43.背徳ならば美しかったか

シモクさんがそれを望んでいないことは、言葉を放ってしまった後に気がついた。自分のことに手一杯過ぎて、シモクさんの都合も気持ちも考えず自分勝手に告白した。だから、子どもなんだ。2年前の自分に腹が立つ。綱手様に弟子入りを頼み込んだり、山中家の秘伝忍術取得にと、ゆっくりシモクさんについて考える時間も失われていた。シモクさんも、暗部として忙しなく働いている。もしかしたら今この時ですら里の為に身を削っているかもしれない。優しいシモクさんに、あたしの言葉は強過ぎた。だから、間違ったのはあたしの方だ。子どもなのはいつも…あたし。
シモクさんとは7つ離れていて。小さい頃は、シカマルとチョウジを両腕に抱えて遊んでいるその笑顔が好きだった。少し離れて見ていたらちゃんと気づいて手招きしてくれて。3人なんて絶対に重かった筈なのに。受け止めてくれた。猪鹿蝶のお兄さん。3人のお兄さんだけど、やっぱりシカマルが一番だから、シカマルずるいって思ったこともあるくらい。だけど3人の時は平等に遊んでくれた。優しい、優しい人。暗部に入ってしまって、表情に翳りが出来て。なにかにいつも悩まされている泣きそうな顔。だけど、変わらないんだ。あの頃のままで。変わらない強さも持ってる。シモクさんが一番大事にする女の子になりたかった。シモクさんは女の子関係には奥手だから、もしかしたら自分が一番近い場所にいるんじゃないかという自惚れ。…それがあったから。あの時、草間レンカに驚いて。焦って、やめてほしくて。気づいたら、気持ちが溢れていた。嫌だ、やめて。シモクさんを取らないで。あの人の全部を、あの女に渡したくない…!

「…よく言うわよ、自分」

無自覚な恋は突然、形となってシモクさんを貫いてしまった。ただでさえ、吃驚したよね。告白した時のシモクさんの顔は泣きそうな程で。あたしが、逃げたんだ。告白した事が恥ずかしくて、それだけでシモクさんの顔を見ていられなくて。自分で突きつけて、走って逃げた。シモクさんも追いかけることはしなかったから。綱手様との修行も一時終わり、帰路についた。綺麗な月。そういえば、シモクさんは太陽より月が好きだと言っていたことがあったっけ。
道の真ん中にふと佇む影が視界に入る。もう、道の真ん中に突っ立ってるんじゃないわよ。なんなのこの人。なんて、思いながらも近づく。一歩一歩近くなるにつれて、懐かしい記憶が脳裏を掠めた。いつだっけ。サクラと喧嘩した時、喧嘩なんていつもだけど。腹が立ちすぎて頬を膨らませて帰路についた時。シモクさんは待っていた。真ん中に突っ立って。甘いものが大好きなシモクさんは手作りケーキをあたしにくれた。シカマルの誕生日ケーキが上手くいったから調子に乗って作り過ぎちゃったって。

『女の子がそんな顔しないの』

…ねぇ。あたし、今もそんな顔してる?今も、頬を膨らませてるの?

「おかえり、いの」

2年越しに見た優しい笑顔は記憶の中の笑顔となにも変わってなくて。嗚呼、だめだ。懐かし過ぎて、涙が出る。なんで?どうして?色んなものがぐちゃぐちゃになる。でも、シモクさんがなにを言いに来たのかは、すぐにわかった。

「ごめんね、いの。お待たせしました」
「ごめ、っなさい、あたし、…!」
「ううん、いのはなにも悪くない。いのを追いかけることも出来ないで2年も繋ぎとめてしまったのは俺だ」

違う、違うよ。

「いのの気持ち、嬉しかったよ」

あたしが勝手なだけだったの。

「妹みたいに見てたから、ごめん吃驚して、」

悩ませて、ごめんなさい。

「2年間も、すいませんでした」

腰を折って、シモクさんの頭が下がる。シカマルと同じ色の髪がさらりと揺れる。なんで、あたしが謝らせてるのよ…謝らなきゃいけないのは、あたしなのに。

「そして、ごめんなさい。俺はいのの気持ちに答えることは出来ない。理由は俺が…」

わかってた返事だった。わかってたのに。

「…暗部に所属している俺がいのの側にいちゃいけないんだ、それに俺はいのを可愛い妹だと思ってる。家族愛以上の気持ちは…ない」

わかってる、わかってたよシモクさん。

「それを言うのに2年もかかった。…こんな俺を好きだと言ってくれて…ありがとう」

でもね、かっこよすぎるよ。最後まで優しいと、諦めきれないじゃない。暗部でもなんでもいい。あたしはどんなシモクさんでも好きなの。だけど…シモクさんはそうじゃない。嗚呼、またここで出るんだ。子どもじみたこと。

「…あたし、は、シモクさんが好き、大好き!だって、あたしの……お兄さんだから!」

シモクさんの側にいたいなら。あたしは妹でいよう。あれ?そう考えたら、少し気が楽かも…シモクさんは目を少し見開いた。

「…いの。俺を照らしてくれてありがとう」

優しい、優しい微笑。この笑顔は、たとえなにがあっても忘れないと思う。大好きだったよ、シモクさん。


「はぁ…」
「まぁ、飲め」

深海よりも深い溜息の連続をかまされた時、どうすればいいのか。経験上、放っとくか聞き流すか飲ませてし沈めるかなのだが。どうやら今日も可愛い従弟、ネジのことについてらしい。わかってた。わかってたんだけれど。

「最近ネジが大人面してくるんだ」
「大人面…」

実際、それは最近の出来事ではない。昔からネジはクールな性格で冷静沈着。常に周りをよく見ている、あの世代の中では誰よりも大人だろう。頼りがいもあり、状況判断も早い。

「最近…のことではないだろう。昔からネジは冷静沈着、元からの性格だと思うが?」
「あれは照れていただけだ。なのに最近は俺の手もすり抜ける…どんどん遠くなる」

照れて…?いや、もうなにも言うまい。自分の手を見つめてまた溜息。

「…ネジが、遠くなる」
「新、子どもってのは思ってるより早く成長するもんだ、あっという間に」
「アスマさん子どもいないじゃん…あ、これからか。惚気?」
「ば、馬鹿か!それは今関係ないだろ!」

必死にその話題を回避するが新の顔の微妙なるニヤつきが腹立つ。

「ごほん…いやなに…例えば班の子どもとか」
「それがあったか。シカマル、よくやってますよ」
「あぁ、背負うものも増えたみたいだがな」
「背負うもの?」
「…俺はあいつに木の葉の玉はなにか、と尋ねた事がある。…新はなんだと思う」
「ネ」
「ネジ以外で」

即答する前に口を挟まれてぶすっとした目線が宙を泳ぐ。

「木の葉の…玉かぁ。考えたこともないよ」
「…玉はな、未来の木の葉を担う子ども達の事だ」

煙草の細い煙が草木と共に揺れては掻き消える。優しい目差しがいかに子どもを思ってるか伝わるようだった。

「シモクにも教えてやれ」
「…わかった」

玉。俺にとっての玉はやっぱり…お前しかあり得ないよ、ネジ。




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