31.色褪せた白

五代目火影が就任された。三代目の弟子だった方だ。想像しているよりずっと若く、芯が強い御方。里の復興は前以上に盛んだ。俺はその火影、綱手様の前に片膝を付き、頭を下げている状態だ。

「お前が奈良シモクだな。帰還率の高さは目を見張るものがある。その回復力もな」
「……光栄です」
「此度の任務。中忍のリーダーを筆頭に下忍のみで対応してもらう。だが、それだけでは心許ないという声も上がってな。」
「では、俺が後衛部隊として援護すればいいのですか」
「…本当の危険に陥った時以外、お前は手出し無用だ。この中忍は成り立てだ、自覚してもらうのだ。自分の立場を。」

ぴらりと紙に印刷されているのはシカマルのデーターだ。シカマルは中忍になった。確かに、俺が後衛にいたらなにかあった場合に少しは腕が回る。シカマル中忍の助けになることができるだろうが、彼らは俺がいることを知らないまま任務に赴く。自分たちだけでなんとかしなければならないと、手を抜けば死ぬと。残酷なようだが、忍として生きるならある程度の死地と経験を知ったほうがいい。本当の危機に陥ってしまったら。もう手がなく、死を目前にしたとき、俺がそれを阻止すればいい。俺の任務は、あくまで秘密裏の後衛任務。

「…お任せください。五代目」
「うむ、頼んだぞ」


暗部の任務はいつも秘密裏だ。それは今に越した事じゃない。むしろ自分が生まれる遥か前にはもうその暗部システムが扉間様、二代目火影によって造られていたのだから。顔岩を眺めながら商店街をふらふらしていると誰かとぶつかった。明らかにこれはシモクの不注意だ。立ち止まって眼下の艶のある黒髪に視線を落とした。

「すいません」
「あ、い。いえ!…あの、奈良シモクさん?」
「そうですけど…どこかでお会いしましたか?」

……はて。自分にはこんな美人な女性の知り合いなどいたか。じっ、と観察するように見つめると、その女性は顔を赤くさせてあたふたと慌て出した。

「あ、その…実は、あの…私は草間レンカと言います。…アカデミーで一緒だった…」

草間、レンカ…。名前と顔を記憶から探し出そうとするが、どうもチラつくのは幼い頃の弟の顔ばかりで。それでも思い出そうと唸る。オクラに新。問題児の班だった。

「…草間…レンカ…」

あ。そうだ。気付けば柱の影でもじもじとこちらを見ていた。思い出した。くノ一が誰に恋しただのなんだのと、よくアカデミーでも聞こえていたような気がする。無論シモクが恋慕なんて起こすわけもなく。その視線は新か、あるいは…可能性は低いがオクラを見ているのだろうと自分自身に無頓着で。気付いてないのかもしれないが当時のアカデミーでの男子人気一位は新で。実は二位はシモクだったりしたのだ。新は日向の血筋であり。落ちこぼれと言われてもその顔面の偏差値はトップクラスで尚且つ愛想もいいと女子の限らず大人にも大人気だったのだ。シモクも奈良家の血筋。特別秀でた才能は持ち合わせていなかったが、クールな態度ながらその性格ゆえの優しさは莫大であり、見事にハートを掴まれた女子も少なくない。二人とも見目は整っており、個々の個性が強いためか。本人たちは無自覚であったがとにかく人気者だったのだ。

「思い出した。レンカ。あまり喋ったことなかったよね。変かもしれないけど元気だった?」
「うん!私いま上忍、それなりに頑張ってるの。」
「そうなんだ。なんかアカデミーの頃を思い出してきた」
「シモク君…は、いまは…」

レンカはシモクの服に目を落とした。

「あ、俺いま暗部やってるんだ。」

シモクは少し困り気味にそう言うとレンカはその緋色の瞳を少しだけ潤ませた。

「暗部…?いつから?」
「結構前からだよ。6年前から」
「…知らなかった」
「はは、そりゃそうかも。弟にだってちゃんと言い出せなかったんだから」
「私…ずっと見てたのに…気づかなかった」

聞こえなかった、もう一度言って…そう言おうとした瞬間だった。

「シモクさん!!!!!」

まだどこか幼い少女の甲高い声がシモクとレンカの鼓膜に響いた。レンカに気をとられていたシモクは後ろの気配に気づかなかったらしい。人通りの多い商店街だし、いちいち気配を感知していたらそれはもう職業病としか言えない。

「…びっくりした…なんだ、驚かさないでよ…いの」

長い手入れの行き届いた綺麗な金髪を高めに纏めた少女。山中いのだ。その顔には確かな喜びと、微かな嫉妬に似たものが揺らめいていた。

「知り合い…?」
「え?ああ、弟と同じ班の子で花屋の山中さんの娘、いの。」

簡単に紹介した後、レンカは少し歩み出して笑いかけた。

「私は草間レンカ。シモク君とはアカデミーでの同期。よろしくね」

無言のいのに首を傾げたシモクはおもむろにしゃがんでいのを見上げた。妹に接するような、優しい行動だった。

「……シモクさん!待ってました!!さ、行きましょう!」

突拍子もない。ぱっと顔を上げたいのはそのまま腕を掴んで歩きだそうとする。

「これからデートしてくれる約束でしょ!」
「待て待て待て!いつ!ていうか会ったのも随分久しぶり…」
「照れないでいいんですよ!!"ただの同級生"の前じゃないですか」

挑発的な言葉をわざと選ぶ、いのの視線はレンカに投げかけられた。

「照れッ…、てない!」
「可愛い!!!さ、行きましょう!」

あれが食べたいこれが見たい。彼女、いのの恋愛把握能力は通常の倍発達しているのか。あれよあれよと一人の小娘に流されシモクは賑わう人混みの中へ、いのと消えていった。残されたレンカは消えていくシモクの背中を凝視した。

「…私の方が、絶対彼を知ってる」

ずっと見てきたんだもの。アカデミーの時から。最近見なくなって寂しかった。ぶつかったのは運命としか思えないの。シモク君が私に会いに来てくれたんだわ。変わらない優し気な瞳。一見冷たそうに見えるけど彼はとても聡明な人。困ってる人を放っておけないの。何度も彼が人助けしているのを見てきたわ。…暗部に入ったのも、きっと優し過ぎたから。誰かに唆されて暗部になっても彼はきっと笑って許したのよ。彼は家族と里が大好きだから。久し振りに見た彼は背が高かった。新君とオクラ君といつもいたから一番小さく見えていたけど、いま見た彼はさすが成人男性。大きい手に男らしい肩幅。あぁ、本当に素敵…。




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