75.雨に濡れて、

「…カカシ先輩、どういう…」
「言った通りだよ。シモクの行方が掴めない。」

テンゾウは眩暈がしそうだった。ついこの間、拷問から生還したシモクが。ついさっきまで公式戦で闘っていたシモクの行方が掴めない…?

「火影は公にしないけど、ダンゾウが糸を引いている可能性が高い。」
「そんなこと…彼を隔離する理由は?」
「多分だけどシモクは帰還率、任務成功率が平均より高いだろ。そこに目をつけたんだと思うよ。ただ唯一欠点がある。…過ぎる優しさだ。」

それを取り払う為の隔離だとしたならば。ダンゾウが"根"を育て上げたように。その再教育が今現在施行されているとしたら。

「…本当、トラブルメーカー。」

空を見上げ、黒いマスクから溜息交じりに呟いた。

「今火影が情報を掻き集めているところだよ。」
「なにか、僕に出来ることは。」

カカシは無言でテンゾウの大きな黒目を見返した。

「…シモクがいつ、戻って来ても大丈夫なように里を守るぞ。テンゾウ」

オレンジの背中を。


行方不明。また。引き離された。お気に入りの場所で横になれば。少しでもこの粟立つ気を抑えられると思ったのに。掌に当たる草を握り込む。ぶちぶちと耳元で音がして指の隙間からはらりと落ちた。捜索任務で、兄の暗部面を終末の谷で発見したと、いのが話した。鹿の面。紛れもない、兄の物だ。…手をこまねいたせいだ。中忍試験に忙殺されていた。考えるの後回しにしたから、今回こうなった。シカマルは新に話した時のことを思いだした。兄を暗部から離脱させること。それを告げたら、新は顔を曇らせた。わかっているのだ。シモクは暗部になくてはならない存在になっていて彼自身も暗部を居場所だと感じている。これは自分の我儘でエゴであるとも分かっている。だけど兄の道を、背中を追えば追う程。彼が落とすしかなかった欠片を拾う度。胸の奥に燻る焦燥感が体を動かす。兄弟なのに。何故そこまで違うのか。兄の宿命だとでもいうのか。…冗談じゃない。ならば弟の俺はどうすればいい。兄がその宿命とやらに身を投じる姿を、黙って見ているのか?そこまで考えて…シカマルは体を起こした。今の自分に出来ることは。徐に歩き出した。行く場所は決まっている。

「五代目様」
「シカマルか」

座していた綱手は険しい顔をそのままにシカマルに向けた。彼女の指先が苛々を表すかのように、とんとんと眼下の資料を突つく。

「お願いなんすけど…火影直轄暗部の待機場への道教えてくれませんか」
「なぜだ」
「話したい奴がいるんすよ」

手を後ろに組んで綱手に負けじとその双眸を見返した。おおよその判断がついたのだろう。綱手は瞼を落とし、大袈裟に肩を竦めてみせた。

「いいだろう。話をつけてやる」

一本の巻物にさらさらと書き付け、手渡す。火影の勅命だ。

「入り口に検閲がいる。これを持っていけ。」
「感謝します」

道筋を教えてもらい、そそくさと火影邸を出たシカマルは周囲を一回見渡しながら、本来"関係者"しか立ち入ることの許されない領域に足を踏み入れる。ざわり。神経が研ぎ澄まされた。鋭い刃物を突き付けられているかのような。禍々しさ。

「ここから先へは入れません。」
「火影からの勅命だ。確認してほしい」

これが、綱手の言う検閲だろう。犬のような面をした暗部は巻物を解くと中身を改める。暫くの沈黙。しっかり読み切り、印を結んで巻物に掌を押し当てた。

「許可の印です。ここから先より内部では貴方のそれが"関係者である"ということを証明します。大切になさいますよう。」
「…どうも」

まるで亜空間。検閲を突破したシカマルは改めて暗部の待機場を見た。天涯孤独の暗部はここで生活しているのだろう。高い石造りの壁には薄暗いながらも穴が無数に空いており、ちらほらと灯りが見える。床はコンクリートで足の底からも冷たさが感じられた。そして信じられないくらいに閑散としており、無音だ。耳鳴りがする。

「奈良シカマルじゃないか」

この場所に不釣り合いな程、変声期を迎えている少年の声が木霊した。

「まさか、こんなに早く会えるとはな」
「お前の気配がダダ漏れなんだよ。」

暗闇から現れたのは鳥面のイヅルだ。イヅルについては、あの件から知っている。6人に奇襲され返り討ちにしたあの事柄だ。シモクの尋問にシカマルも立ち会い、事情を知っているからこそ。同じ弟としても、木の葉崩しの件は残念だったとは思う。だが、こっちだって兄の命を奪おうとしたイヅルにあまりいい顔は出来そうになかった。

