179.寄生するものを探しましょう

_チョウジ。お前は猪鹿蝶で、
_チョウザさんからピアスを受け継いだ正当な秋道家の当主なんだ
_誰に笑われたって、秋道の長男として生まれたことを誇るんだ

はた。突然そんなことを思い出した。秋道家の倍化の術は個性的で莫大なチャクラエネルギーを消費する。そのため大食漢が多く、常にエネルギーを蓄えていなければならない。それは戦うためにも秋道として生きていくためにも必要な事であるのだが、幼少期はなにかとその理解が同世代に無く、気も弱かったチョウジは猪鹿蝶と呼ばれた幼馴染の他にその兄によく言われていた。お前は秋道家の当主だと。その時分は分からなかったのだ。彼がどんな気持ちでその言葉を選び伝えていたのかを。

「……ごめんね。シカマル」
「なんで謝るんだ」
「シモクこと、里抜けを三家が認める形になっちゃったでしょ…?」

猪鹿蝶三家が奈良家長子である彼を公に抜け忍として認定した。彼のことは自分はもちろん二つの家族だって生まれた時から知っている。こんな形にしたかった訳じゃない。それでも今の状況が、脅威が良しとしない。庇いきれない。それが本音だった。

「…チョウジ。奈良家の禁術って、知ってるか?」
「えっなにそれ?」
「奈良家には、代々当主から言い伝えられる禁術があった」

シカマルの表情が。声色が。ただごとじゃないと訴える。奈良家とはどんな情報だって共有してきた。猪鹿蝶の兄だって、3人一緒に仲良くしてきた。なんだかそれが、とてもよそよそしく思えてきてしまった。彼は3人の兄だったが、ずっとシカマルの兄であった。その境界はどうにも越えられるものではない。そんな、幼い頃にふと感じた…寂しさにも似た感情が今ぽろぽろと溢れる。兄弟がいないチョウジにとって、彼はやっぱり兄であったのだ。

優しい忍。その禁術の発動条件が彼そのもの過ぎて、身震いした。その話が事実だとしたら最早遺伝子レベルの奉仕能力としか言いようがない。あの優しさも、笑顔すら組み込まれたかのようだ。

「…それでも。それでもあの人が俺の兄貴だ。奈良家の"ハズレ者"が漏れなく全員同じ末路を辿ったって。なぁチョウジ。"兄貴は、兄貴だった"そうだよな?」

シカマルの目が、答えを求めている。喉に、胸に詰まる。全てがレールの上過ぎた。物語を用意された、こんなある意味完璧な人間いるはずがない。それなのに今の状況が、彼が彼たる意味が。どうにも偶然だと思えない。禁術だと言う話と彼の姿とが被って、ぎゅっと両手を握り締めた。全部が仕組まれたようで、出来すぎていて。

なんて言えばいい。胸が詰まるよ。たくさん食べた時だって苦しかった。だけど、今この瞬間。なにも食べてないのに、すっごく苦しいんだ。満腹の時の苦しさなんて比じゃないんだ。…アスマがいれば。アスマに相談できたのに。シカマルのことだって、もっとちゃんと上手く…!


_シカマルを頼むよ


「あ……」

彼は…シモクという人間は。

_俺はシカマルの兄ちゃんだけども、
_チョウジといのの兄ちゃんでもある自覚があるんだ
_そう思っても、いいか?

「当たり前じゃないか!!!!!!!」

ばちーーーん!大声量とともに響く弾力のある皮膚が叩かれる音。シカマルは完っ全に呆気にとられた。己の両頬に全力の張り手を食らわせた目の前の親友に。

「当たり前だよシカマル!!シモクはね!僕達の兄ちゃんだよ!!!!いのはちょっと複雑かもしれないけど、シモクはシモクで!"そうなるように"生きてきた訳じゃない!作られたものなんかじゃない!」

なんで謝るのと兄弟2人に言われた。そうだよなんで僕は2人に謝ってばかりいるんだ。力になれなかったから?自分が無力だと悟ったから?

