81.この手は何も守れないから

「…ちくしょう」

あれからずっと動きがない…そんなに難しいのか、ダンゾウを引き摺り出すのは。ガタガタと机を足で揺らした。アスマがぱしりとその足を叩く。

「落ち着きがないぞ」
「落ち着き?ええ、ええ、ある訳ないじゃないですか。もう一ヶ月半ですよ!!?」

そう。シモクの行方が消えてから一ヶ月半が経ってしまったのだ。

「なんで、なんでアスマさんも、カカシさんも!平然としていられるんですか!?」
「ちょっと、新」
「紅さんもそうですよ!!」

新はカカシ達を睨み付けた。頭では理解していても、行き場のないこの苛立ちはどこの誰にぶつければいいのか。

「新。落ち着けとは言わない。でも我慢も大事だと思わない?というか、我慢しろ。」
「我慢我慢って、なんの!?なにに対してですか!」

なんの為に。カカシの言葉が理解できない。

「大声出すな。」
「……、っ、すい、ません…」

周りの客を見てようやく我に返った。静かに座り直し、酒を仰ごうとして…やめた。なんて美味くない。気分が気分だと、こんなにも口に入れる物が不味くなるものなのかと。

「火影もお忙しい身だ。急がせているだろうが…」
「問題はシモクのことばかりじゃない。」
「…?」
「そろそろ約束していた日取りだ。自来也様がナルトを連れて帰ってくる」
「!…」

自来也と修行に出ていたナルト。2年半の月日を経て、帰郷するらしい。オレンジの背中を思い出した。

「それに…暁の動きも活発になってきている今、シモクばかりに拘っていられないんだ」
「……」
「お、ごめんね。俺火影に呼ばれてるんだ。ここで失礼」

カカシは席を立ち、暖簾を潜っていった。新も無言で立ち上がり、当てもなく歩き出した。あれから、一ヶ月と少し。最初息巻いていたオクラも、段々と意気消沈していった。オクラはダンゾウどうこうより、己が傷付けたせいで消えたと思い込んでいる。声に覇気がなく、熱血同盟のガイとリーにやたら心配をかけている。カカシも、火影も。このまま皆シモクのことを忘れていきそうで。そう考えたら、寂しくて。

「よォ新」
「シナガ先生…」
「どうした。その顔。らしくねェ」
「…シモクの、ことで…」
「あれから一ヶ月と少しか。」
「シモクって…本当にダンゾウに連れて行かれたんでしょうか…まさか、里を抜けただなんてこと、ないですよね!?」
「なんでそう思う」
「それは、」

シモクは、脆い。強いメンタルを持っているとは思う。それこそイビキの拷問にも負けなかった男だ。でも、それはまだ外側の問題であって。心配なのは、内側の深い部分。本人すら気づいていない大きな地雷がいつ、誰に踏まれて爆発するか分からないのだ。

「…うちはイタチが。」
「…確かに。だけどシモクが命より大切にしているものはなんだ?」
「シカマル?」
「自分から離れられる玉かよ。あいつ」

そう言いつつ…シナガも断言してやれなかった。"シカマルには、色んな人が側にいるんです。そこはシカマルの世界。…俺なんてもう必要ないんですよ"。"シカマルは、立派になった…俺の見守りも…ここまでかもしれません"そう呟いた言葉が嫌に耳に残る。この状況が続けば続く程。里抜けの可能性が心の中で肥大化していく。

「お前もそんな顔ばっかしてねェで、ネジと遊んでこいよ」
「ネジは修行の虫ですから、俺なんか遊び相手にもなりません」
「いねーよりはマシだろ。」

最近、ネジともろくに口をきけていなかった。あの捜索任務以降。自分が思う以上にショックを受けていた新に、ネジも敢えてそっとしておいたという事も重なった。

「…はい」

新にも休息が必要だった。


「一ヶ月半近くもここに居たんです。もう慣れたでしょう?」

黒髪の、他者よりも真っ白な肌を持つ少年が声を掛けても、目の前に立つ短髪の男は無反応で返した。切れ長の目はしっかりと前を見据えたままだ。それを気にもせず、少年は続けた。

「せっかく慣れたのにまた向こうに戻るんですよね。面倒臭くないんですか?」

十字の赤い橋の元まで来ると、少年は再び振り返り男の背後に回った。

「さぁ、着きましたよ。出口です。」

少年は背中をぐい、と押した。にっこりと形だけ、なんの感情も籠らない笑みを浮かべながら片手を振る。

「貴方が何故、最初笑顔でいたのか少し分かった気がします。厄介ごとをやり過ごす為の、常套手段だったんですね。勉強になりました」

少年が再度手を振る。それを一瞥してから…男は皮肉そうな目を向けた。…光の洩れるそこに足を踏み入れる。一歩一歩、進んで行く。太陽の下に這い出た時、男は少し深く息を吐いた。監視もいない。枷もない。自由の身になったのは久し振りだ。両手を開いて、握った。少年が着ていた服と同じ上着。長袖の、黒い制服。両肩からは細く赤いベルトが垂れていた。背中には脚の長さ程の刀を背負っている。なにより、肩にも着かない程短く切られた髪から覗く鋭い双眸。そして…その奥は、薄暗い。何故見捨てられた自分が再び火影の元へ行くのか。そんなことを、考えるのも億劫で。奈良シモクはまた、皮肉そうに歪んだ顔で細い息を溢した。




×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -