79.朝日に染まるこの手を伸ばす

「五代目、まだ兄貴の行方は掴めねーんですか?」
「…その質問は今日で4人目だぞ。シカマル」
「新さん、オクラさん、シナガさん、ですか?」

綱手は手元の資料から目線だけ寄越した。捜索が難航しているのは目に見えて分かる、だがあれだけの証拠があるというのに、何故綱手は動かないのか。シカマルが知りたいのは、それだ。

「タカ派の暗部3人の目撃情報、キバの言う匂い、終末の谷で発見した面、イヅルの言う推察。そんだけ揃ってるってのに何故ダンゾウを引っ張り出さないんすか」

もう、直ぐにでもできる癖に。

「…シカマル。私は奴を最高の部下だと思っている。仲間思いで優しく、人情に厚い男だ。…だがな、こうも思う。奴は優し過ぎると」
「そんなの今更、」
「常々思っていたさ。報告書をいつ見ても、シモクは任務より仲間を優先する。そのせいで遂行が危うくなったと、苦情も来た程だ」

任務放棄と変わらない。イヅルはその行動を、そう表した。その場限りの仲間を思い、暗部内の掟を破ってでも助けに行く姿勢。敵に情けをかける、忍としてあり得ない行動の数々。それが黙認されていたのは、綱手の配慮と心遣いがあったからだ。だが、目に余る問題と発展する前になんとかするべきであると常々考えていた。一人の忍と、里。どちらが重く。天秤が傾くかなど、…聞くまでもない。

「そろそろ耳が痛くなるかもしれんが…暗部とは…任務を優先に行う組織だ。額当てをしない代わりに面を被る。シモクは闇に生きる忍だ」

いつだったか。父親、シカクにも言われた気がする。確かそれはシカマルのアカデミー卒業の夜。血濡れで帰還したシモク。

「当然、ダンゾウには渡さん。だが…これも、機会だと思っている。奴が感情を無くしていいと言ってるわけじゃない。ただ少しでも忍になり切って欲しいのだ」
「…五代目様…もしかして、既に」
「鋭いなシカマル。実は先程、ダンゾウに会ってきた。そこで、話を付けた。」

シカマルは眩暈を覚えた。ダンゾウの勢力と渡り合える火影が。対談を踏まえた上、それでいてシモクを取り戻さなかったということは…

「期限は一ヶ月半。ダンゾウによる木の葉の暗部重鎮とする為のカリキュラムを許した」
「っ五代目様…!悪ぃけど、納得出来ねぇっすよ!なんでですか!?なんで皆、兄貴を…!」
「大人になれシカマル!」
「こんなことで大人になれってんなら!俺は餓鬼でもいい!…兄貴は、物じゃねぇ!!」

何故だ。何故。口を揃えて言う。暗部だから。忍だから。大人だから。木の葉のためだから。そんなの、違う。木の葉がどうでもいいとは決して思っていない。いないけれど、でも!

「…なんの真似だ、シカマル」
「…お願い、します。兄貴を…暗部から……退かせて下さい」

腰を折り、深く、深く頭を垂れた。いつもの面倒臭がりの飄々としたシカマルが。矜持を捨ててまで。絞り出すかのように、喉の奥から発せられる切実な、その言葉。本当は…言ってはいけないのだ。

「シカマル、すまないがそれだけは聞けん」
「お願いします!」

年の離れた兄弟。優しい兄と、意地っ張りな弟。過去に戻れるなら、産まれたところからやり直したい。そして、暗部になる前の兄に言ってやるのだ。行くな、と。いや、そんな前に遡らなくても。たった3文字。言う機会はいくらでもあった筈なのに。今更気付いても…遅過ぎんだよ。

「聞けん!」

綱手は頑なに意思を返ることはなく、ピリッとした空気は綱手の静かな怒気だろうか。

「…シモクは、染まり過ぎた。ナグラの件もある。もしあたしが許したとしても。奴は退かないだろう」
「んなの…言ってみなきゃ分からないっすよ」
「お前は奴の性格をよくわかっている筈だ…10年が経とうとしているんだぞ」

そう。ナグラ筆頭に27人から命のバトンを渡されて。その後も帰還屋と呼ばれるまでの間。幾人もの手からバトンを渡されてきた。望まない最期も。望んだ最期も。それを全て抱えながら生きているのだ。シモクが暗部の仕事に従事するのは、里の為であり、家族の為であり…。そして命のバトンを繋いでくれた仲間達への、恩返しと罪滅ぼしの為なのだ。その終わりは多分、…きっと来ない。誰が、なにを言おうと。もう十分だ、と。何人が労おうとも。あの微笑を見せながら首を横に振り、間違いなく、里の為に尽くし終える人生を送るのだ。その命の炎が吹き消されるまで。ずっと。

「…勝手に判断したのはすまなかった。」
「…」
「シモクは里の、いち戦力だ。暁が活発な動きをみせている中…奴にも、強くなって貰わねばならない。敵に情けをかける信条も。捨てさせる」

感情を奪う。木の葉の里の長、火影公認で。里からしたら、たかが一人の忍。…だけど、シカマルにとっては。

「…、なんつう……めんどく、せぇ…」

失望と、喪失と、己の力のなさ。甘くみてた。兄の肩書きを。"暗部の重鎮"とは、そういうことだ。惜しみなく全てを里に捧げ、道具として扱われようとも。己が壊れようとも。それでも、里に従事する。それこそが…"暗部の重鎮"たるべき姿。思い知った。新が顔を顰めたのは、シカマルより事態を重く受け止めていたからだ。状況を、受け入れていたからだ。思い知った。自分は全然、兄に近付いてなんかいない。また、離される。いつも斜め前にいてくれたのに。こちらへ振り返って、ちゃんとついてきているか、確認してくれたのに。今じゃ…なんて、遠い。そして、一度もこちらへ振り向いてはくれない。





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