49.静寂をすり抜けて

シモクが拷問部屋に入れられてから、4日が経った。瞬きすら億劫になったのか、じっ、と一点を見つめることしかしなくなった。床に溜まる血は夥しく、それでも致命傷を外すところがイビキだ。扉の近くに立ち竦み、後輩が崩壊していく様を眺める俺は、どんだけ冷酷なの。シモクは立っていることも出来ずに両手を拘束されたまま座り込んでいた。気を失っているのか、起きているのか。目を開けているのに、それすら判別できない程、生気が無かった。

「…シモク、話して」

目の前にしゃがんで、その口から真実が紡がれるのを待つ。俺だって、こんなお前見ていたくない。大事な仲間で後輩で。片膝をつくと、シモクの血がじわりと染み込んだ。

「ツルネは、生きてるよね?」

静かに問うも、頷くことも、イエスと答えることも無い。

「…このままじゃ、お前本当に、死ぬよ。…たった一言。いや、頷くだけでいい。それだけで、拷問は終わる」

お前がこんなことになる必要は、ないでしょーよ。…末恐ろしい程、シモクはお人好しだと叩きつけられた。どれだけ暗部として有能でも、こんなことになるなら、シモクは暗部に向いていない。他人の為に、自分の全てを犠牲にするなんて。…それの対象が里に向いたなら、また意見は変わるが。

「…」

開いていた焦茶色の目に瞼がゆっくりと落ちた。シカマルと同じ少し切れ長の目。眠ったのだろうか。耳を口元に近づけないと確認出来ない程、息は浅い。

「カカシさん。この前、任務中のテンゾウに文を送りましたよね。返答が来ています」

外に控えていた暗部が扉越しにそう報告してきた。やっとか。部屋を出て受け取った文を解けば短く一言。"直ぐに戻ります"…いや、短過ぎるでしょ。でも今の状況を把握したのだろう。余程急いでいるのか文は走り書きだ。

「早く戻れテンゾウ。お前ならなにか知っている筈だ」

固く、固く口を閉ざすシモクがテンゾウに事を話している可能性は低いが。少しでもなにか情報があれば、早くこの拷問を終わらせることができる。



「拷問尋問部隊だなんて…」

任務を仲間に任せ、木の葉への道を折り返していた。どうやら自分が木の葉を離れている間に色々なことが起こっているようだ。カカシから飛ばされた鳥に括り付けられていた文にはシモクが拷問部屋に捕縛されている事と、早急なる帰還を求めるものだった。迂闊だった。やはり一人で任せるんじゃなかった。自分もシモクの要望を受け入れたのだ。責任は同じだけある。早く木の葉に戻り、真実を伝えなければ…!ナグラから、カカシから頼まれたシモクを死なせるわけにはいかない。自分は、シモクを先導するようにと言われているんだ。いや、むしろもうそうしてあげたいと、自発的に思っているんだ。というか、そもそも拷問にまで至っているのに何故真実を話さないんだ、シモクは!苛立ちの感情で木を飛び移る足に力が入る。元からお人好しな性格だと分析していたが…ここまでくると狂気的だ。…なにも考えるな。今はなにより、早く木の葉に帰ることを。気持ちに合わせるように、脚も速く動いた。テンゾウが木の葉に辿りついたのは5日目の朝だった。

「五代目!!」
「お前は、…テンゾウか!」

綱手は筆を止めてテンゾウを見上げた。猫の面を外して汗も拭かずに口を開く。

「ツルネは、確かに生きています!僕の部隊で治療中です」
「な…!」

意外な人物からの、追い求めていた真実がついに発せられた。

「奈良シモクはその日、確かに奇襲に遭いました。6人を捕縛し正式な暗部として2人を残してツルネ含む4人は今、再検討し更生の見込み有りとして僕の隊にいます」
「何故黙っていた!早く報告していたら、こんなことになっていないぞ!」
「申し訳ありません!彼はツルネと他4人を改名させ、死んだと火影様に報告を。死体の件もシモクの偽装です!シモクは裏切り者の末路を知っています。ツルネを、死なせたくはなかったのでしょう。」
「拷問部隊にすぐに伝達しろ!奈良シモクの尋問は終わりだ!」



