68.静かな傷

「逃がさないわよ!」

二つのお団子が可愛いらしい彼女は、確か…テンテン…ちゃん。武器を収納できる彼女の術は厄介だ。時空間忍術。なにが出てくるか予測がつかない。俺の能力で、防ぐのは無理だ。嗚呼、この子は土遁のオクラに当てるべきだった…!

「シモク!よそ見するな!」

くそ…本当に相性が悪い…。この班は殆どが体術使い。それに加えてあの日向の天才、日向ネジがいる。彼はシカマル程ではないが賢い。あの視野を使って後方でも仲間を支援するだろう。ああいう、司令塔がいるチームは強い。だから俺たちはまんまと分散させられた。暗部がチームで動き、リーダーが存在するように。それは、…俺にも覚えがある。

「はあっ!」

突然、視界が覆われた。テンテンが口寄せしたものが目を潰した。眼球にザリザリとした感触。これは…砂か…!!ただの砂じゃない…砂隠れの砂漠の…!!!ただの砂ならば即座に振り払ったものを。砂漠の砂は粒子が細かい。入り込んだ砂に、暫く目は効きそうにない。もろに受けてしまった。

「よそ見していいのか?柔拳法・八卦六十四掌!!」
「ッチィッ!…土遁!土防兵!」

オクラの声が聞こえたが、完全にネジに手こずっているらしい。

「座り込んでくれるなよ!シモク!すぐ行くからな!!」
「木ノ葉旋風!!」
「っあぶね!」
「よく避けますね!さすがですネジのお兄さん!」

ロック・リーの体術は計り知れないものを感じる。こっちも、アテにはできない。

「中忍試験の砂漠の砂持って来といてよかった!」
「やはり、…砂漠の砂か」

こんな様子じゃ、次は海水でも取り出して来そうだな。兎に角、この子は武器系統はほぼ出し入れ可能だと思っていいだろう。そして、砂漠の砂も出し入れできる。だが、無限じゃない。チャクラ量に合わせた物しか出し入れ出来ないとしたら。もう少し、観察が必要だった。目が潰されたとあれば、もう気配と鼻しか頼りにならない。なにより、玉は俺だ。俺が膝を付けば、全て終わる。…すべて。

「もう決まったようなものね」
「……どうかな。」
「キバ達に勝っちゃうんだもん。楽しみにしてたのにな」

まるで、期待はずれとでも言いたそうだ。

「シカマルみたいに、影も使わなさそうだし」

影は、使えないし、使いたくはない。春野サクラと行った"修業"。そのために、余計なチャクラは使うだけ無駄遣いだ。…ポチャ。己の中に作った小さな小さな池にチャクラが溜まる。極々微量の、覚えたてのチャクラの池。…考えろ。この時空間忍術使いを、どうあしらうか。


瞼を閉じる姿を見てピンとくる。シモクの奴、目がやられたか!

「八卦掌回天!」
「おっと!!」

土防兵がチャクラの回転で弾き飛ばされる。新の回天よりだいぶ速いな。予想は五分五分だった。玉はリーか、日向ネジのどちらか。

「玉を担うっつーのは、大変だな!」
「俺とあんたじゃ、確かに相性も悪いしな」

…本当だ。俺たち6人、戦う相手を間違えている。シモクは言葉も巧い。素直なリーに着くべきだ。俺はあの時空間忍術使いの少女に。そして日向ネジは、

「嫌か?世話んなってる"従兄さん"と拳を交えるのは!」

バシッ!まだまだ細い腕を受け止める。日向の天才か、確かに。昔から新が自慢するわけだ。だけど、真っ直ぐ過ぎて。若いな。

「よくも俺の仲間の目を潰してくれたな」

奥歯でガリッと噛んだその"個体"は潰れた。

「ほら」

ぱかりと口を開けてやれば大慌てで飛び退いた日向ネジ。悪いな、眼を持つ奴には必ずやる俺の戦法なんだよ。口から目を覆いたくなる程の光が辺りを包んだ。光刺激。特に白眼は、見え過ぎる眼である。光の繊維も読み取っちまう程、繊細だ。今のをモロに食らっていたとしたら、日向ネジの眼を封じたも同然。光を撒き散らせるだけ撒き散らしたお手製の強力電灯は役目を終えた。唾と一緒に地面に吐き捨てる。

「さて!膝をついてもら…」
「ネジ!」

あと少しの所で忍具が邪魔をした。…好機を逃したか。確信した。相手の玉は日向ネジだ。

「おい、大丈夫か。シモク」
「あぁ」

その隙にシモクの前を固める。よしよし、膝はついていないな。

「お前日向ネジになにしたの」
「目には目を、歯には歯をってやつだ」
「ネジ!テンテン!」

リーが戻り、また3対3の形に。さすが、特進上忍がいるチームは一筋縄ではいかない。

「シナガ先生がいたらな。お前の眼球、医療忍術ですぐに使いもんにさせてくれるのに」
「いない人間を頼っても仕方ないだろう。それよりオクラ、お前後で覚えとけよ」

日向ネジの視界を光で潰したことを指しているのは明らかだった。おうおう、怖い顔しやがって。

「ネジとの勝負から逃げた男がよく言う!眼術を持つ忍に俺があの小細工を使うことは百も承知だった癖にな!」
「白眼は繊細だ!純度の高い眼は特にな!!」
「おい!喧嘩している場合か…!」

