62.あなたを守る魔物にはなれませんでした

昔は着慣れなかった。他の忍よりも動きやすいとは思う。だけど、慣れなかった。それなのに。人は慣れる生き物で。今ではそれを着る自分になんの違和感も感じない。一番初め。これを着て鏡に立った時は、幼い頃に見た暗部を思い出したりしたけど。俺は今、暗部の制服を見ればどんなに時が経ってもナグラさん達を思い出す。火の意志を持った、あの背中を。いつものように刀を背負い、甲を腕にはめた。左腕に焼き付いた炎の刺青は隠すことなく晒す。俺は、暗部の奈良シモク。目の前の新しい中忍達はじーっとこっちを見つめている。やっぱり異質…なんだよ、ね。面をつけておいて良かった。人に見られるのって、あまりなかったから。居心地悪い…。

「シモク、おはよー」
「チョウジ。中忍試験合格、おめでとう」
「うん、ありがとう」

いつもの柔和な笑みで寄ってくれたチョウジ。その後ろにはシカマルといのの姿もある。久し振りに見た猪鹿蝶。

「説明した通り、1日目は個人戦だ。公式戦とはいえ、あくまで目的は奈良シモクの勘を取り戻す事だ。勝手な戦闘は慎むように!尚、個人戦は先に膝を付いたら負けだ」

「本当に中忍試験みたいねぇ」

個人戦。俺と誰か…って事だよね。

「一回戦目は奈良シモク対、日向ヒナタ!」

意外過ぎて。というか、絶対相性悪い。体術は俺も使うけど、日向程じゃない。

「えー!ヒナタ!?」
「一発目から!」
「わ、わたし…?」
「やってやれー!ヒナター!」

…俺、これもうなんか無理そうだ。やばい挫ける。女の子…。しかも新のとこの…。

「…、」
「シモク!本気でやれ!」

びくりと肩が跳ねた。五代目は俺の気持ちを先読みしたらしい。背後から一喝。背中に滲みる。

「……よろしくお願いします」
「…よろしく、俺は奈良シモク」
「日向、ヒナタといいます」

お互い、おどおど。

「では一回戦、初め!!」

その声と共に構えた日向ヒナタ。本気になれば、さっきのおどおどはない。

「いきます!」

俺はいつも任務の時どうしてたっけ。まずは…。

「はっ!」
「っ、」

速い…!でも捕らえられない速さじゃない。日向ヒナタがどれほどの力量かは知らないけど、ベースは新の柔拳。そしてチャクラの流れを見抜く白眼。その厄介な能力を発揮される前に塞ぎ、膝をついてもらわなければならない。見ろ。見ろ。見ろ。体術の使い手ならば規則がある動きをする。女性の体術使いは特に。日向ヒナタも同じだ。右手が出たなら次は左手。右手が出たら次も右手。2回づつ、重心は右寄り。普段の任務なら、敵の技をここまで時間を掛けて見ることはない。だけど白眼は木の葉にしかない代物。一度、新と手合わせした時とまた違うな。起爆札付きの苦無を地面にぶつけて煙幕の闇に紛れる。嗚呼、本当に俺は闇に生きている。日向ヒナタはネジや新みたいに"回転"を会得していない。この闇は簡単には拭えないはずだ。今日は曇りだけど、この光なら大丈夫。

「影縛りの術」

ただでさえ薄い影が陽の影響で更に薄く見えた気がした。

「っそんな…!」

手応えあり。煙幕が晴れる。良かった、捕まえた。動きを封じられた日向ヒナタの膝をかくっと折ってやる。

「うむ!勝者奈良シモク!」
「ごめんね、怪我ない?」
「は、はい。ありがとうございました…!」

ぺこりと頭を下げられてこっちもつられて下げる。

「あの、日向ヒナタ…さん。ありがとう、俺に付き合ってくれて」
「いいえ、私もいい経験させて頂きました…!」

面を外すことは出来ないから素直なお礼も言えないけど、日向ヒナタは笑んでくれた。

「あのヒナタを…」
「お前えええシモク!ヒナタ様に怪我させてねーだろーなあ!!?」

新が今にも飛び出さん勢いだ。大丈夫だよ、という意味で手をひらひら振った。

「シカマル、お前の兄は強かったんだな」
「あ?…あぁ、まぁ…」

俺だって、知らなかったよ。シノ。兄貴がああいう戦闘をすること。

「二回戦!奈良シモク対、秋道チョウジ!」

チョウジは根っからの体術専門。中でも倍化の術は俺たち猪鹿蝶のメイン攻撃手。

「チョウジ…お前、倍化の術が出来るのか?」
「へへっ!そうだよ!いくよぉ!倍化の術!」

チョウジが演出場に影が出来るほど巨大化する。…て、おいチョウジ!倍化したら…!!

