01.光を抱けない子
「シモク!!」
「新?どうしたんだ!そんなに急いで!」
ある日の晴れた昼下がりのことだった。現在春並の気候である木ノ葉の里でシモクと呼ばれた少年は座っていた手頃なベンチから飛び退いた。彼の親友でも戦友でもある新が珍しく焦ったような。そんな表情を浮かべてこちらに走ってきたからであった。
「急いで火影様の所へ行くんだ!お前一体なにしたんだよ」
怪訝したような、それでいてどこか心配気な新を見つめてシモクは口を開いた。
「………なにもしてないからな?」
だからお願い、その疑ってますって顔やめて!!
「まぁいい。帰ってきたら洗いざらい吐かせてやる」
「こわ…っ、帰りたくない」
「行け」
シモクは涙を浮かべながら火影邸に急いだ。それにしても何故呼ばれたのか。火影とは一切の接触がなかったわけでもないが、殆どないに等しい。最後に少し話したのだってアカデミー以来だ。良いも悪いも、自分はかなりの人見知りをかましていたからだ。そんな自分に里の長である火影が、なんの用なのか。本気で心当たりのないシモクは怒られることをしたのか、ぐるぐると考えながら走った。
「し、ししし失礼します」
そしてついてしまった火影室。自分が上忍ならまだしも、レベルが下忍と中忍の狭間である微妙なシモクが単独でこの火影室に訪れることはない。だからだ、無駄に緊張してまさに目が明後日の方向を向いてしまっているのは。中から入室許可の言葉が聞こえ、恐る恐るそのでかい扉を開けた。
「急ぎ、悪かったのぅ」
三代目火影、猿飛ヒルゼン。いつもの火影の"火"が入った四角の帽子を身につけながらその先に浮かぶのは優し気なその顔であった。目尻の皺を笑う旅に深くさせる三代目。シモクは一瞬固まったがすぐにハッと我に返り、急いで頭を下げた。
「い、いえっ、ボーッとしてただけだったんで…」
「今日の陽射しも温かいしのぅ」
どういうことなんだ。三代目の考えてることは当然ながらわからない。自分は世間話をするために呼ばれたのか。いや、そんな筈はないだろう。中々話を切り出してくれない三代目にいよいよ嫌な汗が背中を伝っていた。火影と書かれた机が一つ。殺風景もいいところの殺風景であったが、その机の後ろには大きな窓があり、そこからはいつなんどきでも里全体を見渡せられた。そうか、これが火影の見ている景色なのか。丁度机に座ると背中が里に向く。その位置は、まるで火影が里を背負っているようにも見えて。そんな里を見渡す三代目の背中をただ見つめていた。
「奈良シモク」
「はい」
「………お前に、頼みがある」
三代目の顔はどこか沈んでいた。
「ってことなんだけどどう思いますかアスマさん」
「いや、なんで俺なんだよ」
シモクが火影に呼び出しだ。伝令を頼まれた新は現に今、先輩に当たる猿飛アスマに事の経緯を説明した(一方的に)。腕を組みながら団子を頬張る手は止めずに。
「だってあいつ俺より忍能力ないんすよ?有り得ない、絶対有り得ない」
「おいおい、決めつけるのはよくないんじゃないか?」
「決め付けたくもなりますよ。あいつと一番付き合い長い俺が言うんすよ」
「まぁそうだが」
「絶対なんかしたんだアイツ、ナルトよりもひどいことしたんだ」
新は、火影の顔岩に悪戯する金髪の少年を思い出した。いつも三代目に叱られていた。
「あーあ、あーあ」
「今度はなんだ?」
「ネジだよネジ。あいつももうアカデミー入るって言い出したの。悲しくない?」
日向と親族的立場にある新は昔から溺愛しているネジを思い起こしては嬉々とした顔を見せたが次には悲哀の篭もった顔で俯いた。中々に顔面がコロコロ変わる男である。
「俺の一族皆ネジを押してんだけど…まだ7歳だぞ7歳!!一桁!!」
「わかったわかった!!落ち着け!…紅!なんとか言ってやってくれまたいつものだ」
ネジのことになるとクールな外見が無残に崩壊する。2人を今まで見守っていた夕日紅は癖のある黒髪を揺らして近づいた。
「あら、新だって3歳で修行してたって聞いたわよ」
「だって俺日向の人間だし…」
「だったらネジも同じじゃないの?」
「……でも、俺ネジには普通に生きて欲しいんです。忍の世界に身を置いてほしくないんですよ。…まぁそれはシモクにも当て嵌るんですけど…」
優しい青年、新。少しツンデレが混じっているが、彼の仲間や家族を思う気持ちは本物だ。忍としての在り方を理解している新には、どれだけの覚悟が必要かわかっている。だからこそ、大切な人間にはその覚悟を背負って欲しくないのだ。
「シモクは強い子よ。だってシカクさんの息子ですもの」
奈良家。猪鹿蝶の一角を担う異名を背負う奈良シカク。シモクの父親に当たる。あそこの家系は代々頭がキレる天才一族達だ。そういえばシモクはどうなんだろう。いつもぼけーっとしてるから(自然体なのはシカクさんにそっくり)解らなかったんだけど、あいつは頭とかいいのか?いつも一緒にいるからこそ解らなくなってきた己の戦友兼親友。はっきりしていることはネジより一つ下のシモクの弟、シカマルを溺愛していることだ。公認のブラコン。シカマルは本気で嫌がっている(ここ重要)。シモクのオアシスにされてしまったシカマルは齢6つのクセしてどこか大人びた行動と発言をする。まぁオフの時の父親と兄がアレでは、自然とそうなってしまうのかもしれないが…彼の反抗期と思春期が来た時にはシモクが本気で毎晩枕を濡らすのではないか。それは新にも言えることで、ネジにその魔の時期がきたとき。きっと毎晩毎晩部屋から嗚咽が。止まらぬ泣き声が日向家に響くことだろう。想像しただけで泣きそうだ。
「やべぇ…ネジぃ…」
「末期だな」
アスマが頭を項垂れた。紅もさすがにこの溺愛症候群をそろそろ鎮められなくなってきたことだろう。つきあわせてごめんなさい。
「…にしても、シモク遅いなー。火影邸から必ずこの道通る筈なんだけどなぁ」
「…そうね」
「まぁ団子食って待ってろよ」
「はーい…」
洗いざらい吐かせる。そう当初から決めていた新は団子をもりもり食べながら道の向こうを見つめた。人通りの激しい道だが、見知った姿が現れることはなかった。