないか?そうなれば自ずと。シモクがイタチを連れ戻そうなどと、宣うことはない。

「一時的なものかもしれん。一先ず、奈良シモクの体力の回復が先だ。」

勝手は承知だ。まるで物のように扱っていると言われても否定はしない。シモクとイタチの問題はとにかくデリケートであり、シモクはイタチの真実を知る限られた内の一人だ。人伝てで知り得た真実ではなく。イタチ本人からもたらされた真実を知っているのだ。三代目火影はもういない。イタチを擁護することすら、この里では禁句となってしまう。イタチを忘れたのは、言い方は悪いが好都合だ。ふと、綱手は思う。シモクにとって、イタチはそれほどまでに辛く、そして大きい存在だったのか、…と。


イタチの情報は、暁のメンツの中でも結構謎が多い。最も、情報を収集しても中々集まらないのだが。

「尾獣を狙う…そんなことさせてたまるか」
「第三追跡部隊目的地に到着!」
「第二追跡部隊も到着です!」
「指示を!オクラ隊長!」

資料から顔を上げた、土中オクラは素早く指示を飛ばした。木の葉の諜報部。暗部とは別の火影機関である。前任者は、河川シナガだ。それの後釜がその弟子、土中オクラである。オクラは感知能力があるわけでも、白眼や写輪眼もない。だが無数の契約した口寄せ動物がいる。追跡に関しては、人より口寄せの方が成功率は高い。それにオクラは状況判断が素早く、割り切れる男だ。そこを評価し、シナガはオクラを諜報部に誘い入れた。

「オクラさん。あの例の親友とは仲直りできたんですか?」
「ばか!それは聞いちゃいけねーっつったろ!?」
「お前達は。今は仕事中だ。私情と仕事の区別はつけろ。ちなみに謝ろうとしたら拒絶された」
「玉砕!?」

許してもらえると思ったのが甘かった。自分が情けない。周りにしたら小さなことかもしれない。だが、シモクにとって何倍もの衝撃だったことだろう。あれほど怒気を滲ませたシモクを見たのは久し振りだった。シカマルが産まれる前はそれが当たり前だったのに。いつも眉間に皺を寄せ、嫌悪感をぶつけてくるか。機嫌がいいときはその皺がなくなるだけというもの。…だけど。いつからか、やっと自分たちに心を開きはじめ、シカマルが産まれてからは"良いお兄ちゃん"が定着し、元々存在した慈愛が反動なのか定かではないが溢れて今に至る。皮肉なことだ。良い方に変わったと喜んだら、それすらもまるで操られているかのようにずるずると落とされる。

「オクラさん、言葉は選ぶ人なのに」
「その時は我を忘れていた。恥ずかしい限りだが」

職業柄そして性格上、中途半端なことも、そして甘ったれた事も嫌いだ。シモクは甘ったれだけではないと割り切っていた。だが…妹のことが脳裏を掠めてから、口からの出まかせが止まらなかった。未熟だった。

「でも。大丈夫ですよ、オクラさん人柄いいから、きっと仲直りできますよ」

部下の一人が机から顔を上げた。オクラは曖昧に頷くと仕事に切り替えた。…切り替えた、けど。

「…俺は」

俺はな。シモク。第4班みんなで、また集いたい。そのために、お前が欠けていたらだめだろう。お前は、違う場所に立ってなんかいなかった。ずっと俺たちと並んでいたのに。最近お前の夢を見た。一番ちびっこかったお前がどんどん成長して、一度も振り返らないで去っていくんだ。どこもあてがない癖に歩いて行くんだ。深淵の端を、陽気に渡るんだ。戻ってこいと叫んでも。お前は泣きながら笑うだけで。そして、落ちていったんだ。真っ暗な深淵を、その内に飲み込まれていったんだ。それが、今にして思えば虫の知らせで。だからといってなにかできたかと言えばそうでもない。どちらにしても、俺はなにもできなかった。

「…しょげるな、俺」

新にも言われた。しょげている暇はない。ナルトは里に帰還し、暁の動きも活発化。私情で思考を混乱させてはならない。切り替えろ。まだ。まだシモクは取り返しがつくんだ。そうだ。俺が信じろ。俺が信じないで、どうするんだ。




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