「肉弾針戦車!」

すぐに兄貴は飛び退いた。印を結んでいるところを見ると俺と同じことを既に考えているに違いない。倍化したチョウジの足元には大きな大きな…

「…影縛りの術」
「うわあ!」
「チョウジの奴…煽てられやがって…」

倍化したら影の面積が大きくなるから捕まえやすくなるに決まってるだろ…。どしん。転ばされてチョウジが大きく尻餅をついた。

「そこまで!勝者奈良シモク!」
「瞬殺…」
「なにやってんだよチョウジー!」
「いたた…シモクはいつもこんなに速いの?」
「これが任務なら。もっと速くなきゃ死んでるよ、チョウジ」

面を取らないのは暗部だから。暗部の任務で面は取ってはいけないらしい。だけど、これは木の葉の公式戦。

「兄貴。それ取れば?」
「え?いや、でも。」
「表情隠すのも、勘を取り戻すって条件に入ってるのか?」
「…そりゃ…顔を知られるわけにはいかないから…でもシカマルが言うなら、取る」

後頭部の紅い紐を真横に引っ張って取る。かぱりと外れた面を今度は側面に付け直した。
…母さん似の顔。

「えっと…これで、いいか?」

なにが恥ずかしいのか視線を右往左往させている。右目を隠す程の髪が一層伸びた気がする。療養中に切ってやりゃ良かった。中々、この兄貴は自分のことは大雑把でガサツなもんだ。人の事言えねーけど。


「三回戦!奈良シモク対、春野サクラ!」

ついにきた。あたしの番。

「…確かカカシ先輩のとこの。」
「はい。春野サクラです。よろしくお願いします」

カカシ先生を知ってるんだ。それに、先輩?この人はシカマルのお兄さん。あんま似てないのね。顔付きは…ちょっと綺麗かも。でも…なんだろ、やっぱり暗部って分かる。制服だけじゃない。面でも刺青でもない。そう…目だ。この人は口元に笑みがあるだけいい、だけど冷たい目を合わせた笑みはどこか狂気的な印象も孕んだ。いのが恋した人。2年も告白を保留にした。いのの気持ちを弄んだ人でもある。告白してしまったと。そう、いのが打ち明けてきた時にはもう日にちは経っていた。最初はすぐに返事をしてくれると思ってた。いつか、カカシ先生と新さんと尾行した時。確かに、あんな人を?とは思った。でも優しそうな人だなって。それを、裏切るように2年もいのを放置した。腐っても親友よ。あたし達。いのがあんなに落ち込むの、泣くのを初めて見た。…許せないのよ、貴方だけは。嫌い。嫌いよ。

「はぁっ!!」
「っお、」

避けられた。でも、計算の内よ!ヒナタとチョウジに対する戦い方から、この人は戦闘を避ける傾向にある。それに、多分だけど女の子だから、なんて思われている。舐めんじゃないわよ。

「しゃーんなろー!!!」
「!?…っ!!」

避けられた軌道を逆手に取って左の拳を振り上げた。綱手様は、本気でやれと言った。殺す気でやれと。なら、いのの代わりに一発くらいお見舞いさせてもらうわよ。綱手様直伝の拳が鳩尾に入った感触。

「…っは…」

結構力入れたのに…倒れないの!?

「ぺっ。」

血を吐き出してあたしの目をじっと見つめた。まるで、心まで見透かされそう。焦茶色の目が徐々に閉じる。

「…なんで、倒れないの?って思ってるだろうけど、こんな程度で倒れられないよ。」
「…、」
「俺は、"帰還屋"だから」
「帰還屋…?」
「俺は暗部では帰還屋って呼ばれててね。どんな死地でも必ず帰ってくる、…って。でもそうじゃない。俺は…ただ神様に嫌われているだけだ」

…っ!耳を傾けちゃだめだ。チョウジの時みたいに気を逸らされて膝をおられる可能性がある。拳を構えた瞬間。

「どんな時でも、立ち続けられる忍…俺が倒れる訳にはいかないんだ。」

え、?一気に距離が縮まっ…

「さっきの一発は、いのの分なんだよね?」
「!!!」

あたしの拳より一回り大きい手が押さえ込んでいた。耳元に降りた、落ち着いた声色。その一言で。諭された気がした。

「影結い」

うそ…そんな。がくっと膝が落ちた。いつの間にか、影が背中に絡みついていた。影がぐわりと広がり、まるで押し潰すように背中を押した。…影が、とても薄くて気づかなかった。シカマルの家の忍術は影を扱うことは知ってるしシカマルも影を扱うから、その濃さに慣れていた。でもこの人の影は、…とてつもなく薄い。曇天。鉛色の空に溶けてしまいそう。

「俺のせいで傷ついたいのを、助けてくれてありがとう」

こんな、人…

「春野…サクラさん」

なんでよ…なんで、目は冷たいくせに。そんな…優しく笑うわけ。暗部なんでしょ…あんた…。見なきゃ良かった…シカマルが面を取れなんて言わなかったら、あたしは今でもこの人をいのの仇として見れたのに。嗚呼、もう。

「そこまで!勝者奈良シモク!」

…やっぱり、…嫌いよ…。




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