78.あなたが言い出したこと

「…俺は、先輩に暗部の意識指導で世話になった者です。」

暗部の意識指導は、イヅルの一件で導入された。主に若い暗部の育成部門で行われた指導である。シモクはそこで一時期、火影の命で教官を務めていたのだ。軟弱な思考を未来の暗部に植え付けるとして年齢層上の暗部からは嫌煙されていた。事実、シモクの信条もここでは甘ちゃんである。若い暗部達はシモクのその細かな歪を摘み取った。その言葉に深みがでるのは、何故なのだろう。何故そこまで生に縋り付くのだろう。簡単なことだ。多くの死を見て乗り越えた先。止まることを選ぶか、進むことを選ぶか。そのどちらかの選択を突きつけられたとき。シモクがとったのは、前へ進むこと。その覚悟と信念が、言葉に色を付けて彼等に届いたのだ。

「きっと、あの人は俺なんかが想像もつかないものを沢山見てきた人です。だから言葉に重みがあり…まさに俺達の意識を変えてくれました」

通路の先に光が差した。緑と白のコントラスト。暗い場所から明るい場所へ這い出れば、目がチカチカした。

「ここが、暗部達の墓園です」

…夥しい数の墓が並んでいた。木の葉の墓園と同じ作りになっており、広い敷地のさらに奥には火のモニュメントが鎮座していた。違うところは、そのモニュメントの下に英雄と呼ばれるその名前は刻まれていない。また、墓にも名前はない。代わりに生前に身に付けていたであろう面が一つ一つ置かれている。半壊したもの、欠片しか残っていないもの。血がはねているもの。面自体が紛失してしまって、ない墓もざらにある。

「物々しいでしょうがこれが、影で木の葉を守り死んだ英雄達の墓です」

シカマルは暫くその場に佇んだ後、ゆっくり端から墓を覗き込んだ。マキ、ウグイ、サル、アザナ、マス、ナミキ、タヌキ、ニシキ、イズミ、マツ、ヒミ…広い敷地の右端に、それを見つけた。天井にぽつぽつと空いた穴から木漏れ日が墓を照らしている。縦に割れた鳥の面。ナグラの墓だった。花を生ける筒が見当たらなかった。包まれた百合の花を墓前に供えた時、はっきりした。百合を渡された時。何故懐かしいと思ったのか。…兄の匂いだ。兄からはいつも生花の匂いがしていた。

「そうか…花の匂いがついていたのは…」

毎日墓参りしていたから…か。あの日。28人構成の小隊が壊滅した。ただ一人を除いて。ここにいると、兄がどんな気持ちでここにしゃがみ込んでいたのかが、鮮明に想像できた。急激に曲がった背中。元から姿勢が良かったわけではないけど、あの日を境に、更に曲がるようになった。なにか重いものを背負うかのように。一人で。

「おい!なに部外者入れてんだ!?」

静かな墓園の入り口の方で突然しゃがれた怒号が響いた。年層上の暗部だな。と推測するのは容易だった。

「申し訳ありません、」

「ほいほい人入れていい場所じゃねーんだよ、ここはよぉ!」

案内をしてくれた暗部は大柄な体を縮めた。

「めんどくせー……」

ナグラへの挨拶がまだ済んでいないというのに。シカマルは溜息を吐いて立ち上がった。

「おい坊主、その木の葉のベストは"上の忍"だろ。早く帰んな!」
「あー、一応火影の勅命を貰ってるんで。」

前の物だが、もしもの為にと持ってきていた巻物を男に投げ渡した。きちんと許可の印が結んであるのを見た男は盛大な舌打ちをかまして投げ返す。中身は確認しないようだ。

「そりゃあすまなかったな。俺はてっきりシモクの軟弱な思考を受け継いだお前自体が衰退したのかと思ったぜ」

嫌味たっぷりに、入り口に控えた彼に吐き捨てた男は片手を上げて翻そうとした。

「軟弱な思考なんかじゃ、ねーっすよ」
「…なに?」
「あの人は弱い人間なんかじゃねぇよ。命の尊さを知り、消えゆくのが当たり前の此処で。少しでも長く生き延びろと説く。それのなにがいけねーんだよ」

死ぬのは当然。任務が優先。それでも生きて生きて、生き抜くこと。背負うということ。

「兄貴のこと、悪く言うんじゃねーよ」
「……嗚呼、そのツラ。目付きの悪さが兄貴そっくりだな」

まじまじとシカマルを上から下まで見た男は鼻で笑った。

「確かに、その考えは賞賛する。上ではな。だがここは地下。俺達は暗部。汚ねぇ任務を専門に請け負う場所だ。死は名誉だ。任務を全うし、里の為に死ぬのが定めの此処で命の有り難みを説く?…意味あんのかそれ?」
「あるさ。思想には必ず開拓者がいる。その存在があったからこそ土地は繁栄する。あんたの言うレールを引き千切る開拓者が、必ずいるんだよ。」

男は面の下、物怖じしないシカマルを一瞥し、今度こそ去って行った。シカマルもナグラの墓に向き直った。

「…兄貴にも、しっかり流れてっから。火の意志が」

あんたが、そうだったように。


「タフだと聞いていたが、これ程とはな。写輪眼の導術にも逆らうか」

ダンゾウは賛美し、そして忌々しく眼下に項垂れる男を片目で見下ろした。一週間前程から。あれ程痙攣し、震えていた肩が落ち着きを取り戻している。伏せられた切れ長の瞳はひたすらコンクリートの地面に向けられて微動だにしないが、ダンゾウの声は聞こえているのか、引き攣りながらもぴくりと眉を動かした。あんなに参っていたのに。なにが…また奴を立ち直らせた。

「ここまでくると一層忌々しく、愛おしいな」

ここで…。その内に巣食う"感情"を消せることが出来たら…。これ以上に素晴らしい忍はいない。能力があれど、断ち切れぬ友情だの恋愛だの。そんなくだらぬことで命を落とした忍の、なんと多いことか。ダンゾウが率いる"根"は。名前はない感情はない過去はない未来はないあるのは任務のみ。それを、肝に命じさせている。目の前のこの男は、ダンゾウが追い求める忍そのものだ。その、くだらない感情がなければ。シモクの里を思う心は随一だ。だからこそ。里を守る為にその命、燃やしてくれ。

「奈良シモク。根の忍とは?」

黙り込むシモクの髪を掴み上げる。焦茶色の虹彩がダンゾウを捉えた。

「根の忍とは?」
「な…まえ、はない……かん、…ょ、はない…過去は…ない……未来…は…い、あるの…は………任務」

刷り込まされた言葉だ。根の忍ではない。シモクがそれを答えるのは筋違いである。だがダンゾウはシモクを根の忍同然のように接した。

「それでいいのだ。くだらぬ感情など捨て去ればお前の大切な物も守れるのだからな。なにかを得るにはなにかを捨てるのは当然だ」

洗脳とは、よく言ったものだ。人は案外簡単に囚われる。他者が囁く言葉に。踊らされてしまうのだから。

「サジ。飯を食わせてやれ」
「御意」

ダンゾウが去った部屋に程なくして食事が届けられた。流動食のようなものだが、こうでもしなければシモクは吐き出す。生きさせる為には、食わせなければならない。もう一人の世話役、アカイが任務に赴いている今、世話をするのはサジだ。ぐったりと床に倒れ込むその腕を引っ張り、自分の胸を背凭れのようにして体制を整えるとサジは器用に片手で器を傾け、シモクの口に食事を流し込む。

「げほっ!」

嘔吐とまではいかないが、喉を通る寸前で吐き出される。初日より薄っぺらくなった胸が苦しそうに上下した。

「おい、いつまで虚勢を張る気だ。毒は盛られていない。」
「…だ…、れが……食う…かよ」

その眼に、体の底からぞわりと粟立った。敵の飯は食わない。受け取らない。たとえ死のうとも。

「…一つ聞きたい、何故持ち直した。ダンゾウ様がぼやいていたのを聞いた。」

あれだけの悲鳴を上げて、精神がおかしくなっても普通な程の日数だった筈だ。サジの質問に低い声が返る。暫くの沈黙。

「…俺は、俺には…大切なもの……あるから。思い出すだけで、元気になれる…頑張れる…、お前達とは、違う」

自力で動けもしない癖に。シモクはゆらりと黒目をサジに向けた。

「俺は幸せだ」

瞼が落ちては、暫く開くことはなかった。

「…火影にも見離されちまったのに。幸せ、か?」

皮肉のように。サジの声が冷たく木霊した。




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