63.朝日は冬のにおいがする

やっぱり、嫌。あなたは違うのに。立場が違くても。いのの側にいてあげられるのに。あたしと違って。

「…じゃ…ないわよ…」

なによ、なによ!そんな澄ました顔しちゃって!いのだってそう!なんでこんな人好きになるのよ。

「冗談じゃないわよ!」

振り上げた拳に力を入れる。あたしは…サスケ君の側にいられなかった。あの日、里を去ったサスケ君の背中を見てただけ。復讐も手伝う、なんでもする。なんて無責任な言葉。そう、こんなのただの当てつけだ。いのの為だとか言って。本当は好きな人が近くにいて、優しくされてるいのが羨ましかっただけ。例え想いが伝わらなかったとしても、近くにいるじゃない。顔を見れるじゃない。話が、できるじゃない。

「兄貴!!」

骨の感触が手の甲から伝わってきた。チャクラを練り込んだ拳を、顔面から受けたあたしより大きい体は後ろから倒れていく。シカマルの声がした。

「サクラ!!私闘は厳禁だと言っただろう!」
「…!」

ハッとした。なにやってんだろ、あたし。

「兄貴!」
「…びっくり…した…」
「吃驚したじゃねーだろ。なんで避けなかったんだよ」
「…反応が遅れた。演出やって正解だな。こんなんじゃ、本当の任務で死んじまう」

口元に垂れた血を拭って彼は立ち上がった。シカマルに似た切れ長の目が向けられた。相変わらず冷たさを映しているけど、あたしを非難する目じゃなかった。

「五代目、俺は全然平気です。」
「侮るな。あたしの弟子の一撃だぞ。こっちに来い。治療してやる」

この人のことは、何もしらない。話したのだって、今日が初めて。

「サクラ、お前どうしたんだ。」
「シカマル…ごめん」
「…兄貴が、なんかしたか?」

シカマル、あんたのお兄さんを傷付けてごめん。医療忍術で頬を治療している。なんてことないような顔。…絶対、頬の骨割った。

「…はぁ、めんどくせー…」

がりがりと頭を掻いたシカマルはそれっきりなにも聞いてこなかった。もしかしたらいのの事知ってるのかな。

「サクラ!あんたなにしてんのよ!!」
「いの、」
「あんな不意打ち!」

肩を怒らせてやって来たいの。イノブタの顔。ぶっさいくね。あの人の事…まだ好きなの?サスケ君を追う、あたしと同じね。本当。

「………ごめん、」
「…あんた、あたしの為に殴ったの?」

無言の肯定を示すと、盛大な溜息。なによ、なんかムカつく。

「シモクさんには、ちゃんと返事を貰ったから。」
「え?」
「中忍試験の前に。話してなかったっけ。」
「聞いてない…」
「2年も繋げてごめんって、頭下げて謝りに来てくれたのよ。…家族以外の感情はないからって。だから、昔みたいにお兄さんと妹のあたしでいようって。決めたの」
「…そんなの…!」
「春野サクラさん」

気配を隠していた訳でもないのに、いきなり背後に立たれたようで、硬直してしまう。ばっと振り返ればやはり口元に微笑を浮かべていた。

「五代目様。少しお時間を下さい。春野サクラと話があります。」

綱手様は意外そうに少し目を丸くしたけど、頷いた。あたしは、話すことなんてなにもない。頬骨を砕く程の一発を浴びせたんだ。普通そんな人と話をしたいだなんて思う?…思わないわよ。

「間違っていたら、違うと言ってくれて構わないんだけど」

少し皆から離れて彼は口を開く。

「…春野さんが俺を最後殴ったのは、本当にいのだけの為?」
「…え?」
「俺を殴った後。少し観察した。君、本当は誰の為に拳を握っていた?」

どくり。心臓が吃驚して跳ねた。あの時、鋭い目が向いていたのはあたしを観察していた…?こんな数分で、見抜かれた?

