32.ごめんねの満ち足りた幸福

里はいつもの通りだ。ただ一つ、新の心に凝りがある。カカシ要する第7班のことである。カカシのことだ。そこは既に考え済みなのかもしれないが、問題はそこではない。心配なのはカカシの心だ。"アカデミー戻しのカカシ"、そう呼ばれた彼が初めて…自分の意思を汲み取った弟子達に…なにも感じないなんてことはない。幾多の任務を越え、波の国での死闘に中忍試験。どれも、あの3人だったから乗り越えられた。カカシからナルトとサスケの終末の谷での戦いは聞いている。あのときカカシはなにを思っただろう。詳しくは知らないが、カカシはチームワークをなによりも大事にしている。仲間を絶対に殺させない。それは昔、親友に写輪眼ごと譲り受けた己の忍道だという。儚く笑うカカシに、新とてなにも察しなかったわけではない。その親友は…多分もうこの世にはいない。里抜けは、大罪。追われる身となったサスケは、もはや罪人と同じだ。まだ…あんなに若いと言うのに。うちはの家のこともなんとなく報告に聞いていたし先輩上忍からもうちはイタチの事を聞いていた。サスケはイタチを恨んでいる。それはそうだろう。両親を、一族を皆殺しにしたんだから。

「…新?」
「カカシさん…」

丁度本人のことを考えていたというのに、いきなりの登場だ。考え事をして歩いていたら墓場まで歩いてきてしまったらしい。大きな赤い鳥居の階段からカカシは片手を上げてよぅ、なんて呑気にいってくる。

「こんな時間に…誰かのお参りですか?」
「まぁね。新は?どうしたの」
「いや…なんとなく散歩していたらここについたってだけで」

深い意味は全くないんです。そう言えば片目が弓なりに細くなった。そうか、なんて言って。薄ぼんやりと雲から顔を出す月は朧気で、カカシもそれをぼんやりと見つめていた。なんとなく…そう、カカシがそのままどこかへ消えてしまうような…そんな危うさを感じた慌ててカカシの腕を掴んだ。細く見えた腕は見た目に反してがっしりしていて。カカシの目が今度は丸く開く。新の行動に驚いたのか、戸惑ったのか。その両方なのか。

「どうした?」
「どうした、って…カカシさんが、…消えてしまいそうな気がして」
「…挨拶もなしに急に瞬身なんて使わないって」
「そういうことじゃなくて」
「俺なら、大丈夫だーよ」
「……そうには見えないから…俺がここまでしてるんじゃないですか」

カカシの顔はいまどんな顔なのだろう。いや、予想はできた。困ったようにその形の良い眉を下げて仕方ないな、という顔をしているんだろう。何事も無かったかのように笑うのだろう。そうして、こんな会話さえもなかったことにしてしまうんだろう。だが、見上げたその顔は違った。予想が外れたのだ。カカシの目には少しだけ…少しだけ潤んでいるように見えたのだ。大丈夫?なにが大丈夫なんだ。

「…ありがとう、新」
「なにがですか…」

その低い声はどこまでも、優しく穏やかで、少し哀し気。

「…なんていうんだろうな…土砂降りの雨の中で突っ立ってた俺に、傘をさしてくれた…
そんな感じだ…」
「なんですかそれ…笑えないっすね」

傘?傘なら何度でもさしてあげよう。何度でも探しにいってあげよう。その大きくも小さい背中をたたいて、ここに俺がいると気付いてもらおう。

「何度だって…傘くらいさしてあげますよ」
「……そんなんだから、俺はお前が好きなんだろうな」
「は?気持ち悪いこと言わないでくださいよ」

ぞわりと鳥肌を立て、腕を摩るとカカシは笑った。

「初めて会ったのは商店街だったけど、こんな綺麗な月が出てたな」
「え?ああ…あの日のね。最初なんだこいつって思いましたもん」
「ハハ…すまん。夜勤明けでいきなりの召集だったから気が立ってたんだ。」
「あの頃からシモクが世話になってたんすね」
「まぁね。かなり、お前にそれを伝えるのを渋っていたよ」
「でしょうね。俺にはおろか、家族にだって自分の口から伝えてなかったらしいから」

