80.あなたの存在価値はゼロです

※暴力及び流血描写などがありますので注意して下さい。

―火影にも見離されちまったのに。それでも幸せ、か?

意識が落ちる直前。サジの口からそんな、心ない言葉が零れた。火影に、見離された?
どういうことだ。俺は火影直轄暗部。火影の部下。木の葉の、…根なんかじゃない。俺はここにいる奴等とは違う。違う!

「綱手と対談した結果、ワシに任せるという結論が出た。」

ダンゾウは、俺をただの道具を見るような目で言葉を紡ぐ。

「つまり、綱手はお前を見限ったということだ。」

…この数日間、いやもっと長い間。仲間。家族、シカマル…。皆の思い出だけに縋りついて、なけなしの精神でここまで持ち堪えてきた。火影の、綱手の勝気な笑顔が歪む。ぐにゃりと歪な笑みを浮かべる。俺はついに居場所を失った。

ー俺は、貴方の思い通りにはなりません。五代目様が、すぐに見つけてくれます。それまで…絶対に貴方にだけは負けません。

もう、希望すらないのか。五代目様は、俺を見限ったのか。希望が絶たれた瞬間。人はどうなるのだろう。そんなの大分昔から知ってる。開き直るか、塞ぎ込むかの二択だ。俺は結構、ほら慣れているから。

「ははは、くッ、ははは、…!」

融けていけ。なにもかも。ずっと耐えてきた。皆そこへ落ちるのに。俺はそれが怖くて。二本の足で、必死に踏みとどまっていたんだ。

「う、…っ、っははは」

ねぇ。もう、いいかな。俺、頑張ったかな。崖っぷちの俺の足が、ついに濁流に浚われた。真っ直ぐ落ちる。大口を開けた化け物が、目を血走らせて待っている。やっと落ちてきたかと。…もう…いい。家にも。里にも。暗部にも。俺の居場所は…もう、ないんだから。そういえば、俺、この言葉を誰かに吐き出した気がする。…誰にだっけ。


…一ヶ月丁度を過ぎた。その頃には、足枷と手枷が取られていた。地下では太陽を見ることも、ましてや陽の光すら浴びることは不可能。部屋の隅で、蹲りながら考えることを放棄していた。埃っぽいコンクリートの地面を伸びた爪でガリガリと引っ掻いた。割れようが剥がれようが血が出ようが、不思議な事に、全く痛みが脳に伝わらなかった。ただ、だくだくと指を伝う鮮血を見てはぱたりと手を降ろした。無気力だ。足先一つ動かすのも、面倒だった。目線の先には、様子見の為に開けられている格子の小窓から覗き込む一人の暗部。見分けられることのできた面も、どうでもよくなると忘れるものだ。覗き込む暗部が、サジなのかニシなのかアカイなのか。どうせその3人のいずれかだろうが。

「…生きてるか?」
「嗚呼、生きてる」
「持ち直したと思ったらこれだ。余程火影の話が堪えたらしい」

ぼそぼそと小声で話す彼らの声は届かないが、シモクはじっ、と意味なく今度は天井に目線を上げていた。小さな電球がジリジリと音を立てている。

「ダンゾウ様も人が悪い。一ヶ月半の猶予付きで、更にただ貸し出されているだけとは一言も言わなかったのだから」

ダンゾウは全てを語らなかった。火影から見離されたと。なにが結果的にダンゾウの望み通りになったのか、なにがきっかけなのかは知らないが、シモクは今度こそ崩壊した。綱手は、確かに一ヶ月半。ダンゾウに"預ける"とは言ったが"見捨てる"とは一言も言っていない。2人の対談は、あくまで里の為に。手っ取り早く、確実な手段を取ったまでだ。綱手自身、己も十分甘いと知っている。だからこそ舞い込んだ機会…ダンゾウに委ねた。シモクの為じゃない。里の為に。木の葉の里とて、忍の里。皆が皆、優しいだけならば木の葉はここまで繁栄しなかった。裏には。冷酷で非情な面が存在しているのだ。今のように。里の為だと切り捨てられる者達だって、居て当然なのだ。だってこの世界は、戦いの世界。決して平和とは言えないのだから。

