40.それは雨ではありません

"シモク、お前は優しすぎる。いつか身を滅ぼすことになるぞ"
暗部の墓場は閑静で物音一つしない。ここに来る者自体がいないのだ。シモクはまだ新しい27つの面が置かれた墓石を見やった。

「暗部達の功績は称えられない。だけどあの人達は、紛れもなく火の意志を持った人達だった。本当なら俺もここに並ぶ筈だった。俺はね、暗部になった時から長生きを諦めていた」

俺は中忍の称号もなにもない忍で、いきなりのSランク任務。正直、火影様に死んでこいって言われているのかと思ったよ。だって俺、猪鹿蝶のなり損ないで一族の能力も薄かったから、いつか間引かれるってビクビクしてた。暗部の話も父さんが承諾したからだ。…でも、俺はSランク任務の死地から帰還した。次の任務も、その次も、またその次も。俺は幾度となく帰還した。

「俺は神様に嫌われてるから、中々死ななかった。それどころか、ナグラさんにまで生かしてもらった」
「…ふん」
「それが結果、こんな結末を迎えたのかもしれないね」
「…それで、僕を助けたって?恩着せがましい」

シモクは自身の後ろに立つ青年に視線を向けた。包帯で体半分が覆われているものの、立って歩ける程だ。

「ナグラさんの弟を、殺せるわけないだろ」

その青年は、ツルネだ。ツルネは芋虫を噛み潰したように苦々しい、それでいて悔しさに滲ませた顔を見せた。

「…そういう所が嫌いだ、殺すなら一思いに殺せよ!屈辱的だ!」
「絶対に、殺さないよ。だってお前はこれからテンゾウさんの所に編成されるから」
「…は?」

テンゾウは、元は根の出身。故にダンゾウ贔屓だった。だが今は違う。テンゾウは木の葉に必要な存在。三代目火影が火影直轄に組み込んだのだ。だから、テンゾウは火影直轄暗部。そしてテンゾウの小隊に所属している内の一人がシモクで、更にツルネが編成されたという。なにがなんだかわからないのはツルネだ。

「まだ若いから、わからないみたいだけど暗部の裏切りってかなり深刻なんだ。火影の、里自体の信頼を裏切ったってことだからね」
「…はっ。じゃあ早く…」
「でも、今回は違う」

コードネーム、ツルネの名を捨てて貰う。

「ツルネ、今この時からその名前を捨てろ。今からお前は"イヅル"だ」
「…いや、お前、なに言ってんだよ!」
「…あー、なに。その子かい?」
「テンゾウさん」

面倒くさいことになっていると直感したテンゾウはゆっくりと2人に近づいた。夜更け前。テンゾウの元に現れたシモクは事の次第を報告した。ナグラの実弟のツルネが奇襲を仕掛けてきたこと。6人の内2人を公式な暗部として残し、ツルネ含む4人を葬ったと火影に偽った報告をしたこと。そしてテンゾウに、…4人の再編成を頼んだのは単にシモクの優しさという名の甘さだ。暗部の裏切りは里への裏切り。早急に対処し、悪い芽は摘まなければならない。…だが、シモクにはそれができなかった。ただそれだけのこと。ナグラの件を抜きにしても、非情な暗部になり切れない。いくら口で紡ごうが、いくら表情を殺そうが。根っこが変わらなければシモクは変わらない。

「イヅル、彼がテンゾウさん。俺たちの直属の上司だ」
「ナグラさんの弟だね、シモクから話は聞かせて貰ってるけど、決めるのは君だ」
「え、?」
「君は暗部の定義を揺るがした。それは重罪。だから今決めろ。ここで死ぬかまた再び、イヅルとして暗部で生きるか」


暗部は決して機械ではない。感情のある、人間だ。だからこそ。人の心を必要としない事をする時。それが邪魔になる。シモクがいい例だ。自分の命を取ろうとした相手にすら、手を差し伸べてしまう。

「…だから、向いてないのに」

大通りの道を歩いて、家に戻るとき。人の流れが怖くなる。人、人、人、人。人だらけ。人の命を奪うことを生業とする仕事を9年も続けている自分は最早、人間かも怪しい。心のもっと深いところ。泣きたい程痛くなるのは、もう随分昔の話だけど、今もまだその痛みは続いていて。

「あれ?シモク」
「チョ…ウジ?」

前方からやって来たのはチョウジだ。細い目元を綻ばせて駆け足で寄ってくれる。

「久し振りだねぇ。元気?」
「あぁ、チョウジは?中忍試験に出るって聞いたけど」
「うん、今年はシカマルがいないから誰と一緒に受けるか、いのと考えてる所」
「…そっか、いのと」

いの。あの日以来…。暫く見ていないけど、ちゃんと集中して修行が出来ているのだろうか。

「あの…チョウジ、いのは元気?その、修行とか色々…」
「いの?いのは今山中家の秘伝忍術の会得と、サクラと一緒に医療忍術をやってるよ」
「医療忍術を?」
「そう、頑張ってるよ」

そ、か…。頑張ってるか…、よかった…。ほっと息をつくとチョウジは首を少し傾げて俺を覗き込んだ。

「本当だ、痩せたんじゃない?苦労してるの?」
「え…?」
「昨日シカマルに会ったんだけど、言ってたよ。シモクがまたなにか背負って帰って来たって」
「…なにか、って?」
「んん…わかんないけど。シモク、たまには普通の忍装してみたら?それ、疲れるでしょ?」

指差されたのは暗部の制服だ。…確かに、疲れるな、これ…。

「あと、前の中忍試験、絶対来てくれるって思ってたよ」
「…、まるで俺がいたことを知ってるような口振りだな?」
「ふふ、僕だってちゃんと見てるんだから」

俺より、もう身長は大きい。秋道家の、猪鹿蝶の蝶だけあって、なんだろうな…本当、頼もしいや。シカマルも、あまり良くない再会をしたけどまた父さんに似てきたかな。

「僕達はシモクよりまだ子どもかもしれないけど、すぐに追い付いてみせるからね。早くシモクを助けられるように」
「…チョウジ、」
「そのためにはまず中忍試験に合格しなきゃね!シカマルも待ってるし」

チョウジは、周りをよく見る子だ。昔から、体格のことでからかわれることもあったけど、持ち前の大らかさと優しさは定評があって。俺の失敗に付き合ってくれる、シカマルとは違う意味で、よく出来た弟みたいだった。

「…チョウジ」
「んー?」
「シカマルのこと、よろしく頼むよ」

お前になら。お前になら、俺の宝物を任せられる。俺の一番大切な弟を、任せられる。チョウジは俺よりシカマルを理解している。少し悔しいけど、それは事実。嗚呼、もう。色々な事が頭を過る。本当に、俺、暗部に向いてない。叶うなら、俺だって…俺だって。

「そして中忍試験、頑張れよ」

新とオクラと、出てみたかったよ。中忍試験。

「シモク?急にどうしたの?」
「どうしたんだろ…な」

暁の調査とか、イヅルのこととか、ツルネの死体の偽装だとか、テンゾウさんとの交渉だとか。…色々、疲れたのかなぁ。

「あっれ。シモク?!おいおいなんだよ、長期任務まだ10日しか経ってねーぞ?」
「新さんだ。」
「よっ、チョウジ君」

多分、色々あったから。体じゃなくて、心がついていかなくなったのかもしれない。

「シモク?おい!シモク!」

新とチョウジの顔が驚きに歪んだ。頭の中のなにかがバツンと切れたように視界が真っ黒になった。




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