41.あなただけがいけない国

「シモク、過労もどきだってよ」
「…そ、っすか」

シカマルの切れ長の瞳がシモクから逸らされる。木の葉病院の一室は一時、シモクの病室となった。点滴を打って、一日安静にしてれば大丈夫らしいが。…徹夜明けで通りを歩いていたらチョウジ君と、なんとシモクを発見して。長期任務に行ったのに、何故ここにいるのか問い詰めようとしたら…どっさりと倒れた。その姿が、木の葉崩しで医療テントに運ばれてきた姿とを彷彿させた。

「…どういうことだ?長期任務に出たんじゃ…」
「…兄貴、味方の奇襲に遭ったんすよ」
「なっ……、裏切りが出たんだな?」

そうか…それで。暗部から裏切りが出るのは、多分うちはイタチ以来だ。

「それを全て粛清したらしいっすから。疲れたんだと思います」
「…確かにシモクは繊細だけど…その程度の事で倒れる奴じゃねーよ」

なんせ、今じゃ9年も暗部で、里に尽くしてきたんだ。そんな奴が今更その程度で伏せるとは思えない。

「シカマル、シモクの事…」
「兄貴はまた何かを背負って帰って来た。…俺、好き勝手できねぇ立場に立ってから分かったんですよ。兄貴の事」

兄の後ろに立ち竦み、わかったことがある。暗部という隔たり。それすらなかった時の兄弟。なにをしてでも、なにがあっても。シモクはシカマルを優先した。

「顔すら合わせなくなった時も、兄貴は俺の側にいようとした。それで、俺にも立場が出来て、色んなものを天秤にかけるようになった。」

任務と、仲間と、命と。里と、家族と。

「暗部の任務も、わかるようになった」

暗部と協力してやる任務が増えたから。同じ任務をする上で、人の命をなんとも思わないような、ただ作業するかのように暗具を使う姿を見た。あの場所に、今では9年間も身を置いている。心も擦り切れてしまう程の重圧から解放されることなく、ここまできてしまった。"お前の兄は闇に生きる忍、暗部なんだ"。その言葉がずっと焼きついている。あの日からずっと。

「俺のアカデミー卒業以来、兄貴が倒れている所を見たことがない…もう、分かったんですよ」
「…なにを?」

シカマルはシモクに再び目を向けた。なにを考えているかわからない瞳。シカクさんそっくり。この2年間でシカマルも立場が出来た。五代目火影がシカマルの才を買ったことで、今ではちょっとした相談役にまで登りつつある。

「もう十分でしょーから…兄貴を、暗部から引き抜きます」
「………シカマル、それは」

無理だ。それは。シカマルは知らないだろうがシモクは暗部の深い業まで知る人物。そして暗部歴が長い忍として任務の頭を務める存在にまでなっているんだ。更に、あの絶対的帰還率。暗部で生かせるならその方がいい。その方が里の為に、なる。いざという時、戦場に立ち続けられる忍が必要だ。また、情報を渡さず持ち帰る忍も。その役目を一手に担っているのはシモクだろう。シカマルが成長しているのと同じように、周りも変化しているのだ。そしてシモクは…暗部を辞めることを本当に望んでいるのか。

「今のお前じゃ、引き抜くことは出来ないよ」
「方法はあるはずなんすよ、絶対」

シカマルはそれだけを残して病室を去った。言い知れぬ雰囲気だけが残り、俺は狸寝入りしていた眼下の頭を指で弾いた。

「狸寝入り」
「…ばれた。」

シモクは目を開けて眉を下げた。心なしか表情も苦々しい。

「シカマル、ああ言ってるけど」
「……」
「暗部、疲れたか?」
「……毎日考えてる。俺は暗部に向いてるのかって」
「あのエリート集団の中で生きてるんだから、向いてると思うがな」
「……そうかな」
「シカマル、このままいけばあの頭脳フルに使ってなんかしでかすぞ。」
「その前に俺が止める」
「…暗部でいたいのか?」

シンプルな問いだ。あの日、火影様に呼ばれたお前を団子を食べながら待っていた時。そして、急に姿を消した時。俺自身も身の振りが変わって聞きそびれていたよな。シモク、お前は暗部でいたいのか?

「わからない、だけど…俺はもう暗部でしか生きていけないよ…、ナグラさん達の意志を継いだから。…それに、火影様からは直属暗部の意識指導を任されている」

俺が揺らぐわけにはいかない。絶対に。

「……俺が揺らいじゃ指導ができない、火影様が俺に任せてくれたんだ…別の意味での信頼を」

一度暗部の闇を知ったシモク。シカマルでも、引き抜くのは難しいだろうな。例えシカマルが暗部をやめろと言っても。昔のシモクなら二つ返事で頷いただろうが立場が違う。私情で我儘言える時は、もう過ぎたのだ。

「…ねえ、新、いのの事なんだけど」
「山中の?それがどうし………」

待てよ。この件について、なにかなかったか…?良い年した男2人が少女の悩みを聞かなかったか?

「…まさか」
「やっぱり、新も絡んでたか」

思い出したー!!!!そういえば、いのがシモクを好きになってそれで…!!!でも、…あれ?それ聞いたのってかなり前のような気がする。一週間二週間どころじゃない。

「…言ってなかったけど、いのに告白された」
「は、…」

早過ぎだろ!いの!!こいつ奥手中の奥手だぞ!?

「…妹同然だった…俺、好かれる程の事していないんだけど」
「返事…返事は、したのか?」

シモクは、緩く笑った。笑ったに入らない程、窮屈な顔だった。

「…返事は、していない」
「…は?待てよ…お前、告白いつされたの」
「…2年前」
「………ふざけんな!!!!!」

シモクの襟ぐりを掴んだ。病人だとか、そんなの気にしていられたなら、俺はまだ冷静だったはずだ。だが。

「自分がなにやったか分かってんのか!?まだ若い女の子が!どんな思いで!!」

どんな、思いで…。妹扱いされてるって分かってて、無理に背伸びして。やっと告げた気持ちを、こいつは…!

「一生心に傷がついたら、どう責任取るつもりだ!!?シカマルの親友に…!お前どの面下げてシカマルに会ってんだよ!」

2年間も、保留にされてるってことだろ!?ここでスッパリ断ってたら、いのだって次に進んでいける。だがこいつはそれもしないで、いのを繋ぎとめていたってことになる。

「……うん。わかってる、ごめん」
「俺じゃなくて、いのに謝れ!くそが!」

乱暴に肩を突き飛ばして病室を出た。あれぐらいじゃ怪我はしないだろう。イライラ、むかつき。シモクはそんなことする奴じゃなかった。嫌なら嫌と。たとえどんなに優しくても、良い優しさと悪い優しさの区別はつけれる奴だった。なにが原因だよ。いのの、なにが不満なんだ。シモクを語るときはいつもそうだ。根底に闇が広がる、根っこに寄生しているそれは"暗部"という二文字。鬱陶しい程、それが浮かぶんだ。なんだろうな…俺はもう、昔のお前を思い出すのが難しいんだよ…。悔しいよ、シモク。お前がどんどん塗り替えられていくようで。俺達が全然知らないお前になりそうで。だから、イライラするんだ。お前は、どこに行こうとしているんだよ。




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