04.幼さを映す鏡

8日ぶり。実に8日ぶりの木ノ葉の里だ。帰還したのはその日の深夜でもう里は静まり返っていた。朝と昼をずっと拝んでなかったせいか。または早くも暗部の過激な任務に汚染されてしまっているのか。シモクの表情は鹿の面でまったくわからない。以前のシモクならば出来なかったであろう身軽な動きで最小限の音を立て、屋根を伝う。そうして自宅の玄関に辿り着く。横式の戸をカラカラと音を立てながら開けばそこには、

「……ご苦労だったな」
「父さん……」

シカクが立っていた。気配で気付いてここに来たのだろうか。寝巻のままで。

「……起こしたならごめん。次からは玄関からじゃなくて部屋の窓から入るようにする」

兎に角、早く遠征の疲れをとりたかった。殆ど寝ずに走ってきたのだ。それに自分にこびりついた血や汗を一刻も早く洗い流したかった。シカクの目を見ることさえ恐怖を感じていた。こんな血塗の自分だ。

「シカマルの奴、会いたがってたぜ」
「……父さんは、こんな姿でシカマルに会えって、そう言うの」

面を付けたまま、それ越しで父を睨みつけた。今はそっとしておいて欲しい。構わないで欲しい。シカマルを思い出させないで欲しい。…どうしても、そう接されると、辛くなってしまうから。苛立ちはむしろ広がる。これ以上シカクと話をしていたら理不尽に切れてしまいそう。シモクは面を外さずに靴を脱いでシカクの横を通り過ぎた。心の中で、謝りながら。

「…ねぇ、父さん」

静寂。虫が鳴く音が小さく微かに家の中にも入ってきた。シカクはなにも言わない。なんでもない。シモクはそう呟くと今度こそ自室へ消えてしまった。生きていたことが奇跡だった。いや違う。奇跡なんかじゃない。シカクはシモクの消えた薄暗い廊下を見据えた。シモクの暗部入隊は実は結構前から持ち上げられていた。平々凡々なシモクだが、彼には十分な素質が備わっていたのだ。暗部としての資質。それを三代目火影は見事射抜いてみせた。現に、いままで普通の下忍のDランク任務をしていた者にSランク級の任務は死に場を提供しているようなものである。だが、シモクは帰還した。この事実が、そういうことなのだ。仮にもしシモクが殉職した場合は失敗であった、その言葉で片は付く。暗部入隊に最終的に許可したのは紛れもなくシカク自身。すべて里の為。里のためなら死をも厭わない、それが暗部だ。シカクは小さく、重い溜息をついた。すまない、の一言で済まされる問題ではない。確かにシカクは息子の意思を無視した。それは事実なのだ。
毎日いた場所。我が家、それがなんだか急によそよそしいものに変わってしまったかのよう。風呂に入ったら着替えを持ってまた戻る。いつ召集がかかってもいいように。血と汗に塗れた暗部服を脱ぐ。

「まさか自分が生きてるなんて…」

絶対に死ぬと思っていた。実力の有無はどうであれ、紛れもなく階級は最低ランクの下忍であったのに。暗部の戦闘で生きているなんて。または帰還することが出来たなんて。有り得ない。自分が有り得ない。未だに残っている血の臭いと残像。右手に持ったままの暗部服が更に鮮明に思い出させる。ハッと気づく。目の前の鏡に、鹿の面をつけた暗部がいる。部屋に漏れる月明かりに照らされて。そしてもう一つ。何故気づかなかったのだろう。考え込み過ぎていてこの8日間で身につけさせられた気配を読み取る習慣がもはや鈍ってしまったのだろうか。それとも知れた気配だったから油断したのだろうか。鏡越しに見る。後ろは振り向けなかった。

「なんで…起きてるんだよ…シカマル」

襖が開かれていて、そこに見える小さな人影。影を操る奈良一族。その才はしっかりとシカマルにも受け継がれていた。いつ覚えたのか、一丁前に影真似の術でシモクの影を捕まえている。

「…兄貴か?」

少し遠慮した声が耳に入る。そうか。面をつけているから確認が取れないのか。

「聞いてるのは俺なんだけど…何時だと思ってんだ」

声が震える。ばれないだろうか。

「しらね」

生意気さも健在か。シカマルの影がひゅるひゅると戻る、まだ使いこなせていなかったらしい。

「…なんで暗部の面被ってんだよ兄貴…」

そんなわかりきったこと質問しないでくれ。

「…暗部に入隊したからだよ。あの日から、長期任務だったんだ」

早くどこかへ行ってくれ。シカマルにこんなこと思うのは初めてだった。むしろうざがられるくらいにシモクの方から絡むのに。苛々する。幼いから故、思ったことは素直に口に出す年頃。それは十分に承知済みだ。ただ、今は状況が状況だ。自分は血塗れた暗部服を片手に、面を顔に付けたまま。おまけに先程誤ってぶちまけたクナイが畳の上に転がっている。物々しい。シカマルはそんなシモクの背中を見つめながら一歩、その部屋に足を踏み入れた。シモクがシカマルの事を理解しているように、シカマルもまたシモクを理解しているのだ。子どもは、何も考えていないようで実は物凄く様々な事を考えていると聞く。シカマルが近づいたことに気付いたシモクはその分シカマルとの距離を広げる。

「……疲れてるんだ。早く…自分の部屋に戻って」

精一杯の言葉だった。そんな絞りだすような声に黙り込んだシカマルは言葉を紡ごうと口を開きかけたがそこは空気を吸い込むしかしなかった。兄の物言わぬ背中が、とても小さく見えた為に。




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