月が雲を完全にすり抜けて周囲が明るくなる。

「…じゃあ、もう行くよ」

カカシが背中を向けたと思うとすぐに立ち止まる。長い影がコンクリートに伸びている。そのホウキのような髪はゆらりと動いていた。

「人のことを心配する暇があるなら、自分のこと心配したらどーお」

…とだけ吐いて。人が、せっかく優しく…。いや。そう言って誤魔化すのがカカシさんなんだ。自分の弱みを他人に見せたりはしない。それがはたけカカシだ。


散々だった。あのあと結局いのに付き合わされ、なんだかんだ夕食を奢らされて物凄いマシンガンのようなトークを展開されて。今時の若い女の子は皆あんな感じなのだろうか。いや、でも日向ヒナタは違うな。新が言っていた。奥ゆかしく奥手。
下手な任務より疲れた気がする。別にいのが嫌いなわけじゃない。断じて違う。だって彼女は赤ん坊の頃から知っている。いのいちさんの自慢の一人娘だ。シカマルの仲間、猪鹿蝶の一角を担う子。チョウジもそうだが、いのもシモクにしてみれば可愛い妹に弟なのだ。そこに恋愛感情なんて微塵もなく、ただ慈しむ存在であるだけ。その光を、眺めているだけで。…さすがに元同級生と会ったと思ったらいのが現れるとは…予想外だった。あの日以来、すっかりいのが周りにいるのが日常と化してきている気がする。最低でも2日に一度は絡まれる。任務のある日はさすがにないが、五代目の頃から暗部の任務量が激的に減ったのだ。暗部とて人、医療忍術のスペシャリストである綱手様だからこそ、その過労に気づいての配慮だったのかもしれない。それ故に非番の日が増え、家にいる日や街を散歩することができるようになったのだ。そのたびに、いのが現れるというだけで。そういえばしきりに周りをキョロキョロしているがなにを警戒しているのだろう。今も隣を当然のごとく歩くいのを見つめた。

「ねぇいの。どうして急に俺なんかと一緒に?それに…いつも周りを警戒しているけどなにか心配なことでもあるのか?」

俺でよければ相談に乗るよ?悪質なストーカーにでも遭っているのかもしれない。心配無い、草の根分けても見つけ出して格子に放り込んでやる。現役暗部を舐めんな。一人いきり立つシモクに慌てていのはストーカーは否定した。

「あの…シモクさんと同期生だっていうあの人と、最近また…その、会った?」
「レンカのこと?いや?あれっきり会ってないな。彼女も忙しいんだろう」
「二人って昔付き合ってたこととか、あるの!?」
「え?全くそんなことないよ。新はまだしも、俺は全くナイナイ」

大きな間違いだが。

「レンカと話したこともないしなー…よく柱にいて気付けばよくこっち見てたよ」

まぁ新は人気者だったからな、オクラも。

「それって…」

いのが怖い顔をしている。それが女の嫉妬全開のいい顔だったのだから。そろそろ隣でブルブル震えているシモクに気付いてあげて欲しい。

「その頃からあの女…」
「い、いの!?怖いよ、顔怖いよ」
「シモクさん!!大丈夫!!私があのストーカーから守ってあげる!!!」
「は?ストーカー?」

一体誰の。そんな顔でシモクはハテナを浮かべている。

「シモク君?」
「あ。やぁレンカ。」

非番なのかいつもの忍服は着ていなくて変わりに艶やかな黒髪の彼女に良く似合うラベンダー色のワンピースを着ていた。まるでこれから最愛の人に会いに行くようで。シモクを見つけた瞬間のレンカの顔はまるで華が綻ぶようで。いのにはまだ出来ない事だ。

「どこか行くの?」

粧し込むレンカが気になったのか、シモクは微笑を浮かべながらそう問うた。

「あの、これからシモク君に会いにいこうと思ってたんだ。今日は非番だってオクラ君に聞いて…」
「オクラが?あいつなんで人のスケジュール知ってんだろ」

いや、こんなデジャヴ前にもあった。どうせテンゾウさんからカカシ先輩。カカシ先輩から新とオクラへと通じているのだろう。忌々しい連携だ。

「え。俺に用事だったの?ごめん。家にいなかっただろ」
「ううん。いいの、帰りに会えたから」

まるでこの会話は付き合いたての恋仲同然のようで。悪いと思っているのか少し困った顔で笑うシモクとそんな彼を安心させようと微笑むレンカ。面白くなかった。なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。




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