「それにおじさんだって禁術を使った先祖のことを直接見たわけじゃない!今の話だと14代目の代にも存在していなかった!じゃあ本当はどうなったかなんて、言い伝えでしかないんだよ!」

無闇に希望を持たせることはいけないことだ。だけどそれでも、

「決まっていること、なんて。証拠もないのに不確定なことを受け入れるなんて……シカマルらしくないよ!!」

シカマルの顔が、途端にいつもの狡猾な顔に変わったから。これが正解に値する答えなんだと。シカマルの中でなんらかの考えが浮かんでいることが分かる。

「だよな」

シカマルはいつも考えてる。シモクが奈良の元に在れる事を。なにもかもを取っ払いたいって。ずっと。




身体を失くすとは、こんなにも辛いのか。自分が何なのか、気を抜くと分からなくなってしまう。自分の姿が見えない今、なにから情報を取ればいいのか…悲観的な気持ちにすらなる。

「……ああ…くそ…」

頼むから俺が俺自身を忘れるなんてこと、しないでくれ。そうなってしまったら全て終わりだ。水溜りを覗いても何も見えない。それは当然。だって…今の俺は。

「俺は奈良の長男で。木の葉の暗部でナグラさんに生かされた。恩に報いるため里のため、家族のために命をかけることを決めた。自分の身体を捨ててもそれは守る。必ず、必ず帰る!帰るんだ!」

今の俺は、まさしく影だ。

身体は置き捨てて自分自身を影にくれてやった。でなければ俺は得体の知れない何者かに意識さえも押し潰されていた。今この時でも自分を保てるのであれば構わなかった。しかし……右目だけ。父の目だけは捨てられなくて。父の思いを手放すのが惜しくて。今も掌に収まっている。なにもない俺が唯一握っているものだ。最後に感じた痛みが、右目を抉る痛みだなんて。

「出世払いしたかったんだけどな」

しかしその痛みだって今はなにも感じない。あれだけズクズク痛んだ火傷も。瓦礫に潰された体の痛みも。解き放たれたようだった。ついでに、自分の身体を失ったことで頭が馬鹿になりそうだった。木の葉の里には以前自身の身体から精神ごと抜き出る特異な忍術を持つ忍がいた。彼は飄々とこなしていたが、高難易度忍術に他ならない。身をもってわかった。自身を見失いそうだ。肉体と魂は2つで1人とは言うがこういうことか。

「身体が失われた今、木の葉に連絡を取るのも容易ではない…かと言って自分一人ではなにも…」

おおよそのものから解放されたのだ。どこへなりとも好きに行けばいい。そう脳裏で囁いた。こんなになってまで俺が里に尽くす意味は?もう、帰り道なんてないのに。

「違う違う違う、帰る…絶対。」

脱線事故になりそうだ。頭が馬鹿になりたがる。感覚さえ朧な自身の頭を掻き回し、前を向く。奈良一族ならば何手先だって読んで導いてみせる。自身の使い道。父さん母さん。俺の命は俺のものだって。それはわかった。だけど実際、俺はなにかに縛られている人間なんだと思う。奈良家で感じていた疎外感。この世に生まれた意味。禁術の適正。そうなる為に生きてきたというのならば。決められた道を歩いた先になにが待っているというのだろう。できる事ならば、その先には…皆んなにいてほしい。

「…全部捨てる覚悟だったのに、寂しいだなんて」

自分の意思で、こうなってて。そこに誰かの指示も命令もなくて。ただ、強いていうのならタイミングと見切りをつけたからであって。自分で選択したのだ。なのに、なんでこんなに虚しいのだろう。俺は、またなにか間違えているのだろうか。そんな筈はない。これが最良で最適解だ。

「…八つ橋さん。八つ橋さん出てこれますか」

なんてことだ。口寄せができない。全く手応えがない。チャクラを練っている感覚はあるのに。これでどう還元するというのか。なにもせずに奈良の影に還るのだけはごめんだ。

無力な影はどうしたら人並みに戻れる。それを考えて、考えて。頭が冷えた。

今度は俺が奪えばいい。

俺は今何者でもないのだから。駆け出した足は不気味なほどに、なんの音も立てずに。ただ確かに人が駆け抜けたような風だけが草花を揺らした。




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