53.てのひらにあったもの

この人は、正真正銘の馬鹿だと思う。拷問部屋の映像を火影に見せられた。なにをされても、なにを言われても聞かれても口を固く閉ざして僕を庇う姿に、どうにも苦しいくらいに心臓ら辺が締め付けられた。僕を守ってくれていた兄はもういない。だから僕は僕で生きる為に、暗部の世界に踏み入った。兄さんがいた場所だ。僕は兄さんの弟だから、兄さんみたいになれると思った。木の葉崩しの事は里中に広まって、僕達の間では兄さんが同じ部隊だったという男を助けたと噂されていた。詳しく聞けば、わざわざ最前線から医療テントまで運んで、再び戦場に戻ったって言うじゃないか。なんだよ、それ。そんなことで、兄さんは死んだのか。一人を助ける為に暗部の掟を破って。暫くして、やっとその男を見つけた。奈良シモク。確か里の猪鹿蝶を担う古参の一族だった筈。澄ました顔して生きながらえている。木の葉の帰還屋だなんて呼ばれている。逃げ帰ることしか出来ない、ただの臆病者を。兄さんは、助けた。それだけで、腹の底から憎しみが沸いた。兄さんは死んだのに、それに感謝もしないでお前はそこに立っている。許せない憎らしい殺してやる。いつの日か、いや奈良シモクを見た時からそう思っていたんだ。だから暁調査の任務は天の計らいだと。今ここで復讐しろと。神様に許された気がした。だから、俺と同じような者たちに声を掛けて、あの任務を迎える。

『先輩。今回の任務、よろしくお願い致します』
『よろしく。コードネームを教えてくれ』
『ツルネと申します。』

先頭を駆け抜ける背中。

『…先輩は木の葉崩しの時、居合わせたんですよね』
『…前も言ったけど、あまり思い出したくない記憶なんだ』

なにが、思い出したくないだ。

『…お前達は今暗部の定義すら揺らしている。その自覚はあるのか』
『暗部の定義は、里の為に忠義を尽くし尽くすこと。その崇高な精神を利用してまで、復讐に走るか』

…全部、全部、お前のせいだろうが!!!!!

その時には気持ちが爆発していて、全員で掛かった。6人なら、殺れると思ってた。臆病で逃げ帰ることしか脳の無い腰抜けの暗部崩れに。負ける筈はない、と。なのに。敵わなかった。例え暗部にいた月日の長さが違くったって。僕の方が、逃げ回る臆病者なんかよりも絶対、絶対強いのに!淡々と2人づつ縄で拘束していく様は、捕縛任務で見る光景だった。驚く程…僕達と奴の戦闘能力の差は歴然だった。

『僕の方が…お前なんか!!!お前なんか!』

ずきりと痛む体と動く度に拘束が強まる影。 弱い癖に、奈良家の次男よりも弱い癖に!奴はくるりと振り返って、暫く僕を見つめると、苦無を持たない左手で面をとって落とした。息を飲む程、その時、僕は奴の目に宿る修羅を見た。気の遠くなる程長い間。暗部の闇に骨の髄まで浸かった、人間の。その成れの果てのような姿に。だけど、完全にそうと思わせないのは、奴の口元に浮かんだ、微かな笑みがあったから。

『俺は、確かに臆病者だよ。だが、お前の気持ちだけで全ては片付かない。死んでなんかあげない。俺を殺りたければ…もっと強くなって出直しておいで』

…暗闇に煌々と輝く月を背負って、穏やかな笑みを浮かべるこの男に。僕は、ふと思ってた。この人は、闇を吸い切る直前の人なんだと。だから笑顔なんて脆いもので自分を肯定し、守っている。まるで最後の砦。…なんて、可哀想な男だろう。兄さんが守った。残した男。その命を奪おうと躍起になった。だって、酷いじゃないか。兄さんは僕のたった一人の家族だったのに。

『俺は神様に嫌われてるから、中々死ななかった。それどころか、ナグラさんにまで生かしてもらった』
『ナグラさんの弟を、殺せるわけないだろ』

無様に情けをかけられて生きながらえるくらいなら、殺して欲しかった。惨めな自分を見たくなかった。だけど奴は意味不明なことばかり。自分勝手に決めて僕の意思は関係ない。なんて傲慢なんだろう。…だけど。あの人が、僕の為に一人でここまで駆け抜けてくれたから。僕は今。新たな生を授かり、ここにいる。

