46.幾つ数えたら貴方の夢に行けるでしょうか

視界を遮られる瞬間、森乃イビキさんとカカシ先輩、そして俺の腕を後ろに拘束する暗部が見えた。イビキさんが居るということは、俺…。

「…シモク」

カカシ先輩の小さな小さな声が背中から聞こえた。…カカシ先輩でも、声が少し震えるくらいの拷問が待っているのだろうか。そうだよ。だって俺は今、里から疑心されているのだから。火影の目は木の葉の目。里長が俺を信用できないと判断したから尋問されて、果ては拷問部隊に引き渡されたんだ。全く…自分に呆れる。なんで、俺はこうなのだろう。そう嘲笑する俺と、これでよかったんだ。俺はツルネ…ナグラさんの弟を守るんだ。そう息巻く俺がいる。数人の足音が響く音を聞きながら、シカマルを思い出した。わざわざ2人きりにして、本当の事を言えと。気を遣って、チャンスを何度も何度もくれたんだ。それを跳ね除けたのは、やっぱり俺で。俺の嘘の言葉で、シカマルの表情は絶句したかのような…そんな、顔。弟に、そんな顔させたくはなかった。だって、俺は何度もシカマルを苦しめてきた。今だって、かなりの心配をかけている。

「…部隊こそ違うが、同じ暗部として呆れたものだ。奈良シモク」

イビキさんの低い声が、地を這った。ボフン、と口寄せ独特の煙の音。嗚呼…拷問部屋が口寄せされたんだ…。

「さぁ…その口、こじ開けてやろう」

目隠しを取り去られた時、イビキさんの背後から溢れていた光が重い扉の向こうに消えていった。


「いのちゃんやチョウジ君、中忍試験の受験者にこの件は一切漏らさないように。箝口令だ」

俺の言葉に、シカマルはこくりと頷いた。尋問部隊に引き渡され、まるで罪人のように連行されていくシモクを遠目から見るだけしか出来なかった。カカシさんも、俺も、シカマルも。酷い顔をしていた。オクラやシナガ先生にも、シモクの事は伏せておく必要がある。勿論…シカクさんやヨシノさんにも。

「シカマル、中忍試験の第一次監督官だったよな…」
「…はい」
「がんばれよ」
「…っす…」

酷な言葉かもしれないが、中忍試験が控えている。一つの事に時間を使っていられない。シカマルの心情を考えると残酷だが、仕方ないことだ。

「…新さん」
「ん?」
「カカシ先生が言ってた…"居場所"って、なんのことっすか…?」


幻術じゃない。痛み、匂い、感覚、脳内で算出するよりも早く伝達される痛み。イビキさんの上がる口角。カカシ先輩の細められる片目。磔られている自分の足元を見れば、見慣れた鮮血がぼたり。ぼたりと音を立てて溜まっていた。いや、下を向くしか出来なかった。頭が上がらない。完全に力が抜けていた。浅く呼吸をすることすら、苦しい。焼け石を身体中に当てられ、鋭い刃物で両の掌を刺され、爪を剥がされた。他にも、何度も、何度も。痛い、それを通り越した時、人は言葉すら発せられずに獣のように唸るしかない。喚いて、断末魔をあげて、喉が裂けても叫ぶ。自分が誰で、なにをしたのかすら。分からなくなるくらい。垂れ流される涙は止まる事なく溢れて傷口に染み込んでいく。

「ツルネは生きている、お前が生かしている、そうだな!?」
「あ"っ…ッ、う、あ"ぁぁぁあ"あああああああ"あ"ーー!」

激痛が身体中を巡った。脳がショートしてしまう。目の前がチカチカしてイビキさんの顔から色が消える。

「自分を襲った奴らに、何故そこまで情けをかける。おかしいと思わないか。本来ならここにいるのはツルネなのに、何故…お前がここにいる」

イビキさんの言葉が言葉に聞こえない。なにを喋っているのかすら。使い物にならない頭では言葉の意味を理解することは出来なかった。

「は、…、…ッふ」

口を動かしても、出るのは空気ばかり。魚のようにパクパクと開閉することしか…俺には。その時、視界が白く染まっていった。嗚呼…気を失えるんだ…。頭に浮かんだのはイビキさんでも自分から出る鮮血でも目を瞑るカカシ先輩でもなくて。ただ、今会いたいと願う、弟の呆れたような。そんな笑顔だったんだ。


「ごめん、俺も詳しく知らない…」
「…そっすか。どーも、」

シカマルの背中が横切って行く。カカシさんに聞きに行ったのだろうか。いや、カカシさんは…シモクの拷問部屋にいるのか…。

「新!」
「あ、…ネジ」
「お前、どこほっつき歩いてたんだ。」
「え?」
「昨日から様子がおかしかったから、なにかあったのではないかと思ったんだ」

ネジが前方から駆け足で来てくれた。あれ、…もしかして心配してくれたの?

「顔色が悪いな」
「あ…」

ネジの顔を見ていると、緊張の糸が切れる。
ぼろぼろと落ちる涙が地面に落ちて染みを作った。ネジが目を見開いたのが、ぼやけた視界で見えた。

「新?」

しがみつくようにネジの背中に腕を回した。俺と、変わらなくなってきた背丈。なんだよ…なんでお前。そんなに、頼もしいんだよ。

「っう、ッく、ああああ…!!」

シモクの拷問。シカマル背中。なんでこうなるんだよ。なんで、シモクは遠ざかるんだよ。なんで、シカマルは泣かないんだよ。色んな事がごちゃ混ぜになって、ぐるぐる回って、

「全く、お前ってやつは」

ネジの手がリズム良く俺の背中をたたくと、そのごちゃごちゃは融けていく。

「なにがなんだか分からないが…新は考え過ぎるからな。」
「っ、ひ、考える、ぜ…こればっか、りは…っ!」
「そうか」

まるでどっちが年下なのか。ネジはそれっきり、なにも言わないで俺の背中をたたき続けた。俺がシカマルの立場だったら。不安で、不安で、どうしようもなく潰れそうになる。家族にも、友達にも話せない。自分の中で必死に咬み殺すしかないその感情を。俺なら、絶対にできない。シモクが、今この時だって。どんな目にあっているのか、分からないなんて。




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