50.いつかを結ぶ蝶を追う

「兄貴!!!!」
「シカマル!しーっ!!」
「…新が言えたことじゃないでしょ」
「新さん!カカシ先生!兄貴は…」

カカシは静かにシカマルを手招きした。シモクの顔を覗き込むと、一瞬息を止めた。

「…………」
「大丈夫、致命傷は避けてる」
「…」
「…シカマル!」
「!」

シカマルの目は揺れていた。いつものシカマルらしくなく、頼りなさげに。その顔に、まだまだ幼かったネジを垣間見た。強張る顔のシカマルに新はそっと笑んだ。

「シモクは、耐えたよ」

新とカカシ、テンゾウは静かに部屋を後にした。テンゾウが座っていた椅子に腰掛ける。…耐えたってのか。5日間、森乃イビキの拷問に。他人の、しかも自分を襲った奴の命の為に。

「兄貴は…馬鹿だ」

馬鹿で、後先考えずで、超がつく程のお人好し。

「俺だってよ。もう、あんた一人守れるだけの力はあるつもりだぜ」

…あんたにしてみれば、まだ未熟かもしれないけれど。背中を追いかけ続けて何年。掴みかけているんだ。やっと追いついて、その腕を掴んだなら。次は俺が引っ張って歩いてやる。兄貴が兄貴として、気負わないように。過去が寂しかった分、未来は幸せに満ちるように。耐えに耐えたシモクを見下ろして、ゆっくりとその手を掴んだ。生きている。こんなに怖かったことはない。サスケ奪還任務以来の、人の命が本気で消えると思った。拷問は致命傷こそ外すがじわじわと痛めつけて精神を追い込む。拷問のスペシャリストである森乃イビキが担当だったなら、シモクはどんなに苦しんだろう。怖かったのかも。一言、たった一言、肯定すれば解放されるのに。それなのに。最後の最後まで。口を割ろうとしなかった。…尊敬するぜ、兄貴。包帯が巻かれて分かり辛いが、確かに脈を打つ掌が。呼吸をしてそこにいるのが。心の底から、嬉しかった。


薄ぼんやりした視界がすぐに鮮明になる。これも忍として培われてきた習慣の賜物だ。心地よくて、寝ていたのだろう。カーテンが開きっぱなしの窓はもう日が暮れていた。シカマルは欠伸を噛み締めると視線を落とした。

「…兄貴!?」

ベッドの上にシモクの姿はない。どこへ…。あの日の記憶が脳裏を掠めた。また、他の暗部達に連れて行かれてしまったのだろうか。そして、向こうで治療を受けているのだろうか。一瞬で状況を弾き出した瞬間、扉が横に開く音で我に返る。目が合うこと、実に5秒。

「なにしてんだ馬鹿か!肋骨折ってんだぞ!」
「やっぱり!?」

腹辺りを摩って扉から出てきたのは、本来まだベッドに押さえつけておかなければならない程重傷を負っているシモクで。目が覚めた喜びよりも、何故歩き回ってるのか。そのことに憤慨した。折れてるかもしれないと思いながら徘徊してたってのかこの馬鹿兄貴は。

「…なにやってんだよ必要なら起こせよ」
「気持ち良さそうに寝ていたから、起こすのは可哀想かな…って」

へらり。頬を掻いて笑うシモクに、シカマルは呆れたように溜息を吐いた。

「…体、平気か?」
「舐めてもらっちゃ困る。俺は木の葉の暗部だよ」

言ったそばから。ぐらつく体にいち早く反応して両脇に腕を通して支えてみれば、なにが木の葉の暗部だ。

「随分軽いじゃねーか、兄貴」
「……」
「痛かったろ」
「…まさか、全然」
「怖かったろ」
「怖いわけあるか…」

ほら。もうこうしてあんたを支えられるんだぜ。多分腕も脚も腰も、俺の方が太い。背はまだあんたの勝ちだけど、その内すぐに追い抜かす。少しだけ震える声を聞こえないフリして兄貴のプライドを守る。

「……帰ってきてくれて…さんきゅー、兄貴」

ぼろぼろになっても。なにがなんでも、いつでもシカマルのところに帰ってくる。帰還屋、奈良シモク。今までこんなことにも気づかなかった。シカクの話と今回の件で分かった。俺は俺が思う以上にこの馬鹿な兄貴が大事だ。

「…どういたし、まして」

腫れて持ち上がらないシモクの手はシカマルの背中に回ることはないけれど。シカマルに預けた体は力を抜いて、信頼を全面に出して寄りかかっていた。それだけで、自分がその背中に近づいているんだってことを、兄貴に認めて貰えた気がした。


泣いてもいいと、シカマルは許しただろう。だけど今回は俺の我儘で周りを巻き込んだ。それなのに俺だけが女々しくも泣けるものか。大きくなったシカマルの成長を思わぬところで実感するだけで、それだけで俺、頑張れちゃうから。むしろ最上級のご褒美だから。