「あ…たしは…」

いのの事を羨んで、当て付けしたこと。自分を抑えることができなかった。

「いのに対する俺の答えに納得いかないのもわかる。でもわかって欲しい。俺ではいのを幸せにすることは出来ない。」
「…」
「俺といのはいつでも会えて、話ができる。それを見ているのが辛いんだろう。」

なんでこの人は。

「…わかるんだ。遠くに行ってしまった人を追いかける気持ち。」
「…え?」

彼はここにきて初めて人間らしい表情を見せた。思い出すように。噛み締めるように。

「俺と君はよく似ている。そう思うよ」


俺だって。追いかけている。あの日。手を伸ばせなかった、影を。今でも。

「四本目!奈良シモク対、犬塚キバ!」
「待ってました!」

スタンと俺の前に降りた犬塚キバは好戦的に笑って見せる。確か忍犬と戦うスタイル。あの犬は相棒で、多分だが彼の性格的に体術系統だろう。日向ヒナタからずっと体術使いが続いている。なるほど…これはさすがに疲れる。五代目。それが狙いなのだろうか。

「おおーし!行くぜ赤丸!」
「ワン!」

さて…なにでくるか…。

「獣人変化!」

これは…あまり見ない技だ。犬であっても、忍犬だということか。犬塚キバが分身したように、犬が化けた。

「通牙!!」
「これは…」

回転…!避けた場所には大きなクレーターがしっかりと刻まれている。さらに追いかけてくる回転から逃れる。しつこいな…!

「ひゃほ〜!!!」

それに、速さも獣並み。手脚に僅かだがチャクラを纏ってる所を見ると犬塚一族の戦闘スタイルが見えてくる。犬、か。こんだけ回転していれば目を回すものを。よくこんな。考えろ。犬塚キバは狙った獲物は逃したくないタイプ。だけど、まだ捕まえられるという危機感は感じない。成長途中の、まだ青い若犬だ。

「すごい…シモクさんを追い込んでる。」
「キバのやつ。中忍試験で更に強くなったな」
「ふん。それが、あたしの有能な部下にどこまで通じるかな?」

奈良家にいたのは鹿だったからな。犬のことはよく知らないが…。犬。犬、…犬…?嗚呼、俺にもいるじゃないか。何度目かのクレーターを避けて地面に手をついた。

「口寄せ!」

ぼんっ!小ぶりな煙の中から現れたのはカカシ先輩からの置き土産の忍犬だ。名前は、八ツ橋さん。背中にへのへのもへじが描かれている。怠そうに出てきた八ツ橋さんに声をかけた。

「犬って、嫌な物とか時ってありますか?」
「臭いもの嗅いだ時。」
「臭いもの?」
「あぁ。忍犬は刺激臭に弱い。大方、あの小童も同じだ。」

危ない。八ツ橋さんを抱き上げて距離を取る。いつの間にか、犬の頭が二つになってる。

「牙狼牙!!」

周りを巻き込む風もさっきの比じゃないな…!

「おい坊主。」
「大丈夫…、それよりありがとうございました。」

ふん。と頷いた八ツ橋さんは、ぼふんと煙と共に消えた。刺激臭…。かちゃり。腰に着けているポーチの中身を思い出した。備えあれば、憂いなし…。手を突っ込んで目当ての物を取り出すと迫り来る双頭狼の近く。俺の足元に投げつけた。

「!!…く、くっせえええ!!!!!」

ぼふん。獣人変幻とやらは解けたようで、犬と共に地面に滑り込んだ。

「げほっげほ!な、なにしやがったー!鼻が曲がる…!!」
「硫化鉄と塩酸を反応させると臭いんだと。鼻が効く探知タイプの鼻を潰す為に、昔暗部に配給されていたものだ。」

今では違う薬品が採用されて変わっているが、勿体無いからと一緒に仕舞っておいてよかった。

「ぐえ!最っっ悪だぜ!中忍試験でもくせー臭い嗅いで!!散々だ!!」

ごろごろと地面を転がる。もう膝はついてる。

「勝者!奈良シモク!」
「すごい、4人抜き…!」
「やるじゃねーか、シモク!」

ああ、やっと4人。

「さぁ!次々行くぞ!…五本目は奈良シモク対、山中いの!」




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