「にしても、使い物にならないほど憔悴しているんだが。」
「あれくらいが丁度いい。前が元気過ぎたんだよ」

カリカリ…。アカイは微かな音を拾い、素早く小窓を覗いた。予想通り、シモクが今度は壁に指を這わせていた。

「あのやろー、せっかく手当てしてやったのに」
「おい、あんま殴るなよ。死なせない程度にな」

がちゃんと閉まった扉の奥から、骨と骨がぶつかる音が響き続ける。こんな場所にいれば、ストレスが溜まるのはシモクばかりではない。暗部達も日頃の鬱憤やストレスはある。アカイは特に気性の荒い男だ。一度顔面を殴りつけ、無反応な姿に、ここぞとばかりにストレス発散しては味を占めたらしい。アカイが嬉々としてこの部屋に近づくのを知っている。サジは敢えて小窓を覗かなかった。どうせ目を血走らせ、拳を振り上げる獣のようなアカイと、眉一つ動かさないサンドバックのようなシモクがあるだけだ。

ー「…俺は、俺には…大切なもの……あるから。思い出すだけで、元気になれる…頑張れる…、お前達とは、違う」

なにが。いつかの言葉が脳裏にふ、と湧いた。

「俺たちは同じ穴の狢だろうが」

バキ、最後に派手な音を立ててから静まり返った。すっきりしたように出てきたアカイは何事もなかったかのようにまた定位置に戻り、壁に背を預けた。小窓を覗いて見ると、薄っぺらい体躯が仰向けで無造作に転がっている。横顔しか見えないが、痣と血で酷いことになっているのが分かった。

「殺してねーから。いちいち確認するなよな」

むっ、と睨み付けられる。サジは元来、真面目で無駄を嫌うタイプだ。アカイのするこの行為の意味を見出せない。ストレス発散といえば、そうなのだが。わざわざよくやるな、とも思う訳で。やはり環境と、性格の違いであるのか。

「あれを死なせたらお前、打ち首じゃ済まないぞ」
「半殺し程度。余裕」

肩を竦めてみせたアカイはケラケラ笑った。

「あれだけ痛め付けてもピクリともしねーの。痛覚死んだな。ダンゾウ様好みに仕上がるまであと少しだろ」

ポキポキ。指を鳴らす。再び部屋の中で気配が動いた。まさか。

「……なぁ?化け物染みてきたろ?」

シモクが起き上がっていた。アカイは決して手加減はしない。本気のリンチ紛いの行為を受けながらも。しっかりと身体を起こしていた。短く切られた髪。片目も晒されたその双眸。思わず畏怖の念を抱いた。一瞬…この世の者とは思えなかった。身震いさえ覚える。これが幽鬼だと言われたなら納得してしまうだろう。真っ赤に腫れた頬に、青紫の痣。どれも気色悪い色合いでますます同じ人間とは思えなかった。

「ったく…薄気味悪いったらねーよ」
「半分はお前のせいだろ」
「なんだよニシ!」
「いい加減にしろお前ら。俺たちが騒いでどうするんだよ。どやされるぞ」

…確かに。今のシモクを見たら、不気味と思うだろう。彼を知っている者ならば、二度三度と確認しなければならない程。今の青年は幽鬼のように、または墓穴から履いでた死人のように生気がない。強い意志が篭っていた瞳も。澱んで濁り、汚れた硝子玉を嵌め込んだかのようだった。

「あと二週間でこの任務は終わりだ。」
「長かったぜ本当によ」

アカイがぐいっと身体を伸ばした。閉ざされた扉を一瞥して。

「あいつ、あんなになっちまって。忍として機能すんのかよ」
「それを最後にダンゾウ様が調整するのだ。何の為に里への信仰を仰ぎ続けてきたと思ってる。」
「今までのは下準備に過ぎない。」
「怖いねぇ。ダンゾウ様は」

話に興じる3人を背に立ち上がったシモクは、その後手当てを受けるまで仁王立ちのまま壁に向いていた。一つ。無気力の身体が起き上がったのは…。一番最初に教えられた、後の帰還屋が掲げる矜持。それを守ろうと身体が覚えているからだ。

―「なら…生き残れ。なにがなんでも地面に伏せるな。立ち上がり続けろ。お前に俺達のような闘いが出来なくとも、立ち上がり続ければ、それでいい」

ぼんやりした脳ではナグラとの思い出を振り返ることは出来ないが、ナグラの教えは頭を使わなくとも心にあり、いつでも思い起こさせた。どんなことがあっても。倒れるな。極限状態の中で片目から無意識に流した涙は傷口を滑り、顎を伝って落ちた。そんな自分に気づいたシモクは…絶叫した。まだ泣ける自分が末恐ろしかった。頭を両腕で抱えながら叫びに叫んだ。その声は人間ともなければ獣のような咆哮に似ていて。外の3人は思わず部屋に押し入り彼の鳩尾に一発入れるまでの間。悲鳴、絶叫、咆哮は響き続けた。俺は、強い忍なんかじゃない。全然違う。寂しがり屋で弱虫で、臆病者なんだよ。




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