19.寂しさに近づけない
ザワザワ…木が風に揺れる度に神経を尖らせた。シカマルは忍具を握りながら木の影に隠れていた。ビュッとあらぬ方向から特注の暗具が飛んでくる。
「っ、ま、っちょ、兄貴!!!!?」
「?どうしたシカマル、ミミズでもいた?」
「ちげぇよ!!暗具飛ばしてくんな!!あぶねぇ!!」
そんなシカマルの言葉にキョトンと一切の悪びれなく本気で不思議がっているこの脳まで暗部仕様にされた自分の兄を、一体どんな顔で怒鳴ればいいのか。
「俺、それが物理攻撃の武器なんだけど…」
「あー、俺のクナイ貸すから、それ使うのやめろよな」
暗部の武器は普通の市販品のものではなく、暗殺に特化した殺傷能力が数段高いもの。故に、非売品だ。そんなの一般な忍達は持つことはないし、見るのも稀。ましてやその暗具を自分に向けられるなど…その時は暗部の者によるクーデターか里抜けした際の事で。
「わかった、なんかごめん」
「ったく…」
目の前で未だに意味がわかっていないのか母似の形良い眉を下げながら疑問に問い詰めた顔をしている。
「なぁ兄貴」
「ん?」
「…なんで暗部になったんだ?」
ひゅう…と春だというのに一瞬冷たい風が通り抜けたのは果たしてただの自然現象であったのか、将又、シモクの放った気であったのか。
「……俺もわからない。…ただ、6年前の今くらいの季節だったか。」
シカマルを通り越して空を見上げるシモクの顔を見つめて。
「火影様に呼ばれたんだ。新が伝令で。…頼みがあると言われた。…それは、俺に火影直属の暗部への編入を要求するものだったんだ。」
暗部の事は口外してはいけない。シモクは核心に触れるような事は避けながら、そう告げた。
「いずれにしても、きっと…俺はお前より先に逝く。そのことに恐怖も後悔もない。」
「なんなんだよ、それ!!」
ガッ、シカマルの両手がシモクのシャツの襟元を締め上げた。
「俺はな…兄貴。アンタが暗部に配属になったって聞いた時も。あの…アカデミー卒業の夜も、祝って欲しかったわけじゃねーよ。…ただ、ただアンタに無事で、生きて還ってきて欲しいって…そう思って…なのになんだよ。死ぬことの恐怖も後悔もねぇだ!!?いい加減にしやがれ!!!」
シカマルの、普段は見せないほど憤った顔で。
「アンタは、ずっとそう思ってたってのかよ!?この6年間ずっと自分の死に場所求めて
たってのかよ!!てめぇなんか、…ただの死に急ぎだ!!」
サァァ…と、風が木々の葉を揺らし、舞い上がらせる。青空に吸い込まれるように、天高く。
「…確かに。死に急ぎかもしれない。否定はしない。…でもシカマル、俺は暗部だから」
"お前の兄は、闇に生きる忍…暗部なんだ"以前、そう父…シカクに言われた言葉が蘇ってきた。
「…死か生か、その二択しかない俺達暗部に、赴く場所に一体なんの生を感じればいい?息をする者が自分以外いなくなった時、俺はどうすればよかった?ただ身体の震えを止めるより他なかった。生きているから良い?…そんなのは他者のエゴだ」
…ぐしゃりとシモクは顔を歪ませた。そのことを思い出したのだろう。暗部の功績も任務の内容も公開はされないが、この様子から察するに。あまりに残酷で冷たく無残で心を引き裂かれるような、そんな任務の内容なのだろう。木ノ葉マークの入った額当てをしている忍達が、決して楽をしていると言っている訳ではない。ただ、ランクが違うのだ。里内で問題が起きれば最前線に赴くのはやはり暗部。まさにエリートの溜まり場ともいえる暗部も、蓋をとってみればなんと天涯孤独の者が多い事か。…それは暗に、死んでも里に支障をきたさない者達が集められているという事なのだ。シモク要する火影直属は例外であるとしても、暗部は…根はそういう事で。その深い部分を悟る事をまだ知らないシカマルと。暗部の機密を漏らせないシモクのわだかまりは思ったより深く。
「なんのために生きていると聞かれれば里の為。俺達暗部にとっては里の繁栄、存続が
命で…。それでも、家族がある俺からすればその行為はいずれ家族の為にも繋がるのだろうと思って…それだけが起源で…」
「……」
「判ってくれ、とは言わない。お前はまだまだ若いし、きっと…強い世代だ。俺の望みはただ一つ。木ノ葉が今以上に繁栄することだ」
「…兄貴、アンタ…優し過ぎる」
「……"それで身を滅ぼす事になっても、本望だ"」
元々、忍は長くは生きれない。常に危険が隣り合わせであるからだ。ならその短い人生をどう使って、この若い世代に引き継ぐものを残していけるか。
「確かに俺は甘すぎる。それは戦場では命取りの私情になってしまうだろう」
任務に私情は禁物。それは忍の基本的な掟であり。
「…やっぱり俺に暗部は向いてないって思うよ」
記憶から薄れかけていた馬鹿笑いとは違う、まさに儚い消えてしまいそうな笑みを目の前で見せられて、シカマルはもう口を閉ざす他なかった。兄は自分よりも7つ先を歩いていて、語られた考えも恐ろしく忍そのもの。精神が、里の為に身を粉にする暗部のものなのだ。故にそれは他里には冷酷非道であると謳っているようなものではあるが。心を隠した面の下で誰かがいつも儚い顔を浮かべているとしたら。考えも操作され、ただ里の為にと尽力したその血の滲むような所業も。…誰もわかってはくれないのだ。誰にも…わかってもらえない――…