86.私は貴方と"恋人"になりたいの
ラベンダーの色はとても心を落ち着かせてくれる。私はラベンダーがとっても好き。大好きな母から教わる手料理。特にお菓子にはいつもラベンダーが登場したの。
「私達の、恋のおまじないよ。」
母はいたずらっぽく笑ってみせたの。淡い淡い、紫色。アカデミーに通っていた頃。貴方の優しさに触れて。私は、どうしようもなく貴方が好きになりました。ラベンダーの恋のおまじないが、効いたみたいだった。
「ねえ!新君だよ!」
「きれーい!髪の毛つやつや!」
「声かけてみようよ」
「恥ずかしいよー」
「優しいから大丈夫だって!」
アカデミーに入ってから少しして。やっと周りの子達とも打ち解けてきた頃。ちょっと目立つ3人がいた。日向新君と、土中オクラ君。そして…奈良シモク君。飛び抜けて人に優しくて、容姿も綺麗な新君は女の子の憧れの的で。どこでも必ず名前が上がるほど。
「奈良ぁ!ちょっとちょっと!」
「嫌だよ」
「なにも言ってないじゃないのー」
「あのね、渡したい物は自分でちゃんと渡しなさい」
「出たよ!奈良の"お兄ちゃん奉行"!」
「シモクのブラコン!」
「うっさいな!」
シモク君に弟ができたって、同じクラスの子が言ってた。
「それに。俺からより本人から渡された方が、新も嬉しいと思う」
そう言って笑ってた。女の子より小さい背で、可愛らしい男の子のシモク君。
「んで、俺にはないの?」
「調子乗んな奈良ぁー!有難く貰いなさい!」
「ぶはっ!」
顔面に紙袋を叩きつけられたシモク君は悶えたけどすぐににっこり笑った。
「ありがとう」
「素直に渡せばよかったのに」
「新君じゃなくて、実はシモクが好きだもんね、ナザミ」
「な!よ、余計な事言わないの!だ、誰があんなチビ!」
新君の人気はすごかったけど、シモク君の人気も次いで凄まじかった。弟ができて、トゲトゲしかった印象はなくなってよく笑うようになったし、甘い物が好きだということも最近発覚した。だから新君へとかこつけて、シモクに手作りお菓子を持参する子が増えた。
「すごいなぁ」
女の子達は一生懸命で。工夫を凝らしたものばかりを毎日。
「私なんて…」
母から伝授されたお菓子は地味なものばかり。彩りといえばラベンダーの淡い色だけ。これじゃ、華やかなあの子たちには叶わない。帰路につきながら、今日も渡せなかった箱を抱く腕に力を込めた。柱の影から、見るだけ。
「…っこんなの」
シモク君の目に映らない!
「きゃあ!?」
「あ!ごめん!」
とん、と肩がぶつかった。吃驚して見上げたら、シモク君だった。
「え!!?ええ、シモク君っ、え、っ!?」
近くでみたら、大きなつり目に引きずり込まれそう…目力があった。わ、私顔変じゃないかな!?な、なんて今日はいい日なの!?今日なにをしたっけ?!
「シモク君、もう帰るの?早いね」
「シカマルに会いに、早く帰りたいんだ」
照れたように。ほんのり赤い頬に、私の頬っぺたも熱を持った。
「?それなに持ってるの?」
一緒の帰路につきながらシモク君が指差したのは渡せなかったラベンダーのケーキだ。男の子は沢山食べると聞いてホールにしたのだ。
「あ、えっと、これ、その」
「?」
「…もしよかったら、あげる」
押し付けたそれを、どんな顔で受け取ってくれたのかは覚えてない。私が恥ずかしくて逃亡してしまったから。
「シモク、なにそれ」
「お前花が好きなのか?」
「あ、これ?ラベンダー。良い香りだろ?昨日帰る途中で貰った」
「女の子??」
「むっ!」
「僻むなオクラ」
「うん、女の子。名前聞くの忘れたんだけどね」
昨日のケーキの上に飾った恋のおまじない。それを指先で優しく持ち上げてくれたシモク君に、私は完全に落ちたのだ。
「俺ラベンダー好きだよ」
「…え」
「…草間、シモクに好意にしてたよな。もう、関わらないで欲しい。」
任務から戻った私を待っていたのは、日向新君だった。彼とは話したこともなかった。高嶺の花だったから。艶のある黒髪を風に揺らして、彼は重々しく口を開いたのだ。
「どう…いうこと?」
「シモクは俺達の知ってるシモクじゃない、暗部の根のカリキュラムを受けたんだ。…わかるよな?」
優し過ぎた所為だ。唆された所為だ。
「…なんで、なんで新君がそんなこと言うの…!?」
彼を責めるのは、私が混乱したからだ。悲痛な顔で新君はもう一度私を見下ろした。
「…シモクからの伝言だ。なにも、お前だけに言ってる訳じゃあない。俺達だって…っ!」
そこまで言って、思い出したかのように顔を歪めた。
「…シモクは悪くない。だから、あいつの頼み聞いてやってくれないか。」
「私に本当にそれを言ったの!?」
「あぁ、言ったろ。草間にも、俺達にも、いのにもチョウジにもカカシさんもだ。必要以上に関わるなって。はっきり言った。」
優し気な顔が、思い出したら。
「…じゃあな」
貴方が一番最初に食べてくれたケーキ。弟君と食べてくれたプリン。入院中に渡したゼリー。
「っ、…そんなことって…!」
私、貴方の中に、残ってた?少しでも?ねえ、シモク君。
「…、暗部なんて大っ嫌い…!!!」
「ちょっと。随分な挨拶じゃないの」
オクラからの伝言、聞いたよ。無遠慮に隣にどっかりと腰掛けたカカシは片目でシモクを射抜いた。淡々と。どこを見ているかも定かではない瞳。
「一ヶ月半、なにがあった」
「伝言を聞いて頂けたようで。なら話すことはありません。お引き取り下さい」。
「…わかった、今日は退散するから。でも一つ確認させてくれない?」
カカシはシモクの額と顎を瞬時に掴み上げると無理矢理口を開かせた。舌を確認した後、ごめんね。カカシは呟くように零して部屋を出た。カカシが確認したのは、根の忍が施される呪印だ。ダンゾウの情報を、外部に漏らさない為の。死ぬまで刻み込まれ続ける。
「…ごめんね」
元はといえば。暗部を居場所にしてしまえ、なんて言った俺の…。額に片手をあてて、カカシは深く息を吐いた。言いようのない罪悪感。間接的な罪意識。ごめんね、なんて言葉じゃもう取り返しなんてつかないのに。なにもならない謝罪なんて、いらない筈だ。
「ごめんね」
それでも。謝ることしかできないんだ。