42.途切れぬ会話の終着点

『私だって、もう小さい子供じゃない!!シモクさんは、もう幼馴染みのお兄さんじゃないの!』
『私は、…私はッ』
『シモクさんが…っ』

真っ暗の沼地のような中で、真っ白い光が叫ぶ。分かってる。いのが勇気を振り絞って、俺にその二文字を告げたのか。俺だって、それに気づかないほど疎くない。だけど、認められない。俺は長生きでいてあげられない。それに、いのに対しては家族的な愛以上に思えない。赤ん坊の頃から知ってる。猪鹿蝶の紅一点を担う子。シカマルやチョウジと同じピアス。俺には、過ぎたもの。その輝きは俺には勿体無いほど。…皆は違うと言ってくれるし、見て見ぬ振りをしてくれるけど。俺の両手は暗部の所業で染まってる。洗っても洗っても洗っても洗っても。ふと手を見ればあの光景が蘇る。ぽっかり空いた面の穴。降りしきる雨。動かない同胞。震える脚。地面に滲む鮮血。戦闘痕。忍として、この光景を見るのは珍しくはないはずだ。いのも忍として、これからどんどん大人になっていく。そんな光景を目の当たりにする日が必ず来る。だけど…。緑色のベストを着て、木の葉の額当てを堂々とつけれる忍とはまた違い、暗部は更に最下層の闇を見る。人の命を奪う事が、毎日の仕事だとしたら。それは人間とは呼び難いし、道徳というものがあれば反している事だ。だけど、俺達は守るため。すべては、里の為に。この手をどんどん汚していくんだ。汚すことで、里を守れるなら。どんなことだってしてしまうから。そんな真っ黒な俺にいのは不釣り合いでしょう?…わかってるのに。自分ではちゃんとわかってるのに。2年も先延ばしにしてしまったのは、単に光を手放したくなかったからだ。底冷えして、なにも見えない暗闇を。いのは眩しいくらいの光で照らした。シカマルの優しい光とは、また違った光。それを眺めていたら、慣れてしまった。眺めているだけで良かったのに。全部、俺の我儘が生んだこと。怒鳴られて当然。人の気持を弄ぶような真似をした。ごめん、ごめんね、いの。こんな俺を、好きになってくれてありがとう。待たせたけれど、いい加減自由にさせてあげないとね。ごめんね。


いのが可笑しかったのはやっぱりこれが原因だったか。シカマルは病室から少し離れた廊下の壁に背中を預けていた。もう少しだけシモクの様子を見ようと思い、引き返して来たのだ。…新の怒声はよく響いた。前々から疑問を感じていた。いのが激しく落ち込んでいた時期は、兄の影響か。今の話を聞く限り、めんどくせー恋愛系の話なんだろう。いのがシモクを好きなど、それこそ初耳だったが。2年も告白を保留にされていたら、そりゃキレるだろう。むしろ俺が殴ってやりたいくらいだ。

「はぁ…めんどくせー…」

最近の兄は面倒臭さ過ぎる。それもこれも、暗部に入ってからだ。

「あれ、シカマル」
「カカシ先生…」

軽く片手を上げたカカシの手には甘栗甘の袋が提げられていた。

「シモクが倒れたって聞いたものだから見舞いに」
「あー…どうもすいません」
「ははっ、これじゃあどっちが兄だか」

弓なりに細めた片方だけの目。

「あー、そうだ。言っとくけどね…シモクが暗部から離れることはないよ」
「は、?」

弓なりになっていた目が、ふと元に戻る。

「お前が思うより、あいつは暗部の業を吸っている。…託された思いも、他とは比べものにならないくらい背負ってる」

カカシも暗部に所属していた。あの独特の雰囲気と無機質さは、本当に木の葉の人間なのかと思う程に冷たいことをカカシは知っている。火影直轄の暗部は比較的人の心は残っている者ばかりだ。…だが、自分がいた時とはまた変わっているはず。

「あいつ説明下手だから周りに上手く伝わってないけど、シモクが見てきたものはシカマルの想像を絶するよ。帰還屋は、その分仲間の死を看取ってきたってことだ」

濃い闇に。どれだけ心が強ければ、耐えられるのか。

「毎日、毎日、…あれで気が狂わないシモクは本当に凄いよ」

誰よりも優しい心を持つシモクに。どれだけの叫びがあったのか。

「そこに9年間もいれば、自然に暗部の所業に染まる。今更額当てをさせた所で、今までの所業との狭間に苦悩する事ぐらい、お前ならわかるよね」

カカシが、そうだったから。暗部から担当上忍へと。三代目火影から仰せつかった。

「シモクは、暗部に生きてこその忍だよ」

こんなこと、本当は言いたくない。だが、あの帰還率は暗部になくてはならないものだ。現に密書運搬の護衛関係は必ずシモクが護衛に付く。果ては護衛対象がフェイクの密書を持ち、シモクが本物を所持して帰ることすらあるくらいだ。それ程、信用されているのだ。任務に成功すれば他里の信頼も重ねていける。なくては…ならない存在。

「…親父にも昔、同じような事を言われたんすよ、お前の兄は闇に生きる忍だって。…でも、いつかは日陰じゃなくて日向の道を歩かせてぇ。ずっと、我慢ばっかして生きてっから!」

シカマルが中忍になって、2年。顔つきは益々大人になり、頼り甲斐も出てきた。大人に、近づいているんだ。シカマル、お前自分が思う以上にシモクのこと好きだよ。それが、なぜ器用にすれ違ってしまうのか…。


「ネジおかえりー!!!会いたかったぞー!!!!」

玄関から入ってきたネジに思いっきり抱きついたが、ひらりと避けられた。

「受け止めてくれたらおかずもう一品増やしてやるよ??」
「結構だ」

ネジの髪の毛のキューティクルは相変わらず。だけど。

「…おりゃ!隙あ…り…」
「昔の手には、二度と引っかからんぞ」

少し…ほんの少し前までは…捕まえられていたのに。ネジはふんと鼻を鳴らして部屋に行ってしまった。行き場のない手が視界に入った。

「…そっか…そうだよな…だってネジはもうすぐ15だもんな…」

手を下ろして、台所に戻る。なんだろうな…最近寂しい思いばかりだ。ネジも、シモクも。どんどん自分が置いてかれる気がする。その足がいつか俺と並んで、横を通り過ぎて、今度は俺が必死になってネジの背中を追いかける日が来るのかな。想像もしたくないけど。だってそれって、独り立ちってこと。俺が、必要なくなるってこと…。

「おい」

それは、とても辛過ぎないか?

「おい!油!」
「!おうネジなに?」
「はねてるぞ、手に」
「…そういえば!うおっ!あちっ!!」
「はぁ…なにしてるんだか」

てきぱきと小言を漏らしつつも手当をしてくれた。…中忍試験の準備の時、同僚が言ってたの、合ってる。前の中忍試験から、ネジは良い方に変わった。宗家と分家の和解も。ネジにとっては、良かったんだ。お陰でチームワークにも柔軟性が出てきたとこの前ガイさんが教えてくれた。なにより、笑顔が増えた。

「なんだ?にやにやして」
「…ネジ、俺が死ぬまで世話、焼かせてくれよな」
「…はあ?」

結構だ。顔にでかでかと書かれてらァ。でもさ、ネジ。俺は死ぬまでネジの世話焼きたいよ。そう願うのは、だめなことかな。




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