35.その瞳の奥には映さない

「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってくるってばよ!!」

数日後、シカマル要する小隊、ナルト・チョウジ・キバ・ネジの五人はサスケ奪還任務に赴くこととなった。新は門の上に視線を移した。門の上には僅かだが、暗部の刺青が入った腕が左右に揺れた。まるで新に挨拶をしているみたいに。それはそうだろう。門の上にいるのはシモクだ。

「…シカマル、大丈夫だ。お前にはちゃんと守り神がついてんだから」
「?…はぁ…」
「そして…ネジぃぃいいいいい」
「煩いぞ!!」
「クナイの本数数えたか?ちゃんと寝た?白眼て結構体力使うんだからネジみたいな格闘家には睡眠が大切なんだからね!?ちゃんと食べて良く寝るんだよ!」

年頃のネジにとっては、年下の前でこれは勘弁してくれ状態である。クールなネジの印象も変えることが出来る一撃を出発前に浴びせられたネジはナルトにからかわれながらも門の外へ歩いていった。

「…ナルト!!」

同じく見送りにきたサクラ

「サスケ君を…ッ、連れ戻して…っ」
「……約束、だってばよ!!」

皆の背中がどんどん小さくなる。

「…シモク」

問いかけに瞬時に隣に降り立ったシモクに視線を前に向けたまま

「…頼んだぞ」
「…期待に添えないかもしれない。あくまで俺は後衛。本当の危機の際にしか行動を起こすことはできない。火影命令だからな」
「それでも、危なくなったら助けがあるだけいい」
「…じゃ、俺も行くよ。ネジは感知タイプだからな。厄介な能力だよ」
「日向の白眼を舐めるなよ。多分ばれるぞ」
「それをうまく隠すのが暗部の専売特許だよ。」

フッ、と笑った瞬間にはもうシモクは小さい砂埃を立てていなくなっていた。お見送りを済ませた新は街に引き返した。

「…そこにいるのは、誰だ」

微かな気配に振り返った。前の暁侵入のこともあってか、気配には敏感になっていた。

「ほー。中々気配読むのうまくなってきたね」
「…なんだ、カカシさんか。良かったんですか?ナルトのお見送りしなくて」

カカシである。

「まーね。お前がやったから大丈夫でしょ」
「まぁ、腕のたつ暗部も一人ついてるようですし?…カカシさんの仕業ですね」
「心配でしょー?だから現役暗部を一人だけつけた」
「それも腕の立つのをね」

フフ、と目を細めながら。

「俺も五代目も、賭けなのさ」
「…まぁ?ネジがいるんで?大丈夫だと思いますけどね」
「お前本当にネジ大好きだな」
「…大蛇丸のこともそうですが、最近聞きますよ。暁」
「それほど活発な行動が目立ってきたということだな」
「うちはイタチ。元暗部のカカシさんなら知ってますよね」
「…ああ。これでもツーマンセルを組んだ事もある。最年少での暗部入りは有名だよ」
「最年少の暗部入りはカカシさんのほうが」
「まぁまぁ。…イタチは忍としての才は勿論、火影の器を持つ男だと三代目は言ってたよ。それでもね、シモクといる時は年相応の少年だった」

カカシは目を閉じて、懐かしむように空を仰いだ。

「シモクと2つしか違わないからかな。俺にはあの二人のツーマンセルが一番相性良かったと思うよ」
「…うちはイタチは、里を裏切ったわけですが」
「……」
「里を、シモクを…弟まで裏切った。うちはの者がうちはを粛清した」
「…痛ましい出来事だった。信じられなかったよ。」
「暁に所属して、また木ノ葉に爪を突き立てる…あいつは、なにがしたいんですか」

弟を、家族を、一族を傷つけて、命を奪うなんて。並大抵の精神じゃ出来ない所業だ。これだから暗部は嫌なんだ。人の命を奪う任務をひたすらにこなしていく。何年も何十年も。毎日毎日毎日。身体に血の匂いが染み付くほど。感情をひた隠し、殺し。目の前の命を狩る。

「俺には…理解できない」
「…うちはの問題は、俺達には迂闊に関与できない里全体の問題でもある。イタチの行動も…里全体の未だに拭えない問題でもある」
「…真相はわからない、ってわけですか…」
「あまり深入りするな。うちはの闇に、溺れるぞ」
「俺は溺れませんよ」

そう言ったカカシの顔は口布と額当てで見えはしなかったが、どこか悲しい…

「なら、いい」

こっちを向いたその顔はいつもの微笑だった。


「おい」
「…え…?」

唐突に声が掛けられた。振り返れば煙草を吹かしながら新、シモク、オクラが下忍であった時に上忍だった河川シナガがいた。シナガは3人の元担当上忍であり、水遁使いでアヒル口が特徴の男だ。

「シナガ先生!!」
「よォ、元気かよ」
「はい!ご無沙汰してます」
「ついに上忍まで登り詰めたか。オレと同等になったわけだな」
「ようやくですよ、俺はこれといって強いわけでもありませんし」
「まだそんなこと言ってやがったのか。てめェは強ぇよ。その白眼。木ノ葉でも重宝されるほどの代物だァ。いらなくなったらいつでも言え。オレが引っこ抜いてやる」
「…冗談に聞こえません」
「冗談じゃねェもん」

