48.麗しいほどの青は何処

「親父」

奈良の森が見渡せる縁側。父親の背中に声をかける。間延びした声。ぱちり。ぱちりと将棋を打つ音が聞こえる。

「付き合え、シカマル」

座布団を向かい側に置かれ、素直に座れば駒を渡される。

「どうした、その顔」
「…別に、なんでもねーよ」
「の割りには、なにか聞きたそうだな」

シカクも、ヨシノも。シモクが拷問にかけられていることは知らない。箝口令が発令している。例え身内であろうと、これだけは漏らせない。

「兄貴のこと」
「今度はなにを聞きたいんだ?」
「…兄貴は、家より他に居場所を求めてたらしいんだ…兄貴の居場所って、どういう意味なんだ?」

指に挟んでいた駒を置いて、シカクは顔を上げた。

「…そうだな。話すと、ちと長くなるな」

シカクは自分の耳をとんとん、と指先で弾いた。

「最初の始まりは、そのピアスだ。」
「これが?」
「そのピアスは俺といのいち、チョウザが猪鹿蝶として木ノ葉が興る以前より深い関係を持ち、結束して代々里を守ってきた証でもある。そのうちできる俺達の子どもに引き継がせようと話していた程だ。」

奈良家は一足先に息子が産まれた。待望の我が子だが早過ぎた為か、猪と蝶がいなかった。

「シモクは猪鹿蝶になれない」

その数年後、産まれたのがシカマルで。丁度同時期。山中家に娘、秋道家に息子が産まれた。猪鹿蝶が揃ったのだ。

「猪鹿蝶を担う者にピアスを譲る。俺はお前にこれを譲った」
「…じゃあ兄貴は、それのことで」

シカクの顔で察した。

「自分は奈良に必要だったのか。子どもながらに一人、悩んでいるのが目立っていた。…シカマル、そんで実はシモクは最初からお前を大事にしていた訳じゃねぇんだ」

シカマルは首を傾げた。物心ついた時から鬱陶しいくらい絡む兄しか見て来なかった。

「ピアスを受け継いだお前を、むしろ疎んでたかもしれない。だからお前を抱き上げることも近づくこともしていなかったんだぜ」
「…初耳だ」
「あいつにどんな心境の変化があったのかわからねーけど。ある時期からお前を心底可愛がるようになってな。」

確か、這って歩けるようになった頃。縁側でシモクが初めてシカマルを抱き上げて、シカマルの名前を呼ぶ。その姿が、昨日のことのように蘇る。

「なにするにもシカマルシカマル煩くてよ」

そこからは、シカマルが知る兄の姿。少し安心する。

「だが、あいつの闇は広がっていたんだ。いくら優しくても、周りからの非難には堪えていた。シモクはお前より影の力が薄いのわかってるだろ」

わかっている。シモクよりシカマルの才が上だと。

「火影からシモクの暗部への要請がきた時、俺は思ったぜ。奈良として生きるより、暗部として生きていた方が幸せじゃねーかってな。それで承諾したんだ。だからシモクはここよりも暗部組織に拠り所を感じ、"居場所"と呼んでいるのかもしれないな」

血塗れた暗部服を片手に、面を顔に付けたまま。クナイが畳の上に転がっている。部屋で最初に見た暗部の兄貴。違う。兄貴は苦しんでた。暗部に入れられて、苦しがっていた。でも、優しい兄貴だから。不満一つ親父に漏らすことはなかったんだ。兄貴は暗部に入れられた理由を知らないと言っていた。知らないのに、9年も尽くしている。

「今じゃ暗部の重鎮を担っているらしい」

なんで。知りたかった事が聞けたのに。兄の過去が明るいものではなかったこと。家に居場所を探し、見つからなかったからこそ。暗部組織を自分の居場所だと思う。悲しいのは、兄だった。どれほどの努力で俺を弟として好きになってくれたのだろう。ピアスを受け継いだ俺に。影の力を受け継いだ俺に。あんな優しい笑顔と温かみを俺にくれて。対する自分は、全く貰わないで。そんなこと、知らなかったから。俺は素直に物を言って突き放した。兄貴なら、平気だろうと。ガタガタに崩れた兄貴を見て。初めて気付くんだ。

「家でシモクを見ないが。急にそんなことを聞きたがるっつーことは、なにかあったのか?」

IQの高さならシカクも劣らない。確信があるのか、そう聞き返された。シカクがそう聞くのは、医療のスペシャリストである綱手が直轄暗部の過労を見越して、休みを増やしたことで。家にいることが多くなったシモクを見ているからだ。ヨシノも久々に居間にいるシモクを見て嬉しそうに目元を緩めていた。修行や、冷蔵庫のソーセージの奪い合い。やっと兄弟らしいことも、できていたのに。

「…兄貴は、大丈夫だ」

シカマルの言葉に目を細めてからシカクは、ぱちりと駒を置いた。

「シカマル」
「あ?」
「今度は、お前が守ってやれよ」

王手をかけられた。

「…わかってる」

親父には。やっぱり敵わねぇ。


痛覚は、時折麻痺するものだと知った。カカシ先輩は相変わらず見ているだけ。なにも言わないければ、なにもしない。俺も、とうとう否定の言葉すら紡げなくなった。口を開閉しただけで血が出る。赤、はもう見飽きた。世界は赤と黒しかないのかというくらい。もう何年もここにいるかのような錯覚。…いや。居たじゃないか。俺は、ずっと、赤と黒の空間に居たじゃないか。そうだ…シカマル、元気かな。傷付けてしまったから、少し気がかり。シカマルは大事過ぎて、怖くなる時がある。俺の存在を肯定してくれたシカマル。何よりも。誰よりも。嬉しかったから。シカマルが赤ん坊の時のこと、覚えてる。口を大きく開けて、だるそうに唸る子だったから鹿柄のタオルで溢れる涎を拭ってやって。兄ちゃんから、兄貴、なんてかっこつけて呼んでくるようになって。…あれ?なんでこんなに浮かぶんだろう。まるで、走馬灯みたい。嗚呼そっか。幻術は、まだ続いているのか。シカマルの幻術なら、俺むしろ喜んじゃうよ。笑顔になれちゃうよ。頑張れちゃうよ。




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