「シモク、良かった起きたみたいだね」
「!テンゾウさん」

シカマルは中忍試験の準備の為、さっき帰った。シカマルの成長の余韻に浸ってた俺は気づくのに1秒遅れた。ズルズルと椅子を引っ張ってきて腰掛けたテンゾウさんは俺を数秒見つめながら口を開いた。

「…本当にタフだね、君」
「え?」
「木の葉崩しでナグラさんの訃報が届いた時、僕は彼の遺言に従って君がどんな人間なのか観察していたんだ。」
「…お初耳…ですね」
「暗部の墓場で初めて会う前から…タフな子だとは思ってた」
「一種の長所ですから」

「だから、いいよ」
「?」
「怖かった、と。そう言っても」

大きな手が頭をわしゃわしゃと撫でて、真っ黒い大きな目がいつもより優しいことに気付いて。あぁ情けない。テンゾウさんの方がほんの少しだけ歳上なだけで、俺だっていい年した大人で、男で。今回の件の原因なのに。本当に泣きたいのは任務を途中放棄させられて突然帰還させられ、事情を火影様に話して、休む間もなくここにいるテンゾウさんの方だ。

「…怖くなんて、ありません。俺は暗部ですし…それに今回の件で、そんな事を言える資格はありません」

テンゾウさんは、優しい人だから。本当に、暗部にはそんな人が多い。人一倍冷め切っているのに、人一倍情に厚い。

「それに俺、テンゾウさんが言うようにタフですから。自分の体はどうでもいいんです。守りたいものが守れれば十分です。」

この痛みと引き換えに、俺はツルネを守れたのだろうか。反応がないテンゾウさんをちらりと盗み見れば…あの、例の怖い顔でこっちを見ていた。見るんじゃなかった。瞬間、違う意味で泣きそうになった。あの優しい目はどこにいってしまったのか。どやされる時と同じだ。大きな目に、なんでか知らないけどいい感じに影ができて怖い。果てしなく怖い。

「ツルネは尋問中。それと、火影が君に話があるそうだから明日ここにおいでになるそうだよ」
「っ!ツルネは、どうなるんですか!」
「ちょっと!起き上がらない!」
「ツルネの件ですが!テンゾウさんも知っての通り、全て俺の独断で行ったことなんです!ツルネはなにもっ!」
「分かってる、それを明日火影に全て話すんだ。」

ツルネが火影に渡ったのは、テンゾウさんからだ。カカシ先輩がテンゾウさんを任務から呼び戻して俺を解放してくれたんだ。でも、それでツルネが助からなかったら意味がない。

「ツルネの心配ばかりしていないで、君は君の心配をした方がいい。いくら彼を守る為とはいえ火影に嘘の報告を述べ、死体の偽装を図った事など、確実に君は火影の信頼を傷付けたんだ」
「…」
「ま。今はよく休むこと。君は解放されたばかりなんだから」
「テンゾウさん」
「なんだい?」
「重ね重ね、…ありがとうございました。」

テンゾウさんがいなければ、俺は今だに口を閉ざし、自分ごとツルネの件を抹消していたかもしれない。彼はなにも言わないで軽く背中で手を振って瞬身で消えた。

「…俺あなたの部隊に編成されて、良かったです」

誰もいない部屋で、ぽつりと呟いた。


「…へえ、それでニヤニヤと…」
「してないですよ!」

一楽のラーメンを啜りながらにこやかなカカシ。テンゾウはシモクの最後に呟いた一言が耳に入ってしまい、なんとも言えない感情を持て余しながらカカシと遭遇し、今に至る。きっと奢らされると覚悟しながら。

「でも、良かったよ。今だに第4小隊の事を気にしてるのかなーって思ってたから。お前が気にかけてやってる証だな、テンゾウ」
「ナグラさんと貴方から託された子ですからね。そりゃ気にかけますよ。彼は…なんていうんですかね…甘いとかの次元ではなく本気で人に情けを掛けている感じがするんです。それが自己犠牲的というか」
「元から優しい奴だったからねぇ」
「…一番に分からないのはうちはイタチの事です。彼はS級犯罪者。以前カカシ先輩も一戦交えましたよね」
「あぁ」
「イタチに手が出せなかった、と言っていました。大切な存在だからと。ですがイタチは暁。木の葉の脅威になる存在ですし、」
「…」
「シモクの内部にうちはイタチを侵入させてはならない、そう思うんです」
「…テンゾウ、お前さ」
「はい?」
「シモクと居ることで、ちょっと変わったな」
「…え。は?」

カカシはごちそうさん、とテンゾウの肩をぽんと叩き、早々に暖簾を潜ろうとして、止まる。

「お前が阻止してやればいーじゃないの。シモクを守りたいんでしょ」

ひらりと片手を振って今度こそ暖簾を潜った。

「…って、やっぱり代金、僕持ちなんですか」

テウチのまいどあり!が威勢良く響いた。




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