37.心臓は優しく抱きとめて

「じゃあな」

ネジの見舞に行く途中だった新と長く話し込み過ぎた。あいつは何年経っても変わらないな。両親が亡くなった時はえらい荒れた時期だったけどその片鱗も、もうない。時間があのときの辛さを、少しでも風化させてくれたのだろう。時間は不思議なものだ。あっという間に過ぎていくかと思えばずるずると尾を引くように長い。心境次第で、いくらでも形を変えて流れていくんだ。そうして、周りも変わっていく。ついこの間まで弟の幼馴染みの女の子や同期のアカデミー生だった女。最近やたら突っかかってくる先輩。正直、なんなんだ。

「シモクじゃない」
「ああ…カカシ先輩。」

噂をすれば、なんとやら…か。相変わらずの猫背だな、そもそもいつから猫背なのか。俺のように、仲間の死からの重圧に曲がってしまったのだろうか。

「あ。そうそうシモク。」
「な、なんですか」

肩に腕をぐるりと回され、声を潜めて話し出した。

「お前、あの女とはどーゆー関係なの?」
「…あの女?」
「ほら。あの黒髪の」
「ああ。レンカですか?どうゆうって…アカデミーの同期ですけど」
「いや、ねぇ。この前その子と街を歩いてるの見かけて、てっきり恋人かと」
「それはないですよ。大丈夫です。恋愛に現はぬかしません。」
「そんな頑ならなくていいんだけど。…そっか、なんでもないわけネ」
「…いや、やっぱ聞いてください。そこの茶屋でもなんでもいいですから」

女、といえば。数日前のことを思い出し、何故かすっきりした顔のカカシ先輩の腕をわし掴んで茶屋に引っ張り込んだ。

「あーらら。随分大胆な…」
「それ男に言っても悲しいだけですよ。因みに俺はいつでも大胆です」

適当な席に腰掛けて取り敢えず注文はせずに。カカシ先輩は三色団子を所望した。

「で?なぁーに?」
「…女の扱いに定評のあるカカシ先輩にお訊ねします」
「ナニコレ、なんかデジャヴ」
「…こないだまで可愛い妹同然だった女の子に告られたらどう対応すれば穏便に事に片が
つくのでしょうか…」
「キタ――――!!!!!!」

店内で大声を出しながら顔と拳を天井に向けた先輩は何事もなかったかのように運ばれてきた団子をマスクを外さないまま、むしゃむしゃ食べだした。

「そりゃ子ども扱いせずにちゃんと向き合ってあげることだね」
「え。さっきのあれはなんですか。キターってなんだったんですか先輩」

もぐもぐと頬袋をつくっている先輩を尻目に片手に頬杖をついた。

「向き合うって…だって、そんな…。自慢じゃないんですけど俺告白されたり、女の子と付き合ったことがないんですよ…」
「へえ?意外だな。お前、前からそういうことに関しては鈍感だったけどそこまでねぇ」
「俺は暗部で、向こうはまだ中忍にも成り立てていない子で…カカシ先輩もご存知の通り…俺は強くない。生きて帰ってくることしか出来ない最低のクズです。」

任務が絶対。そこで命を散らしたものは英雄。表では認知されない存在。闇に埋もれた組織、暗部。

「俺は殉職した仲間を、何人も何人も見てきました。プライベートに踏み込んだ者はいなかったんですが、俺はある暗部の話しを知っています。」

その暗部は、里に家族がいて。家族を大切に思ってて、任務で死んだ。暗部の死は極秘扱いされて闇に葬るのが旗向け。でも俺は、その家族のその後が気掛かりでどうしても気になって。そうしたら…

「そのご自宅の庭には墓石が立っていたんですよ」
「…まさか。暗部の死は遺族には公にしないのが道理だ」
「…たとえ、情報が漏洩していなかったとしても、わかるんでしょうね…シカマルに聞かれたんですよ。どんな女が好みか、って。それ思い出してしまったら…俺には家庭は作れませんし、恋人も作れません」
「…」
「…でも。それをあの子に伝えることが、すごく心苦しいんです」
「…そう」

カカシは確信していた。その女の子は紛れもない、いのであることを。いのは、あの小さな体の力を振り絞って大人であるシモクに想いを伝えたのだと。それをシモクは終わらせようとしている。

「それに、弟の大事な友達でもあります。俺…無粋なことはしたくありません。傷つける気も、これっぽっちもないんです。でも…でも、想いには…応え、られない…」

机の上に組んだ手は力が篭もり、関節を白くさせた。サイドの髪をうえに掻き上げている隙間。眉間にシワを寄せて固く目を閉じている。

「それを…伝える…度胸が、俺にはない…」
「…でも応えられないんでしょ。ならすっぱり断るのがその子のためだろう」
「…そうですか…」

薄くシカマルと同じ切れ長の瞳を暫く揺らした後、シモクは顔を上げた。

「わかりました。ご指導ありがとうございます」
「まるで暗部時代のときみたいな言い方だネ」
「…わかっちゃいましたか」
「ん。」

カカシは緩く笑って肯定した。いくら歳を重ねても、暗部時代の先輩後輩関係は崩れることはない。ばれたか、と頬をぽりぽり掻いたあと、伝票を持ってカカシの団子の会計を済ませた。

