38.吐息が切れる午後3時

「自来也様の言った通りだな」

自来也は暁が行動を起こすのはまだ先だと言っていた。だが、その確証は取れそうで取れず、里としてその発言を肯定するには目視での調査が必要になった。里の目は火影の目。無数にあるカラスの目は暗部の目だ。調査を始めて10日目。今だに暁に動きはない。

「先輩は今回の暁の調査をどう思っていますか」
「自来也様の発言は的を得ているが確証が乏しい。我々暗部はそれを裏付ける為に動いているまでだ。すべては火影の御意志」

ツルネはコクリと頷いた。シモクの発言を肯定するように。

「報告の忍獣もない、収穫はなしか」
「…先輩は木の葉崩しの時、居合わせたんですよね」
「…前も言ったけど、あまり思い出したくない記憶なんだ」

ツルネがこの話をしてきたのはこれが初めてじゃない。むしろ任務中、何回か聞いてきている。その度に思い出すのはナグラ達の事だ。ナグラが先陣切って行っていた任務を、今はシモクが引き継いでいる。

「どんな人でした。あなたの先輩暗部は」
「いい加減にしないと、本当に怒るぞツルネ」
「…暗部には、倒れた者は見捨てる方針があります。助けられた暗部は、なにを思うんでしょうね」
「…なにが言いたい」

面をしたまま向かい合う。ツルネの面はナグラを思い出す。同じ鳥を模した面。

「先輩、あなたは多くの犠牲の上に生きて、なにを思うんですか?」
「………何の真似だ、お前達」

目の前のツルネだけではない。周りを嗅ぎ慣れた同胞の匂いで囲まれている。わかりやすい殺気までが何人の瞳からほとばしる。…この悪意。

「…そうか…似てるとは思っていたけど。ツルネ、お前はナグラさんの…」
「はい、弟です」

やはり…。眉間の皺が深くなる。こんなの想定外だ。暁の動向調査中で、…なんたる事だ。となると、周りの同胞もツルネ側。木の葉崩しの際、前線で散った暗部達の関係者か。確かに若い暗部が多く編成されたが。火影でも、見破れなかったか。

「兄が守った人がどんな人かと思えば、逃げ帰ることには強運の帰還屋だなんて」

周りから草をじりじりと踏み締める音が聞こえる。実力の程はわからないが、不思議と恐怖は沸かなかった。もう、言われ慣れた。悪意は慣れ親しんだ。ツルネ達よりも長く暗部をしているから。わかっている。悪意を向けられて当然。嫌われて当然だ。そんなの、わかってる。

「だから、俺に復讐しようと?」
「僕の気が晴れますから」

印を組み始めたツルネは、きっと言葉でどうにか出来ない。内乱で、しかも私情での任務放棄も出来ない。状況的に自分以外は全てツルネ側だと思っていい。それにここは音が響く。暁の動向調査もこれでは形無しだ。…ここは危険だ。やるにしても、場所を変えた方が得策。更にこんな木が生い茂った雑木の中では、月の光が差し込まない。術が使い辛い。

「!逃げるのか!?」
「追え!」

逃げたつもりはないが、戦況が劣悪だ。誰が好き好んでそんな場所で戦うか。飛んでくる苦無を弾き返して雑木を抜ける。…ここなら。

「…お前達は今暗部の定義すら揺らしている。その自覚はあるのか」
「どうでもいいんだよ里なんて、僕はお前を殺す為だけに…暗部に入ったんだ!」
「暗部の定義は、里の為に忠義を尽くし尽くすこと。その崇高な精神を利用してまで、復讐に走るか」

ナグラならば、まずは諭す。里のことを、誰よりも尊んでいたあの人なら。

「あぁそうさ!そんなもの、そんなもの!どうとでもなればいい!」

暗部は時には非情だ。どんな慈悲深い人も、長年その所業に浸かり続ければ骨の髄まで業は染みる。そう…それはシモクも同じだ。

「なら…仕方ない」

任務放棄は覚悟の上だ。身内争い程、醜いものはない。だが、そうさせたのは紛れもない自分だ。あの時、周りのお陰で生きながらえてしまったから。だから。

「その殺意すら、受け入れるのが当然だ」

視界からいくつもの影が飛び出した。


早朝。中忍試験の事で火影に呼び出されたシカマルな欠伸を噛み締めながら火影邸を登った。中忍試験のことなら、こんな早朝じゃなくてもいいのに。

「失礼します、五代目」
「シカマルか」

こんな早朝だ。自分以外いないと思っていたが、先客が居た。

「!…兄貴…?」

その背中には見覚えがあった。10日程前に長期任務に出たはずだ。なのに、何故ここに。

「シカマル、そこで待て」
「ッス…」
「シモク、報告書を見た。その判断は正しかったと言うのか?」
「えぇ。例え生かしたとしても、殺意がある限り里の脅威になり兼ねません。芽は摘んで当然かと」

冷淡な声が鼓膜を震わせた。10日ぶりに聞く肉親の声が、ひどく冷めている。なんだ…?なにがあった?

「まだ年若い逸材だった」
「そうだとしても彼らは火影直属の暗部に相応しくなかった。俺はそれらを粛清しただけに過ぎません。」

兄の出で立ちをよくよく見れば、何人の血かわからない程の返り血をべったりとこびりつかせていた。話から察するに、身内に裏切り者が出た。それらを、兄が粛清した…つまり、殺した。

「…殉職した肉親の仇に、あそこまで復讐心を燃やす様では、暗部を名乗る者としては失格。暗部にとっては里が絶対の存在です」
「感化された他の者達は、2名残しました。彼らはまた暗部のカリキュラムを受けさせれば更生の見込みがあります」
「コードネーム、ツルネは今回の任務妨害の主犯格です。体は持ち帰りました」

目の前の男が、末恐ろしかった。暗部。暗部。暗部。闇を吸い切って、虫も殺せなかったあの優しい兄は、どこにもいない。暗部であれば身内すらも斬る。里の脅威と判断したら容赦無く。身震いがする程だ。木の葉崩しの名残が消えかけてから、安定したと思っていた。休日が増えた事で話す機会もできて、修業すら付けてくれるようになった。あの頃の笑顔を見せてくれたのに。

「あんな男でも火影直属の暗部です。体の始末は如何様に致しますか」

五代目は額に手を置いた。その表情には、戸惑いも滲んでいる。シカマルと同じ。暗部の闇を、髄まで啜ったこの男を。感情を欠落させてしまった負い目を。

「…わかった、こちらで処分する。暁の調査だが別の暗部に一任する。今回の件で内側の裏切りが発覚した事はでかい、お前には火影直属暗部の意識指導を行って欲しい」
「わかりました、お任せ下さい」

一礼して振り向いた面にぽっかりと空いた穴の奥。その瞳は、輝く事は決してなく。ただ無情な闇が広がっていた。




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