3人揃ってなにかと問題児だった新達を放任主義で下忍時代育てたのはシナガだ。任務はもっぱら草むしりや気性の荒い猫の捕獲だったり、お年寄りの荷物持ちだったり。派手なことは出来なかったが、そこでシナガが見極めていたのは3人の"個性"だ。"輪を取り持つオクラ"、"先を見据える新"、"情をかけるシモク"特に、白眼は気に入っているらしく、なにかとよく使わされたのだが。シモクが暗部入りしたために2人となったこの第4班、通称シナガ班は補充要員を組み込んだ新たな3名での行動を再開させたのだ。シモクとは対照的に、気弱な少年が編成されたがシナガのしごきに耐えられずに早々に任務から外れてしまったという。それからというもの中々シモクの開けた席は埋まらず、後釜なしのまま再度中忍試験に乗り込んだ。中忍試験初めての2人チームだった。それでもシナガは補充要員はいらないと、逆に二人の邪魔になると、火影の言葉に突っぱねったのだ。かなり強引に。シナガもマイペースな男で、誰よりも生徒の"気持ち"を大切にするような上忍だった。そんなシナガをわかっていた新とオクラだからこそ、この"先生"は偉大である。敬う気持ちも薄れていない。

「丁度いい。話し聞かせろや。てめェの奢りでな」
「……」


任務は、失敗した―。一足先に鳥を飛ばして火影にそれだけ報告した。さすが大蛇丸仕込みの音の五人衆。砂の助けが遅れていたら、危なかったかもしれない。それよりなにより、五人全員が別々の場所で戦うなど予測の範疇であったが、まさか…シカマルがあの多由也という女相手にあそこまで苦戦するとは思わなかった。口寄せした鬼を笛の音で物質化霊で操り、更には幻術を練り合わせた。好戦的かつ、戦略性に満ちていることから頭脳と頭脳の争い。相性は悪かったらしい。次に、鬼童丸。蜘蛛のようなその姿はまさしく大蛇丸に改造された結果であるのか。ネジは、相当頑張った。あいつは強かった、近距離対戦が得意なネジと奴は遠距離タイプ。こちらも相性は合わなかったはずだ。白眼の死角を見切られ矢を執拗に撃ち込まれ、ネジは瀕死の状態まで追い込まれた。最後は相打ちに近い形で敗れた。…この、任務は失敗だ。砂忍達が来てくれなかったら、とても自分ひとりじゃ全員を護る事はできなかった。ナルトはサスケを連れ戻すことは叶わなかった。どこから現れたのか、カカシ先輩が抱えていたナルトを見て察しがついた。小さな手に握られた、真一文字に傷が入った額当て。…イタチの時と同じだ。瀕死の重態を負ったネジには新がついている。五代目様が直々に治療してくださったから、ひとまずは大丈夫だ。俺にはまだまだ仕事が残っている。被害の確認と状況報告に音忍の術式、呪印の報告にうちはサスケについての詳細。
面をつけたまま火影低をいったりきたり。…シカマル?シカマルだ。硬い石造りの椅子に座る小さな背中は余計猫背に丸まっていまにも折れそうだ。それは、あの暗部の墓場で自分が見せた背中と酷似していて思わず顔を歪めた。こちらに気づいたのか肩がピクリと反応したがそれ以上はなんのアクションもなかった。

「…おかえり、頑張ったな」

肩をくっつけて全部わかってるくせに。見ていたくせに、そんな言葉を言う。

「お、…俺は…忍に、向いてねぇよ…」
「…なんでそう思う?」
「仲間を…、ネジを…、チョウジだって、」
「…」
「任務も、失敗した…、」

らしくなく震える肩が伝わる。

「…俺が言った言葉覚えてる?…"下忍を卒業したばかりのお前が、すぐに成功させてくるなんて思ってない"…俺が言いたかったことが、わかっただろう。それでも、全員帰還させてくれたな。…それだけで、立派なんだよ…」

仲間が、全員"生きて"戻ってくるなんて。あの日のことを、覚えている。降りしきる雨の冷たさが痛くて、回りに転がる仲間に。面のぽっかり開いた穴から覗くなにも映さない瞳が。自分の無力さを更に突きつけた。

「お前は、十分、よくやったよ。立派な隊長だ」

感覚のない拳を何度も地面に叩きつけて。行き場のない感情を全て吐き散らした。

「大丈夫だ、シカマル。お前が自分を責めることはない」

どうか俺と同じにならないで。

「この失敗を失敗なんて絶対言うな。これはお前にもネジ達にも必要な事だったんだ。」

あの死地で。人の命を奪うことも奪われることも、なんとも思わなくなった。そんな俺のようには、絶対に、なってくれるな。

「…シカマルは、俺の自慢の弟だよ」

大切と思うものがあるだけで、俺はまだ光を失わずにいられる。守りたいものがあるから、俺はまだ踏ん張って立っていられる。心を、火の意志を持った忍に。

「…、っ、次は…、必ず…成功、させます…ッ」

後ろにいた五代目は、静かに口元をゆるませていた。




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -