76.遠くなっていく水面

いっそ一思いに殺してくれと願ったのはいつ振りだろうか。それは、そう。木の葉崩しだ。27人の先輩が一辺に俺を置いて逝ってしまったとき。あれ程胸が締め付けられることはなかった。初めての仲間の死を見た。自分だけ生き残ったことを悔いた。だけどこの命はナグラさんが繋いでくれたもの。俺に繋いだ命を、無駄にしちゃいけない。だから、俺は死ぬわけにはいかないんだ。

「もうニ週間。あいつそろそろ死ぬんじゃね?」
「扉の小窓も閉められてるから分からんが一日中叫び声が聞こえてきやがるぜ」
「ただの拷問…じゃないんだよな?」
「あぁ、カリキュラムだ」
「いっそ殺して欲しいだろうな」

地面か天井かそれすら曖昧。脳味噌をスプーンでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられたかのような。酷い頭痛。体が勝手に痙攣して震え、手足の枷がジャラジャラとぶつかり合って鳴いた。自分の浅く、早い呼吸が耳に入る。目玉がぎょろぎょろ動いた。焦点すら合わない。何度も胃液しか出ないのに嘔吐を繰り返した。昼夜問わず魅せられる幻術。休む間も無く脳に刷り込まれる里への忠誠。碌な物を口にしていないせいか、元々白かった肌はさらに青白くカサカサに乾いていた。短くなった髪から覗く双眸は澱み、笑顔の優しい好青年のそれとは比べ物にならない程。シモクは参っていた。イビキの拷問の方がどれだけマシか。充血した目に瞼を被せて一、二回とゆっくり瞬きをした。精神が破壊される。幻術には多くの人が出演した。どれも皆、暖かな笑みを浮かべた。なのに、それを次々と他里の忍が消し去っていく。血が噴く。泣き叫ぶ、断末魔。怒号。憤怒。死。死。死。死死死死死死死。
特にシカマルの幻術は最悪だった。毎日、何十時間。下手すれば一日中シカマルの死の幻術を魅せられ続けた。シカマルの悲痛な叫びと、こちらに伸ばす手を、何度も取ろうとしているのに。それすら出来ずに、ただ流れる光景を焼き付けられていた。なにもできない。無力な己の様を。まざまざと見せつけられて。毎日魅せられ続けると、どれが本物でなにが間違いなのかわからなくなる。シカマルに刃を振り下ろす忍。俺は枷が千切れんばかりに体を捻らせる。じっとしていられない。たとえそれが幻だとわかっていても。助けたい。シカマル。殺してでも。守りたい殺してやる。すべて。なにもかも。全部。そうすることは。お前の為…………?乾燥してひび割れた唇から血が滲んだ。ビリビリとした痛み。

「うああああああ!」

なんの為に。俺はここにいるんだっけ…?

「ああああああッ!!!!」

獣みたいだ。実験動物にされて、泣き叫ぶ。
同じだ。脳に負荷でもかかっているらしい。鼻血がだくだくと流れた。笑える気力はもうなかった。暗部の、重鎮?違う…違うよ。だって、俺は。皆が言う程、強い忍なんかじゃない。違うんだよ…。


イヅルの元へ行ってから暫く経つ。今だに事態は変わることなく今日を迎えている。綱手は用意が整い次第ダンゾウを引っ張り出すと言っていたが、それもいつになるか定かではない。シカマルは掌にピアスを転がした。中忍試験に合格したチョウジといの。今耳についているのは3人の昇格祝いにとアスマがプレゼントしたものだ。猪鹿蝶のピアス。兄貴は、これに憧れていたのか。

「シカマル」
「…チョウジ」

チョウジも捜索任務に加われなかった。彼も煮え切らない心境を抱える一人だ。

「どこ行くの?」
「…花買いに」
「花?」

いのの家は花屋だ。色とりどりの綺麗に育てられた花が首を上にあげてシカマル達を歓迎した。

「あれ、シカマルにチョウジ。どうしたの」
「適当に見繕ってくんね?」
「いいけど、女の子?」
「違げーよ。…墓前用」

いのやチョウジが、無理に普通通りに接してくるのが分かった。曖昧な。一人ではなにもできない今だからこそ。少しでも、シカマルの心を落ち着かせたい。だって、一番心配しているのはきっとシカマルだから。幼馴染だけあって、互いの考えは容易に読み取れた。白い百合を手慣れたように包装し、シカマルに渡した。受け取った瞬間、何故か少しこの花の匂いが懐かしく感じた。

「サンキュー」
「うん」

へらりと口角を上げたシカマルは一人で歩き出した。猫背気味の背中は昔とちっとも変わらない。深緑のベストは見慣れた。

「シカマル、大丈夫かな」
「うん…」

2人は店の前でシカマルの背中が見えなくなるまで見送った。


暗部の待機場には検閲を通る為の許可が必要になる。あの時は火影の勅命を貰えたが今は有効な手立てはない。

「あなたはこの前の。」
「…ども。勅命はないんすけど、墓参りがしたくて」

今回も同じ暗部が検閲に立っていた。大柄だが、口調は丁寧で面の内側からシカマルを見下ろした。

「………嗚呼、誰かに似てると思ったら」
「?」
「シモク先輩の弟さん…ですね」
「!兄貴を知ってるんすか」
「ええ。」

意外だった。兄貴が火影から評価されているのは知っていたし、暗部の重鎮なんて呼ばれているのも小耳に挟んでいたけど。とゆうか、誰の弟だとか識別できる程似ているのか?少し気恥ずかしくなった。

「目元と声がそっくりで」
「初めて言われましたよ」
「周りが言わないだけですよ」

目元…?目付きは昔から悪いが、兄貴の目はどんなだったっけ…。

「それで…墓参りとは」
「あ。えーと、イヅルに教えてもらって。兄貴が世話になった人に花をと思ったんす」

彼はシカマルの持っている花を一瞥した後、嫌味じゃない笑い声を零した。

「それじゃ足りないですよ…わかりました案内します」
「いいんすか?」
「もしあなたが敵だとして、この暗部の巣窟で…なにが出来ると思いますか?」

静かな殺気。そうだ、穏やかに話をした彼も。木の葉きっての暗部なのだ。すぐに殺気を引っ込めた彼は印を結び、影分身を作り出した。

「行きましょう」

検閲に影分身を残し、彼は身を翻した。荒い岩肌の通路は墓場に続いているらしい。

「先輩の代わりにですか?」
「?」
「先輩、両手に沢山花抱えてこの道通るんですよ。墓参りに」
「…、なんてーか…今はなんだか落ち着かなくて。なにかしたかったんでしょーね、俺」
「…聞き及んでいます。暗部の中には脱走だ、抜け忍だと囃し立てる者達が出てきていますから」

シモクのことをよく思わない暗部もいる。帰還屋については散々な臆病者扱いだ。

「誤解しないで下さい。先輩はそれ以上に慕われる忍です」
「はぁ…。」

強めに言い切った彼は足を止めずに再び口を開いた。




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