「あいつら、なにしちゃってんのよ」

カカシは頬杖ついて演習場を黒目細めて見下ろした。野暮用で昨日の観戦は叶わなかったが、綱手様も面白い事を考える。今や暗部の重鎮とも呼べる帰還屋、シモクの為に大掛かりな公式戦を行い、更に今回中忍に昇格した者たちを交えた。暗部にとって、経験は大切である。カカシはそれこそ経験を重ね、千の技をコピーするコピー忍者の異名を得た。暗部で培ったことは全て役に立っている。苦汁を舐めることも、屈辱を受けることもあったが、無駄だとは思っていない。今も左腕に燃えるように刻まれるのは炎の刺青。

「嗚呼、始まってたかァ。」

こいつ…確か木の葉崩しの後、暗部達の死体を回収していた…。カカシよりも少し歳上だろうか。真っ黒で硬そうな髪は日陰に隠れ、更に黒く。それに合わせて顔色も青白く見えた。尖るように突き出たアヒル口。無機質で、一瞬幽霊のように見えた男は木の葉の額当てと深緑のベストを装着していた。カカシの視線に気付いたのか、すいっと動いた三白眼。

「これ、何試合目だ?」
「二試合目です。」
「なるほど、疲れてるわけか。」

…何者なんだ?ぽりぽりと後頭部を掻いては気怠そうだ。なのに、その眼はブレもせず真っ直ぐに眼下の3人に向けられていた。

「はは…、まるで立ち位置が狂ってやがる。」

大人気なくもぎゃんぎゃん言い合うオクラと新。仲裁するシモク。

「貴方は…一体」
「河川シナガ。あいつら、シモク達の担当上忍を請け負った者だ」

十数年前だけどな。少し自嘲を含めた笑みを口元に浮かべた。

「なら…聞きたいことがあります」
「なんだ?」
「…何故、貴方はシモクの暗部異動を止めなかったんですか」

わあっ、と歓声が上がる。大方、新達が仲直りでもして逆転でもしているのだろう。カカシは手摺から手を離し、体ごとシナガに向いた。気になっていた。奈良の長兄が、何故暗部にいるのか。油女一族のように暗部へ選出する決まりもない。むしろシカクの息子ならば、猪鹿蝶として木の葉を支える。そんな役目を担う筈なのに。…すぐにわかった。猪鹿蝶になれなかった理由。彼は影が使えない。その才は7つ下の弟に見事に濃く、濃く受け継がれた。奈良一族の力が受け継がれなかった事。それを人前で嘆くことを絶対にしないで、ただ口元に笑みを浮かべる少年。カカシにだって、覚えはある。白い牙の息子。それはカカシの誇りであり、憧れでもあった。同期と力の差はあった。周りの期待も羨望も含めて、父に追いつく程の力量があるのだと子どもながら慢心した。父親の背中を追いかけるということ。それは父の力を継いだカカシだからこそできること。…ならば、最初からその力がない者はどうすればいいのだろうか。努力だけでは到底無理だと悟った時。なにを追いかけて、なにを見ればいいのだろうか。散々喪って、なにも見えなくなったカカシは知ってるから。今まで歩いてきた道筋がなくなった瞬間。人は迷子になるのだと。

「お前は暗部の者か?」
「…元です。少しの間ですがシモクとツーマンセルを組んでいました」
「そうだったなァ。はたけカカシ」

シナガはつい数日前に、本人にそれを言われた。第三者に、また同じことで責められる。別に話したこともない、名だけ知るはたけカカシに責められたって痛くも痒くもないが、内容が内容なのだ。愛弟子の一人、シモクのことならば。

「その言い方だと俺が悪いみたいじゃねーか」
「当時担当上忍だったのは貴方でしょう」
「まだ若いなァ、…お前」

数個しか離れていないだろう。カカシの目は吊り上がる。どことなく、馬鹿にされた気さえした。

「俺だってな…止めてやりたかった」

ばしり。組手独特の肌がぶつかる音。ネジと新が対戦してしまったのだろう。意外そうに、シナガは目をほんの少し開いた。

「俺が知ったのは、既に三代目火影が正式に暗部への配属を申し立てた後。シモク本人は、早々にAランク任務に当たっていた…悔しかったよ」

圧倒的権利の前では抗議など無意味。どんな思いも、命でさえ里の為ならば投げ打てる。だって、俺たちは忍だ。

「だから三代目にゃあ、我儘言って中忍試験の枠を一つ残したんだ。…帰ってくるんじゃねーかって…心のどっかで期待してよ。」

中忍試験でツーマンセル。一人欠けた状態で出させたシナガを許した新とオクラの方が、大人だった。

「それにシモクの代わりなんていたら…新達もやりづれぇしな。」

3人の結束が固いことなんて、見ればわかる。十数年経った今でも色褪せることなく交わされる連携。互いが互いを信頼してなきゃ、こんな陣形取れない。

「いい機会だとも思う。シモクには思い出が必要なんだ。人と関わる、今が必要なんだ。…わかるだろ?元暗部のお前なら」

…わかる。わかるよ。父さん、オビト、リン、ミナト先生。皆、俺の中にいるんだ。思い出として、色褪せることなく、懸命にこの腕に抱いて。そしてナルト達。今の俺を内側から支える存在を。

「気付かせてやりたいんだ。少しだけ、ほんの少しだけでいい。振り返って貰いたい。そこには…ちゃんと見守ってる奴らがいることを」

シナガは、自分の生徒に無頓着な人間ではない。むしろ深い愛情と期待を抱いている。カカシは印象を改めた。己の過去すら、思い出させてくれるかのようなシナガの言葉たちに。眼下で3人同じ場所で躍動する姿。話を聞けば聞く程。奇跡に思えて仕方がないのだ。




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