「別によかったのに」
「いえ。話を聞いてくれて、ありがとうございました。」

会釈してシモクは今度こそ茶屋を出て行った。


―ナルトは自来也と共に修行の旅に出立した。少し寂しげで、それでも期待が大きいと物語る表情の少年の顔は木ノ葉から遠ざかった。…あのオレンジ色が木の葉からいなくなってから、更に2年が経過。その2年の間、木の葉崩しの復興はほぼ完全に済んでいた。

暗部の数人が火影の元に集合していた。任務内容は暁の情報収集。選り優りの暗部で固められた青年達の中でも鹿の面がその綺麗に整列された列から一人飛び出て火影の前に膝をついていた。鹿の面が火影である綱手に頭を垂れた瞬間後ろの暗部達も一斉に頭を垂れる。

「小度の任務、お前に預けるぞ……奈良シモク」
「――御意」

鹿の面。ぽっかり開いた穴の奥にきつく固められたシモクの瞳がしっかりと綱手を見上げていた。暁の動向調査。その隊長に選出されたのが、奈良シモクである。青年達の中で一番に最年長なシモクはあん門から先頭を疾走する。

「今回のは暁の動向捜査だ。中々尻尾を出さない、長期任務は覚悟しろ。随時ツーマンセルの行動を守れ。なにかあれば忍鳥を俺に飛ばすように……いくぞ」

"散"。合図と共に頷いた暗部達は一斉に地方へ散った。暖かな風が髪を揺らす。少し後ろを小柄な青年が追いつく。タン、と最低限の音を立てて木から木へ飛び移る。

「先輩。今回の任務、よろしくお願い致します」
「よろしく。コードネームを教えてくれ」
「ツルネと申します。」

ツルネと名乗った青年は鳥の仮面をつけていた。「…ツルネ」呟いてから、木々を超えていく。任務は、始まったばかりだ。


「おー。五代目様の顔岩が」
「四代目以来だな」

新は火影達の顔が並べられている里の高台を見上げた。里に睨みを利かすように、護るように歴代火影の顔がもう一つ増える。五代目、綱手。四代目の死去以降、三代目が火影を重任していたがその三代目も木の葉崩しで死去。自来也が指名したという初めての女火影だ。舐めているつもりはない。綱手様は三忍の紅一点。強さも並大抵ではないだろう。

「新。……シモク。暗部が暁の動向調査に動いたようだ。」

隣に居たオクラは声を潜めるように話し出した。

「そうか…最近あいつの顔を見ないと思っていたら」
「またストレス抱え込んで帰ってくるかもしれねぇ。久しぶりにシナガ先生交えて四人で飲もうや」

くいッと片手を傾けたオクラに新もそうだな、と笑った。シモクはあのうちはイタチとツーマンセルをこなしていたとカカシから聞いている。今回の任務のことを、どう思っているのか。

「そうだ、ネジは元気か?最近姿を見ていないが」
「ネジ?同じ班の仲間と毎日修行に精を出しているよ。」

毎朝毎朝、早くにテンテンにリー達と演習場に行くのを見かける。仲間意識がなかった頃より全然良い顔をするようになった。

「次の中忍試験は受けるのか?」
「今回は中断されてしまったからな…どうなるのやら」

木の葉の里の中でも群を抜いて中忍に選ばれたのは奈良シカマルのみだ。

「まぁ、どちらにせよ、次こそは必ずネジはのし上がるさ。」
「そう言うと思ってたぜ。」

ククッと喉で笑ったオクラはまた火影岩を見上げた。次こそは受かる。もうあのネジじゃないのだから。

「しかし、今中忍試験をするとなると色々人手不足だな」
「里が復興したとはいえ、失ったものは大きいからな…」

腕を組んだオクラはふと目を伏せた。死去した三代目火影、仲間の忍達。大蛇丸が木の葉に与えたダメージはでかい。

「俺たちもうかうかしてられないな、下の世代が必死に強くなろうとしてるってのに、俺たちがなにもしないでいるなんて」
「…そう、だな」
「おっと、すまない。これから寄る所があってな」
「あぁ、また」

さらに道中、カカシに出会った。いつも里内をウロウロしているが今回は火影邸に真っ直ぐ向かっている。一切迷いのない足取りが逆に不安だった。

「カカシさん…?どちらに?」
「ん?あぁ新。ちょっと火影にね」
「五代目様に…?なにかあったんですか」
「いやいや、お前が心配する事じゃないから安心しなよ。すぐに連絡がいくと思うよ」
「連絡?」

カカシの目がにっこりと細められる。

「中忍試験のこと」
「!予想より早かったですねその話」
「まあね、多少強引なのは五代目様らしいっちゃらしいけど」
「なるほど。それでカカシさんが」
「そういうこと」

カカシの役目は察すればわかる。他里への中忍試験開催の審議だ。

「今回もガイはネジ達を受けさせるらしいから、また騒がないようにね」
「さすがに2回目ですから…って言うと思いました?心配に決まってんでしょ!」

カカシはわかってたように、やっぱり?とにこやかに小首を傾げた。




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