27.比翼のあいだにあったもの

"すみませんでした"それを繰り返し繰り返すシモクにテンゾウは"わかった"としか言えなかった。幼い頃、大蛇丸に人体実験に使われ身体を散々弄られた挙句に初代火影の柱間細胞を移植させられた。ダンゾウに拾われて自分は暗部の"根"として今日まで生きてきた。当然、拾われた頃から光の道を歩めなかったテンゾウはシモクがわからない。彼が何故そこまで"うちはイタチ"という"友人"に構うのか。暗部の所業に頭のてっぺんからつま先まで染まっているテンゾウには、わからない。何故、そこまで嘆く必要があるのか。

「シモク」
「すいま…せん…ごめんなさい…俺は…俺にはイタチを…捕らえる事は、できません」

本当ならぶん殴ってふざけるな、と怒鳴ってやるところだ。仮にも木ノ葉の忍、ましてや暗部。ここまで甘く衰退するのは許されないこと。放っておけば任務に影響がでるのは当然、それが里の重大任務だったら目もあてられない。だからこそ暗部には徹底して甘さを捨てるカリキュラムが存在する。仲間を、時には肉親さえも里のために切り捨てられる、そんな人材を育てるために。

「大切なんです…あいつは…イタチは、俺にとって…大切なんです」
「…うちはイタチ、元は君とツーマンセルを組んでいたことは僕も知ってるよ。」
「イタチが暁にいるなんて…尾獣を狙ってることも」
「でもそれでハッキリした筈だ。…うちはイタチは、君が思う以上に悪に染まっている」

これ以上、シモクの内部にうちはイタチを侵入させてはならない。テンゾウの咄嗟の判断である。"あいつは人一倍繊細なガキなんだ、俺達が支えないで誰が支える"。ナグラさん…貴方の気持ち、今ならわかります。背中を押してやりたくなる。暗がりの道を先導してやりたくなる。彼には、そう思わせる力がある。

「…いいえ…違います…イタチは好き好んでこんな事、してるわけじゃない」
「現に、暁の一人として木ノ葉に赴いた。それ以前に彼は抜け忍、どう転がっても重罪なのは変わらないんだよ」

好き好んでではなくても暁という集団に所属し、こうして九尾を狙うのであれば。木ノ葉を守る忍としては敵対しないでなにをする？

「傷は浅いらしいけど、大事をとって今日は休むといいよ。隊長の僕が許可する」
「…、」
「じゃあね」

有無を言わせる前に瞬身の術で消えたのは立派な言い逃げだ。病院の外に降り立ったテンゾウは日が傾くのを見つめながら心に決めた。シモクの内部にうちはイタチを侵入させてはならない。本来の力も出せなくなってしまえばそれこそ万事休す…これも、木ノ葉とシモク自身を守る為なのだ。

「ふぅ…。」

…己も、随分と毒されてしまったようだ。先輩ナグラの忘れ形見…そう思い面倒を見てきたが、まさか自分までもがナグラと同じ感情を多少なりとも持とうとは…。

「とんでもないもの残していったな…ナグラさん」

今はどこにもいないナグラの鳥の面を脳裏で思い起こして消した。もう、ナグラはいない。自分があの子を導かなくてはならないのだ。


テンゾウさんは許してくれた。こんな自分を、許してくれた。ベッドの柵に手をつきながら呆然とベッドに座り込んでいた。瞬身の術ですぐに姿を消したテンゾウさんになんて言っていいのか…わからない。なんで許してくれた？俺は…里の脅威になりかねない犯罪者を、…取り逃がしたんだぞ？それも私情で。理論現実主義のテンゾウさん。…きつく叱られるものだと…思ってたのに。

「なんで…なんで…皆そうなんだ…」

そういえば…ナグラさんのときもそうだった。任務でミスしたときも、俺は何度も頭を下げた。ナグラさんは…やはり何も言わずに"わかった"、と言ってくるのだ。



「おい、新」
「なんだよオクラ」
「なんだじゃない。お前こそなんだその態度は」
「いつもどおりだろ」
「違うな、明らかに動揺しているぞ」

新はオクラを睨みつけた。普段温厚な新だからこそここまで静かに荒れるのは珍しいこと。

「……別に、なんでもねえよ」
「俺はな、新。お前やシモクのことはアカデミーの頃から見てきたつもりだ。だから分かる…最近両方共、気が立ってるぞ」

シモクは当然、気が荒れているに違いないが…ではなぜ、新が荒れているのか。

「…尾獣のことか？」
「……今は封印されているとはいえ、あいつは…九尾は…」

数十年前の話だ。面の男と共に木ノ葉の里に九尾が出現した。当時四代目火影、波風ミナトが生まれたばかりの赤子…のちのナルトの中に九尾の妖狐を"八卦封印"という特殊な封印術式により封印。ナルトは里の英雄だ。真逆な態度を取られていても、ナルトは英雄に間違いない。

「俺の、…俺の宝ものを奪ってった」
「…そういや…もうすぐ…だな」

オクラが心中を察したのか、目を静かに伏せた。そうだった。あまりにも新が立派になり、少しもそんな顔見せなかったから忘れていた。

「新の…―両親の命日」