64.ハートのざらついた底

ここで、あたし…。周りに言われて参加を決意した。だけど、いざ前に立つと、どうしてもまた子どもの自分が出てきちゃう。小さい頃から、あたし達のお兄ちゃんで。

「いの、中忍昇格おめでとう」
「あ…あり、がとう」

優しいところは、変わらない。

「始め!」

シモクさん。シモクお兄ちゃん。

「正直、山中一族の能力はこわいよ。チョウジから聞いた。秘伝忍術の会得に力を入れてると。」

速いのは…もうわかってる!逆手の苦無を寸前で受ける。印を結ぶ暇がっ…!

「いのの事だから、もう会得したんだろ」
「っは!」

キィン!お互いの苦無が弾かれて地面に突き刺さる。あたしの能力が暴露てるのは、承知済みよ!チョウジの倍化の術だって、あたしの心転身の術だって。知られて当然よ。だって、あたし達のお兄ちゃん。なら、それを受け止めて貰うんだ。折角の機会。成長を見せれる時。シモクさんの間合いに入り込む。
今よ…!

「心転身の術!」


…………………
……………………………………。

『俺たち、絶対、合格しような』
『3人なら、なんだって出来る』
『そうだろ?―シモク』

『俺は、皆と一緒に歩けないんだ。』

……………
………………………

『急ぎ、悪かったのぅ。』
『い、いえっ、ボーッとしてただけだったんで…』
『今日の陽射しも温かいしのぅ。シモク』
『はい』
『………お前に、頼みがある』
『なんですか?』

『…これより、奈良シモクに火影直轄暗部への編入を言い渡す。』
『……え…?』
『里の為に…引き受けてくれぬか。お前にしか、出来ぬ事じゃ。』

………………
…………………………

『行け、シモク』
『でっ…でも俺!』
『暗部の任を受け入れたからには、やることは一つ…全ては、里の為に』

『生き…生ぎでるッ…!!』

『生き残れ。なにがなんでも地面に伏せるな。立ち上がり続けろ。お前に俺達のような闘いが出来なくとも、立ち上がり続ければ、それでいい』

…………………
……

『先輩達も人が悪い…後輩の俺だけ残して仲良く逝ってしまうんですから』
『…ッ、墓なんてあったら…、嫌でも死んだってことがわかって…』
『どうしようもないじゃないですか!!!』
『なんで…ッ、なんで俺が…ッ!!!』
『くそっ…!!!なにが暗部だ!なにがッ…なにが木ノ葉崩しだ!』

……………………
………

『…俺は、ツルネを殺しました』
『裏切った同胞を殺したのは俺です!』
『殺しました!!!』
『ツルネは死んでいます!!』

……………………………
……………………………………

『シカマル、誕生日おめでとう!兄ちゃん特製バースデーケーキだぞー!』

……………………バチンッ。


「っは…!」

なに…今の…。シモク…さん?もしかして、シモクさんの記憶が心転身で伝わってきた…?中忍試験で、サクラの思念があたし達に流れ込んだように。はっとして周りを見ると、あたしを応援する同期達がいて。シモクさんは既に目を開けてこっちを、なにか言いた気な顔で見つめていた。

「人の記憶を、勝手に見ないでくれ。」

カクン。力が抜けた。膝を折られたんだ。この速さは異様だ。なのに暗部だと普通だって、言う。暗部って、なんなの。記憶の中のシモクさんは、やっぱり。やっぱり。とても苦しそう。

「いのが見たこと、聞いたこと。その胸の内に仕舞っておいて欲しい。誰にも、語る必要の無い代物だから」

違う、違うよ、シモクさん。彼が全身を痛めながら歩いてきた道を、あたしは少しの間だけ垣間見た。目を真っ赤に腫らして、嗚咽を上げる小さい子どものよう。それでも、歩くことをやめたりしない。深淵の先を、迷子みたいに。ひたすら歩き続けている。…シモクさんは、いつも泣いている。

「そこまで!勝者、奈良シモク!」
「つ、強い…!」
「探知タイプと体術の兄貴じゃ、相性悪かったな。」
「いの、大丈夫?」

サクラの手が肩に乗って、漸く我に返った。断片的だけど、あの記憶はシモクさんが暗部に入る直前と初陣、そしてあの木の葉崩しと、…誰かを必死に庇っているようなもの。
最後は、多分、シカマルの誕生日に初めてケーキを作った日だ。

「大丈夫。」

シモクさん、シモクお兄ちゃん。あなたがあたし達と遊んでくれていた、遠い過去。最後の記憶。思い出を包囲するように、まるで大きな柵が植られていく。…あの頃のシモクさんは。どんな顔をしてたっけ?

「以上で、個人戦は終わりだ!」
「俺は無しっすか、五代目様」
「残った者は明日のスリーマンセル戦で存分にやってやれ。ただ、チームの性質上、今闘い抜いた者達にも参加してもらう事があるのであしからず。」
「つまり…またチャンスがあるってことだな!赤丸!」
「1日でどうにかなることはないと思うけど、僕ももう一回闘いたいなぁ。」
「瞬殺だったもんね。」
「残っているのは僕達ガイ班とシカマル君、シノ君ですね!」
「なんか妙な面子が残ったわねぇ」
「この中でシャッフルされるか、或いはそのままぶつけてくるか。」
「奈良さんのチームもわかりませんよ!」
「いいや?分かる。俺は。」


「…なるほど。」
「オクラ、間に合ったのか?」
「あぁ、新か。急な任務だったが、早急に終わらせてきた」
「シモクが新生中忍を5人抜きだと。」
「そりゃお前。暗部と中忍だろう?やはり敵わないか。」
「…明日のチーム戦、必ずシモクに叩き込んでやるぞ。…あの時出来なかった中忍試験。やっと揃ったんだ。」
「勿論だ。」

オクラはそう真摯な顔で頷いた。そう、俺たちはこの公式戦に懸けているんだ。10年前、果たされなかった。"3人で"を。魔物に飲まれそうになっているシモクを、引き戻す為に。それになにより、やっぱ、俺たち3人で。もう一度、闘いたいから。

「シナガ先生には伝えているのか?」
「いや、あの人本当どこにいんのかわっかんねぇ。」
「相変わらずだな。」

シナガ先生は里中を歩き回る放浪癖で、見つけるとなれば少々骨を折ることになる。

「家の扉にでもメモ貼っつけとくか。」

シナガ先生だって、俺たち旧4班の仲間である。歳はくったが。俺は俺たちの時代を忘れてない。




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