「こんな処に何の用だ。」
「兄貴について訊きたい」

面をつけている為、どんな表情を浮かべているのか検討もつかない。だが、やっぱりな。というようにイヅルは喉で笑った。

「シモク先輩の件。本当に分からないのか?」
「見当はついてる、後は確認するだけだ」
「…先輩に似ず、頭の回転が早いですね」

嫌味ったらしい言葉も、今だけは流せる。こんなことで腹を立てていてはきりがない。こういう相手は、昔から見てきた。兄に指を差す奴らは皆こうだった。

「ここは他の暗部の目も耳もある。場所を移しましょう。」

くるりと華奢な肩を翻したイヅルを追った。聞けば、やはりここは天涯孤独の者たちの生活場にもなっているのだそうだ。

「最初の方は先輩もここを利用していたそうです。なんでも家族に合わす顔がなかったそうですよ」
「お前の口は嫌味しかでねーのか?」
「まさか。お世辞も出ますよ。」

扉を開け、背中をぐい、と押される。中の壁は荒削り。談話室のようだった。蝋燭に火を灯したイヅルは備え付けられた木製の椅子に座ることを促した。机には誰の趣味なのか、花が一輪花瓶に生けられていた。

「その花はある暗部が余した花です」
「余した?」
「暗部の墓があるんですよここ。27人分がまだ分からないみたいで。…それで、なにを訊きに来たんですか」
「…俺は捜索任務に参加できなかった。…仲間から聞いた情報だと兄貴の面が見つかったとか」
「ええ第一小隊が発見しました。火影様が押収しています。間違いありません。」
「キバと赤丸が4人目の匂いを感知してる。確か兄貴を連れ出した暗部は3人。残る1人の匂いは誰だ」

イヅルの面が蝋燭の光に照らされ、ゆらりと揺らめく。窓ひとつないこの談話室は息苦しささえ感じられた。

「上忍達はもう気づいていますよ」
「俺も見当がついてるっつったろ。」

口角を上げてやる。ぽっかり空いた穴の奥。大きな目が瞬いた。

「…木の葉の暗部組織はタカ派とハト派に二分されています。つまりダンゾウ様と火影様。同じ制服だろうが同じ面だろうが、互いが互いを敵対する勢力です。」

タカ派のダンゾウ派閥。木の葉という大木を目に見えぬ地の中より支えし根として、暗部養成に力を入れている。特にダンゾウが創設した"根"は感情を一切なくし、任務を全うすることだけを教育させられるのだという。

「木の葉で認められている正式な暗部は火影様が管理する僕達火影直轄暗部。ですがダンゾウ派閥はレベルの高い忍が多く教育されるので僕達が請け負うランク以上のSSランク任務を行い、里に貢献しています。」

だから火影もそれを咎めることができないのだ。

「実績だけなら、圧倒的にあちらでしょう。ダンゾウ様の里を思う心は三代目にも劣らなかったそうですし…彼は暗部として才能のあるシモク先輩の甘さが気に入らないんですよ」

暗部の重鎮と呼べる忍はうちはイタチ、うちはシスイ、はたけカカシが代表的。現在はテンゾウとシモクの二枚看板だ。

「任務でも敵に情けをかける人です。はっきり言えば掟破りです。他里との蟠りを理解しているのかさえ疑問です。痛い目に、何度も遇っているというのに。」
「…そこまでやってたのかよ」
「それだけじゃない、暗部は任務優先。なのに先輩はその場限りの"任務仲間"を助けに来た道を戻ってしまうんですから。どうしようもないですよ」

兄貴……我儘過ぎだろ…。シカマルは面に滲み出る彼の呆れをひしひしと感じた。

「そんな重鎮、ダンゾウ様は許しません。例え火影直轄暗部であっても。里の事となると見境ない御方です。つまり」

イヅルは少し体を前屈みにし、机の上に手をついた。

「先輩をスカウトしたダンゾウ様は多分、感情を一切無くす"根のカリキュラム"を受けさせるのだろうと……僕と火影は推察しました」
「根!?」
「可能性が高い推察です。暗部として最後の欠陥である感情を一切失えば。これ程使い勝手の良い忍はいません。特に先輩は絶対的帰還率を誇る忍。里の守りが、更に約束される訳です。」

感情を無くす。現実味のないことだが、これはリアルだ。

「なので終末の谷。4人目の匂いは恐らく…………ダンゾウ様です。」




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