「馬鹿なことを…お前知ってたなら俺に言いなさいよ」
「さすがに暗部を退いた先輩には話せませんよ」
「つまり…シモクはツルネを、助けたかっただけってことなの」
「はい、ナグラさんの弟を死なせることは出来ないと…」
「それならそうと、言ってくれればこんな…」

拷問部屋から解放され、火影直々の治療を受けたからか、シモクの表情は心なしか穏やかだ。穏やかだが体に刻まれた拷問の痕は消えはしない。肌色が見えなくなる程包帯で巻かれたシモクを囲んでその顔を覗き込む。

「ツルネは?」
「火影様の尋問にあっています」
「…そう。こいつがどう頑張ったって、最後はこうなった…本当に、馬鹿なやつだな」
「…はい」

カカシは呆れ溜息を零した。体を張った意味はあったのだろうか。それに決断を下すのは、火影だ。

「…ま、シモクがここまでやって守ろうとしたんだ。五代目も検討するでしょうよ」
「そうですね、ツルネがイヅルとして態度を改め、立ち振る舞うならですが」

会話が一度途切れた沈黙の中で廊下を走る音が響いた。地響きのように。…ここに向かってるんじゃないだろうな、まさか。テンゾウは地響きで揺れるシモクとベッドを押さえた。ズドドドドドドドッバァン!!!

「シモク!!!無事か!!!」
「任務でしくじったと聞いたぞ!!」
「…お前らなぁ…」

予想通りと、予想外。日向新と土中オクラだ。2人はシモクと同じ下忍時代を過ごしてきたと聞いている。

「うむ!顔色もまずまずだな!新が血相を変えて走っていくものだから、ついてきて良かった!」
「あー…そういえばオクラ居たのか」
「本当にお前は冷たい男だな!」

ぎゃいぎゃい騒ぐ2人の姿に、カカシは己の班の生徒を思い出した。懐かしいなぁ、と思う反面、ちょっと騒ぎ過ぎ。

「はいはい、君達。騒ぐなら病室から出る。」
「あ、すんません。」
「そういえば、自己紹介が遅れたね。僕はテンゾウ。シモクの所属する部隊の隊長をしている」
「俺は日向新といいます。シモクとは同じ下忍時代、スリーマンセルを組んで居ました」
「同じく土中オクラです」

新がカカシをちらりと見た。怪我の具合を知りたいのだろう。

「ダイーイジョウブ。致命傷は負ってないから」
「しかし、シモクはどんな任務を。ここまでの姿は初めて見るぞ」
「…うーん、暗部の任務だからね。口外は出来ないんだ」
「…そうですか。シモクはなんでも溜め込む奴だから、心配がつきないな。」
「オクラ、俺たちの纏め役買って出てくれてたからな」
「あぁ!物っっっ凄く手を焼いた!」

ばっ!と片手を目の前に翳すも新はその手を素早く降ろしてやった。こう、無駄な動きが多い。

「む、俺も任務が入っている。そろそろ行くぞ!新、シモクを頼んだぞ」
「勿論だ。安心していってこい」

オクラは歯を見せて笑うとシモクに一言挨拶してから病室を出た。

「……シモクは話したってことですか」
「いや。僕が事の概要を知っていて、真実を火影に話したから取り敢えず、尋問から解放されたんだ」
「ナグラの弟を死なせたくなかったってだけらしい」
「…なんで、こいつは…こんな、馬鹿なんですかね…」

辛うじて見える肌も紫か。火傷を負って赤く腫れているかだ。目もぼっこりと膨らんで、眼球が潰れていないか気掛かりだ。

「今回の件は隊長として、またシモクの要望を聞いた僕の責任でもある。すまない」
「こいつが馬鹿なのがいけないんです。俺の方からも謝ります。シモクの我儘を…ありがとうございました」
「シカマルに連絡はしたのか?」
「はい、来る途中に口寄せで…」

ドタン!廊下から新達と変わりない程の足音が聞こえた。




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