『今からお前は"イヅル"だ』

なんて様だよ。ねぇ、兄さん。兄さんも、あの人のそんな所が気に入ってたのかな。どんなに自分が蔑まれようと。嫌われようと殺意を向けられようと。両の手を広げて受け入れるような奈良シモクを。真っ直ぐな眼を。だから、自分の命よりも価値があると、思ったのかな。…僕は、兄さんが誇らしい。そんな兄さんを殺したシモクを許せない。…だけどね、兄さん。兄さんのことを本当に尊敬してたんだって、あの人。嫌なくらい、伝わるんだ。澄ました顔していると思ってた。感謝なんて一欠片もしてないんだって思ってた。…それは、間違っていた。

『暗部達の功績は称えられない。だけどあの人達は、紛れもなく火の意志を持った人達だった』

自分の心境の変化に嫌気が差すけど。…なんか、もういいや。

『…変な人ですシモク先輩は。……ですが、火影様。過ちを犯したこんな僕を。また暗部で使って下さるというならば。僕は今度こそ貴女と里に忠義を尽くします。そして…もう一度僕に生をくれた、馬鹿でお人好しなあの人に、一生ついて行きます』

今度は、僕が。兄さんの代わりになってやるよ。僕の方が10も若いし。あの人おっさんになった時、なんかトロそうだから。人の命を奪うのが苦しいなら僕が。闇を吸いそうになったら僕が。だってもう、そう決めてあげたから。



「大丈夫?」
「うるさい!寝てろ!」

…イヅルって、こう、なんかシカマルに似てるなぁー…なんて言うんだろう…。つんでれ?つんの割合多いけど。

「いいから、こっち」
「!離せ!」
「はいはい、ちょっと静かにね」

救急箱ならシカマルが備え付けた物がある。肋骨以外もう殆ど痛みを感じない体を起こしてイヅルの指に絆創膏を貼り付けた。やると思ってたんだ。包丁で指切るの。目の前に置かれたのは血混じりの林檎で、少し笑ってしまったら不機嫌に椅子にどかりと腰掛けた。

「なぁ、あんた。……任務にはいつ復帰するんだ」
「肋骨がくっ付いたらかな。他はもういい。爪も生えてきてるし十分休んだ」

……それに、テンゾウさんから時々、暁の情報を貰っている。イタチの事が、気がかりだ。俺もここでずっと日がな一日寝て過ごすわけにはいかない。

「…イヅル、お前の任務でもし、暁の情報が少しでも入ったら俺に流してくれないか」
「それは、なぜ」
「暁に、友達がいる」

心底、わからない。なに言ってるんだ。そう思ってる。暁の事はイヅルも知っているから。だけど、イタチは俺の大事な…

「本当のことを言うと、あいつをもう一度…木の葉に連れ戻したいんだ」
「…暁で、元木の葉の忍…うちはイタチ?」
「うん、俺の友達だ」
「先輩、それ間違ってますよ。僕は里と火影に忠誠を誓った。だから冷静に見れる。暁は里の、国の脅威。即刻排除が望ましい。」
「イタチは違う」
「同じです。どこまで親しかったか存じ上げませんが、彼はS級犯罪者。それも暁に加担するなら同罪です。また疑われたいんですか」

イヅルの目が非難気に釣り上がる。テンゾウさんにも言われたこと。俺が、里の意思に背いているのは分かっている。いつの間にかS級犯罪者なんて呼ばれて。ビンゴブックには載って。久々に会えたら、お前は暁だった。偶々…偶々、道が別れただけだ。俺とイタチの道が。イタチだって、覚えているだろう。俺が覚えているように。"俺は…この先お前がなにしようと、イタチはイタチだと思ってる"。

「イタチの友でいたい…俺はね、自分のことはいいんだ。守りたいものが守れればいい」

だから、お前の時もがんばれた。

「…自分のことを守れない奴が他人を守ろうなんて、おこがましいだろ。」

イヅルはそう零して。血混じりの林檎を残して瞬身で消えた。イヅル、いつかお前も気付く時が来る。本当に大切なものの為なら命すら懸けれるって。それとも俺が単に、お人好しなだけ…かもしれないけど。




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