85.もう大丈夫だよって言いたい

「冗談よせって、タチが悪い」
「時間の浪費だ。それに俺は言っただろう。俺に関わるな」

―「……もう俺に関わるな!!」

あの言葉にはまだ、感情が剥き出しで。人間が人間にものを言う当たり前の光景だったのに。まるで機械と会話を交わしているかのようで、背筋がやけにぞわりとした。顔色は更に悪くなり、骨が浮き出る程に痩せこけた。…なにがあったのか、想像するのも憚られた。

「話を聞くだけでもいい!俺は後悔している!許さなくてもいいから聞いてほしい!」
「聞こうが聞くまいが同じことだ。俺はお前を恨んじゃいない」

…シカマル。お前もこれを見たのか。だから、帰ってこなかったと、そう言ったのか。なにも出来ずに立ち尽くす。嗚呼、本当だ。目頭を抑えたくなる。シモクの目は変わらず濁った色を据えていた。惜しいものはないと。無理矢理連れて行かれた果てがこれか。火影公認の、所業だっていうのかこれが!

「里の為に、惜しいものはなに一つとしてない」
「…シカマルは。」
「もう子どもじゃないんだ。忍がなにに従事すべきか。優先順位はなにか。理解している」
「してるわけねーだろ!!!お前の前で大人ぶってるだけだ!本当のシカマルを見ろよ!声を聞けよ!顔を見ろよ!」

胸倉を掴んで声を張り上げても。シモクの顔はやはりぴくりとも動かない。なんだよ…なんだよ。もうこれ以上、

「っ、ふざっけんな…、」

シモクを奪わないでくれよ


「…おかえり」
「ただいま戻りました。テンゾウ隊長」

第一印象は、無感情。まるで初めて出会ったような。そんな雰囲気を出される。隣で視線を逸らすイヅルは組んだ腕を握り込んだ。

「火影から聞いたと思うけど、暁の動きが活発化している。僕は訳あって通常任務となる為、コードネームをつけない。だからテンゾウ部隊の暫くの隊長は君に任せる。奈良シモク」
「御意」
「テンゾウさん。なぜシモク先輩なんですか。仮にも病み上がりでしょこの人」
「総合的なレベルを見た。………それに、どのように任務をこなすのか、確かめておきたい」

声を潜めたテンゾウの言葉に、イヅルも暫くの沈黙の後に頷いた。

「頼むよ、シモク」
「はい」


兄貴は、まだ迷ってる。きっと取り返しは今なら効く。言い聞かせても、自分の中にある微かな希望を懸命に奮い立たせることにしかならなかった。あの時の、少しの変化。本当の兄貴は泣きたかったに違いない。大声をあげたかったに違いないのだ。

「……めんどくせぇ、なんて、もう言ってらんねぇな…」

からり。開いたのは兄貴の部屋。昔からあまり代わり映えがないのは、物を増やすとか、そういう余裕がないからだ。元から物に執着する人でもない。でかい本棚には本がびっしり詰まっていて、一番上には段ボール。下段二段目には2枚の写真と、木の葉の額当てが置かれている。木の葉マークの上には少し埃が積もっていた。無人の部屋は人気がない為か薄ら寒く、畳も冷たい。本棚から一枚の写真を抜き出した。

「…不機嫌なツラ」

満面の笑みで頬擦りする兄貴と、それを嫌がる俺。なくなってから気づく。その笑顔の暖かさだとか、強さだとか。それにどれだけ救われて、甘えていたか。中忍になって、任務のランクも上がった。責任を負う側に回った。…比べるわけじゃないが、兄貴はそれを今の俺より幼い頃に突きつけられていた。暗部という特殊部隊に。それでも笑顔でいられた兄貴は、どれだけ強かったのか。人の心を忘れず道徳を説き、命の有り難みを子ども達に伝える。兄貴は、すげえ強い人だ。

「俺が諦めるわけにはいかねーよな。」

周りが諦めて、仕方がなかった。なんて一言にして欲しくない。人の心は簡単じゃないからこそ、厄介なんだ。それがなかったら、どれだけ忍は忍としての役割を全うしただろうか。交わるものがあるから、戦争になる。奪い合いになる。一人一人に心があるからだ。…でも、心とは、簡単に捨てられるものではないから。だからこそ人は苦しむのだ。感情を一切失う時、それは。一生を終える、その時しかない。一生懸命生きて。生きて。生きて。生きて。シモクはここまで来た。その胸に残るものは、どれも生半可なものじゃない。捨てられるわけがない。絶対に。どこかに。シモクが必ずいる。帰りたいと泣いている。道を先導してほしいと、助けを求めている。光が見えないと。迷子のまま。





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