36.さよならのかたちをした恋

「俺は、幸せだ」こう、口ずさむようにしている。色んなことがあって、心が荒んでしまうから。大好きな家族を、木ノ葉を、友人を、思い出すようにしている。そうでなければ俺のなにかが壊れていきそうで、怖かった。シカマルは疲れただろう、家まで送り、ちゃんと療養と休養するように言いつけた。本当は、もっと話したかったが状況が状況だ。火影岩の上は木ノ葉の里が見渡せて、嗚呼、俺の大切なものが詰まってるんだな。って。再度確認したんだ。最近は木ノ葉崩しの後の名残も消えかけている。少し息を抜いて、星空が綺麗な空を仰ぎ見る。火影が変わり、任務量も激減したことで自由な時間は増えたが、どうしていいのかわからない。なにをすれば時間は過ぎる?任務に打ち込めれば、嫌な考えは拭える?

「シモクさん」
「…いの」

背後に気配を感じた。振り返れば金の髪が月明かりに反射されていた。

「…もう遅い時間だし、いのいちさん心配するぞ」

俺、笑えてる?微笑んだつもりが、いのは眉間の皺を濃くさせるばかりで。そんな顔はあまりにも彼女に似合わなかった。

「いの?どうしたんだよ」
「シモクさんこそ…どうしたんですか…?さっきから泣きそうな顔ばっかり…」
「泣きそうな…顔?」

自分の顔をぺたぺた触ってみるが全くわからない。そんな行動も彼女の表情を曇らせるばかりで仕方ない。

「そんな顔、しないでよ…」
「俺は笑ってるじゃ…」
「そうやって作った笑い見せないでよ!!!」

…いのの激に、思わず怯んだ。

「私だって、もう小さい子供じゃない!!シモクさんは、もう幼馴染みのお兄さんじゃないの!私は、…私はッ」

…その先は…、

「シモクさんが…っ」

言わないで。


「…新さん、ネジ兄さんは大丈夫です…」

あの任務からのずっとネジに付き添っている新は同じく見舞いに訪れたヒナタに声をかけられた。五代目が医療のスペシャリストで本当に良かった。じゃなきゃ危なかったであろう。それほどネジの傷は酷かった。シモクからの報告でネジと闘った奴は鬼童丸という輩。くそっ…知らなかった…サスケ奪還任務の存在は知っていたものの、ネジが副隊長として最も難しい後方警戒任務を担っていたこと。知られれば、俺が全力で止めに入るとわかっていたのだろう。だからネジ自身黙って任務に当たったんだ。

「…ヒナタ様、俺が…俺が知ってたら…なにかを、変えられたのでしょうか…っ」

手がガクガク震えていた。俺は、俺は…。ヒナタ様がおろおろと視線を彷徨わせて困惑しているのがわかった。すみません。すみませんヒナタ様。後悔の思いでいっぱいで、ぎゅっと拳を額に寄せた。…なんのために、俺は、ヒザシ様からネジを託されたのか…申し訳ありません…ヒザシ様…申し訳ありません…。目に膜が張るのがわかった。情けなく、ヒナタ様の前で。そんな俺の頭に、ぽん。と誰かの手が乗った。それは弱々しくも強く、まるで情けない俺を呆れて慰めているように。息をヒュッと呑み込む音が後ろから聞こえたことからこの手はヒナタ様のものじゃない。じゃあ…じゃあ…!

「……目覚めて一番、そんな情けない顔を見ることになるとはな」
「…っネ…ジ…っ」

涙腺が決壊した。涙の膜はネジの久しぶりに聞く声に完璧に破裂し、ぼたぼたと落ちていく。情けなくてもいいよ。子どもみたいでいいよ。呆れてくれたって構わないよ。ネジが…お前が生きてくれたこと、帰ってきてくれたことだけ。それしか今は考えられないから。かっこいいお兄さんは、今は放棄して、そのままの俺でいたい。泣き虫で情けないただの俺に。ネジが薄く開いた白眼は笑っているようで。ふん、と息をつきながらその手で撫でてくれていた。

「ネジ…俺、お前が…ッ、里に搬送されてきた時…真っ暗だった。ネジも…俺を置き去りにしていってしまうんじゃないかって…自分が無力で情けなくて、っ。」
「…馬鹿か。あんたは」
「、俺は真面目に!!!」

かちんときて顔を上げて、…その勢いは消えた。その白眼がしっかりと俺を捉えていて、呪印が刻まれた額に黒髪がかかり、窓から入った風に弄ばれながら舞っていた。せっかちで真面目で厳しいネジは、いまこのとき、とても穏やかに見えたのだ。

「俺は死なん。早々に死んでたまるか。…お前にアカデミーに入るのを猛反対された時
言ったはずだ。…俺は死なないと。お前と同じ場所に、それ以上の忍になると約束した。」

それを違えようとした事は一度もない。言い切ったネジの顔は、まだアカデミーに入る前の幼い顔を彷彿させた。小さい手で俺のベストを掴み、豪語してみせた。結局俺の意思もネジの意志も関係なく一族としてネジはアカデミー生になってしまい。今に至るのだけれど…

「忘れたのなら、もう一度約束しよう。俺は死なん。」

素直じゃないネジが、仏頂面のネジが。

「…忘れるかよ…っ覚えてるよ…決まってんだろ!絶対破るなよ!破ったら地獄の果てまでついてってやる!」
「いや。全力で拒否する」
「なにい!!!!?」

ヒナタ様も見ているから、とストレートに申告されて振り返ると帰るタイミングを確実に見失ったヒナタ様が苦笑いしていたので惜しみない謝罪を述べた。少し前までこの日向の三人が揃うことも険悪だったというのに、不思議なもんだよな。今では笑い合ってるなんて。



数日後、俺はネジの見舞いに行く最中、シモクを見つけて声を掛けた。なんとなくやつれてるようだ。

「シモク!」
「新じゃないか。ネジはどう?」
「おう!!目覚めてからメキメキ元気になってな!さすが俺のネジ!」
「あーうん、ソウダネ」
「ところで、お前昼間から出歩いてるなんて珍しいな。なにかあったのか?」
「いやぁ。綱手様が配慮して下さったんだろう。俺は仕事病だと言われた」
「ハッ。確かに」

シモクは暗部に入ってから荒かった。あの馬鹿笑いを引っ込めて人自体を避けるようになった。それも、今じゃ大分落ち着いている。こうして世間話もできるようになったし、なにせ笑顔が増えた。穏やかな笑顔だ。おかしな話だが、この普通のことが少し前のシモクには難しかったのだ。暗部は、そういうところなんだと分からせられた。親友が音を立てて崩されていく、それを見ていることしか出来なかった。崩れたそれを拾い上げて構築して直し続けたのが、シカマルだ。やはり、兄弟だな。

「もうそろそろ退院なんだ」
「そうか。良かった。シカマルも一安心だろう」
「苦労かけさせたな。シカマルにも礼を言っておいてくれ。俺も後から行くから」
「あー今は止めとけ。今回の敗北が悔しかったんだろな。久々に休みな俺を使って修行を
迫ってくるし、家にいたらいたで俺そっちのけで術極め始めるし…俺寂しい」
「いずれは通る道だ。ネジもそうだった」

そのときのショックときたら…それはもう…。

「新、プライベートで言うことでもないがそろそろ自来也様とナルトが里を発つ。長期の修行へ行くんだと。」
「そうなのか…あのわんぱくがいなくなると里も寂しくなるな」
「そうだなぁ」




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